第八十四話 謁見
ぜえ、ぜえ。
シディアは息を切らしながら、リベルカトゥスの城下町を上へ上へと登る。
警察署の門から出る際、警備員に話しかけられたのだ。
シディアのことを探している人間が二人、上を目指して行ったと。
なぜこの方向なのかはわからないが、その二人は間違いなくヒューゴとミコトだ。
警察署の前で待つという選択肢もあったが、向かった方向がわかっているのだから、追いかけたほうがきっと早く合流できる。
そう思って歩き始めたは良いものの、想像を絶する坂道と階段の連続に、シディアの身体は悲鳴をあげていた。
先を歩くネオンが、振り返って待ってくれているのが見える。さすがは猫妖精、その額には汗のひとつも滲んでいない。
「あ、あれヒューゴたちじゃん?おーい」
進行方向から歩いてくる二人組に、ネオンが手を振ってこちらの存在を報せる。
駆け寄ってくる足音がしたかと思うと、次の瞬間には目の前にミコトが立っていた。相変わらず人間離れしたスピードだ。
遅れて追いついたヒューゴが、嬉しそうにシディアの背を叩く。
「解放されたのか!ネオンも無事で良かった!心配したんだぜ」
「二人とも、警察署に来てくれたんだってな。警備のおじさんに聞いた」
「ほぼ門前払いだったけどな。まあ、こうやって合流できたから、意味がないわけではなかったか」
直後、ヒューゴは何かに気づいたように「あ」と一言発したあと、ミコトと目を合わせた。
「どうしよう。繋いでもらっちゃったし、やっぱやめた!なんて言うのもな……せっかくだから挨拶して帰るか。オイラたちのせいじゃないっていっても、騒動の謝罪もしたほうがいいだろうし」
ミコトは頷くが、今度はシディアとネオンが目を合わせる番だった。状況が呑み込めない。いったい何の話だろうか。
「今は手が離せないらしいから、買い物の続きを終わらせてからのんびり行こうぜ。昼飯も食いたいし」
「行くってどこにだ?挨拶って、誰に……?」
シディアの疑問を受け、ヒューゴは腕を伸ばし「上」を指差した。
そこは、リベルカトゥスで最も高い場所。雲に覆われた王城である。
「城だよ、城。国王に会いに行くんだ」
無事に本来の目的である物資調達を終え、シディアたち四人はとある場所を訪れていた。
先ほどヒューゴとミコトとの合流を果たした地点より少し進んだ先にあり、猫の頭部を模した屋根が印象的な建物だ。
「ヒューゴ様と、お連れ様ですね。お荷物はこちらでお預かりいたします。どうぞ、あちらからお進みください」
受付嬢のサビ猫に丁寧に案内されたそこは、だだっ広い部屋だった。否、部屋と呼んで良いのかは正直よくわからない。何故なら、屋根が無いからだ。
ヒューゴに続いて進んで行くと、足下にいくつも魔法陣が描かれていることに気づく。
「シディアに来てもらったのは、実は……これを使う可能性がゼロじゃなかったからなんだよな」
「これ……とは?この魔法陣を使うのか?いやでも俺、使い方なんて……」
混乱するシディアを、ミコトが遠慮がちに手招きする。彼女が立っているのは、直径一メートルほどの魔法陣の中心だ。
シディアがミコトの隣に立つと、唐突に目の前の壁が開き、手のひらサイズの水晶玉を乗せた台座が現れた。
(似てる……)
玉座の真下へと降りる階段。地下の質素な小部屋に、見上げるほど巨大な水晶玉。あの夜の記憶が蘇る。
大きさは全く違うものの、これも何かの起動装置に違いない、とシディアは思った。
「これに、魔力を注げばいいのか?」
「うん。危ないから魔法陣には足、かけないほうがいい」
ミコトの返答に足下を見ると、左のつま先が魔法陣を踏んでいた。
すぐに左足を引っ込め、水晶玉に手をかざす。
「こ、このくらい……?」
迷いながらも絞った魔力を注入すると、水晶玉がきらりと光った。
次の瞬間、魔法陣がミコトを乗せたまま宙に浮かび上がったのだ。
驚くシディアとネオンをよそに、ミコトは空へ空へと登っていく。
「わーお、あれでお城まで飛んでくってわけ?」
「そうそう。すごい魔法だよなー。大昔に旅の魔法使いが作ってくれたらしいぜ」
心の底から「いいなあ」と感嘆の声が漏れる。
やっぱり、魔法はすごい。魔法使いはすごい。
「ヒューゴ、さっき言いかけたやつ……ネオンの件がなくても俺を同行させる予定だったのって……」
「お察しの通り。その水晶玉、それなりに魔力量がないと、そもそも壁から出て来てすらくれないんだよ。ミコトは魔力量少ないほうだし……アリスはもっとだろ?オイラでも大丈夫だけど、人の分も魔力込めると、けっこうしんどいからさ」
たしかに。当初はヒューゴ、ミコト、アリスと誰かもうひとり、の四人を想定していたならば魔力量が多いシディアが選ばれたのも納得であった。
───なんて、貴重な体験なんだ。
魔法陣で空を飛びながら、シディアは感動のあまり涙ぐんだ。
王城へ向かうと聞いた時は、いったいどんな地獄の登山が待っているのかと恐れおののいていたが、これならすぐに辿り着けそうだ。
ああ、学生の時分にこれで通学できていたらどんなに幸せだっただろう。
猫妖精であれば、人間とは違い複数の魔法を操れる者が大半のはずだが、この魔法は旅の魔法使いが大昔にかけたと言っていた。この国でも一般的な魔法というわけではなさそうだ。
一度仕組みを作ってしまえば半永久的に使える、ということなのだろうか。それとも魔法使いから引き継いだ誰かが、定期的に整備を行っているのだろうか。例えば、魔法陣を描き直したり……?
魔法もそうだが、その旅の魔法使い自身についての記録は、どのくらい詳細に残っているのだろう?性別は?年齢は?種族は?出身国は?
根ほり葉ほり聞きたいところだったが、残念ながらこの魔法陣にはシディアひとりしか乗っていないため、質問責めどころか、興奮をリアルタイムで共有できる相手すらいない。
受付のサビ猫嬢に、あれこれ聞いてから乗れば良かったと少し後悔した。
帰りに尋ねる時間はあるだろうか。買い物ついででは時間が足りず選びきれなかったが、やはり歴史書を───。
そうこうしているうちに、出発した場所と似たような空間に降り立った。
こちらも屋根はなく、頭上には雲一つない青空が広がっている。
「お、シディアも来たな。行こうぜ、今さっき従者に早く来てくれって催促された。国王のくせに忍耐がなさすぎだよ、まったく」
散々な言われようの国王には、間もなく謁見することができた。
従者の疲れ切った表情を見る限り、おそらく応接室などを準備していたであろうに、待ちきれず庭園まで出迎えに出て来てしまったらしい。たしかに忍耐はなさそうである。
「おお、ヒューゴ!久しいな我が友よ!相変わらず背は伸びないな!」
「今日こそまともな挨拶してやろうと思ったのに、会うなりそれかよ。デリカシーってもんが無いのかお前は」
両手を広げ、親し気にヒューゴに話しかける国王・シルヴェストは想像よりもだいぶ歳若く見えた。見た目年齢だけならば、シディアやネオンとあまり変わらないかもしれない。妖精である以上、見た目通りの年齢でない可能性が高いとはいえ、なんとなく親近感を覚える。
毛の短いライトグレーのすべらかな猫肌と、健康的な若い人肌を併せ持った人型。筋肉質だが細身のすらっとした体型に、力強く輝く瞳。
整った顔や気さくな物言いに気を取られ、彼の尻尾が二本生えていることに気づいたのは、庭園の東屋で茶会を始めて数分後のことであった。
「ヒューゴには四年前、森の中で彷徨っていた際に世話になってな。こやつは朕の救世主、ひいてはこの国の……」
「大げさなのやめろってば。迷子になって野垂れ死にかけてたから、携帯してた水とパンを分けてやって、王城までレックスに乗せて送り届けてやっただけだよ。まさか助けた時は第一王子だなんて思わなかったけどな」
「狩りは得意だが、調理云々の前に火おこしの方法すら知らない、温室育ちの王子だったのだ。しかたあるまい、許せ」
「ってか第一王子が森で迷子って、ウケる。……あ、ミコト。そのクッキー、ジャムつけて食べるものらしいよー」
楽にしてよい、とは言われたものの。
あまりに自然体なネオンと、ひたすら無言で茶菓子を頬張り続けるミコトを横目に、せめてシディアだけは丁寧な姿勢を崩すまいと密かに誓った。場が崩壊してしまう。
「王子が単独で国外になんて……従者は伴っていなかったのですか?」
「いやはや、恥ずかしながら当時は国が乱れに乱れていてな。朕が王位に着くことを望まぬ輩が、賊を雇い朕を国外に攫ったのだ。隙を見て賊から剣を奪い、ボコボコにして全滅させ、逃げ出したは良いものの───自国の方角がまるでわからなくてな。しばらく身一つで彷徨っていたというわけだ」
「それは……大変でしたね……」
「なに。朕を小僧と侮った賊どもの、浅はかさと油断のお陰で助かったというものよ」
剣を奪い、ボコボコにして、全滅。なるほど、なるほど。
勇者として名を馳せた母ダリアと、アダマソル国王・アダマス七世の逞しい筋肉を思い浮かべる。
───国王って、個人の武勇が必須条件か何かなんだっけ?
第八十四話 謁見 <終>




