第八十三話 Are You HAPPY?
ネオンを一瞥し「へぇ」と呟くと、三毛猫の警官は再び煙草を口に咥えた。
吐き出した煙からは、ほんのりと青草のような香りが漂う。たしかに人間用のそれとは異なるのかもしれないが、煙たいことに変わりはない。
「何が出るかと思えば、同族かよ。まさか、どっかから攫ってきたわけじゃないよなぁ?」
表情を変えずシディアたちを眺めるスピカに対し、白猫アルバは興奮している───というか頭に血が上っているようすだった。
「人間!人間コラァ!その黒猫どこから攫ってきたにゃ!?おおん!?」
「落ち着け、アルバ」
「いやいや攫われてないっつーの。とりま話聞いてよ、お姉さまがた」
ネオンの否定の言葉は耳に入っていないらしく、シディアに対し「シャー」と威嚇し始めたアルバの頭に、スピカの拳骨が飛ぶ。ゴツン、と鈍い音が室内に響いた。
「に゛ゃー、姐さんが殴ったーー!」
「落ち着けっつってんだろーが。で?どういう関係だ、てめーら。返答によっては……わかってんな?」
涙目で頭をさする部下を邪魔とばかりに隅に押しやり、スピカはシディアとネオンを交互に見た。
「さっきも言った通り俺は冒険者で、ネオンはその仲間だよ。今はアダマソル国王の依頼を受けて、一緒に黒竜狩りの一族───竜騎兵団の手伝いをしてる」
「そ。ウチはウチの意思で、シディアについて来てるわけ。対等な関係だし、気も使わないし?寝床も共にできちゃうくらいの仲っつーか★」
「おい待て。最後のは語弊がありすぎる」
違うんだ、二人きりとかじゃなくて妹も一緒で……などと必死に並べ立てるシディアの弁解を無視し、三毛猫の警官は真っ直ぐにネオンを見つめる。
「そいつの飼い猫じゃねぇって、言いきれるか?」
「え?ウチがシディアの飼い猫?ぜんっぜん違う違う、そんなんじゃないって。───あ。えーっと……」
急に歯切れが悪くなったネオンに、シディアは内心慌てた。スピカの瞳に警戒の色が宿ったからだ。
やましいことは何も無い。誓って無いのだが、無駄に焦ってしまう。これが警官の圧というものだろうか。
いったい何を言い出すかと冷や汗ものだったが、ネオンの口から出てきたのは、母レイのことだった。
「その、ウチのママは人間で───前は「飼い猫」だって自分でも言ってた。でも今は飼われてるっつーより……普通に「家族」っていうか。昔も今も、ずっと大切にしてもらってる。ウチも、ママが大切で、大好きなんだよね」
母の話をするネオンの表情は柔らかく、いつもよりほんの少し幼く見える。
スピカはそんな黒猫を見つめたまま、吸い終わった煙草を灰皿に押し付けた。
「ひとつ答えろ、ネオン」
「おっけー、なんでも聞いちゃって★」
「……ママやシディアといて、幸せか?」
どきり、とした。
スピカがネオンの生い立ち───人工猫妖精であることを知っているのではないかと、あり得ないことを一瞬勘ぐってしまったくらいには。
そんなシディアの思考をよそに、ネオンは満面の笑みで即答する。
「うん、めっちゃ幸せ!」
「そうか」
納得したように頷くと、スピカは部屋の外に声を掛けた。
「おーい、誰かいるか」
さほど大きな声ではなかったが、反応はすぐにあった。
廊下で待機していたらしい、若い男性警官が扉の隙間から顔を出す。
「お疲れさまです、スピカさん。休憩ですか?またたびソーダでも買ってきます?」
「いや、取り調べは終わりだ。こいつら帰していいぞ。門の外まで送ってやれ」
「こいつ……ら?あれ!?いつの間に増えたんですか!?」
男性警官がしきりに首を傾げながらシディアの手錠を外している間、ネオンは楽しそうにスピカとアルバに話しかけていた。
「ウチ、この国に来てよかった。みんなすごい個性的っつーか。生き生きしてるっつーか。いろんな猫妖精がいろんな暮らしをしてて、なんだろ、なんか安心したんだよねー。あはは、どの立場って感じだけど」
いよいよ部屋を出るとなっても、ネオンは名残惜しそうに三毛猫の警官を振り返る。
「これからシディアたちと、まだまだあちこち旅するんだと思うし。次がいつになるかはわかんないけど……また遊びにきてもいーい?」
「あ?いつでも勝手に来やがれ。次はこそこそせずに、最初からその姿で来いよ。理不尽につっかかってくる輩がいたら、アタイの名前を出しな。抑止力くらいにはなるだろうさ」
乱暴な口調の中に、ふんだんに込められた優しさを感じ取れる言葉だった。ネオンにももちろん伝わったことだろう。
警察署で取り調べを受けた後とは思えないほど晴れやかな表情の二人に、すれ違う警官たちが軒並み混乱させられたのは言うまでもない。
「姐さん、いいんですか?帰しちゃって」
冒険者たちが去った取調室で、アルバが開けっ放しの扉を指差す。
スピカは椅子にどっかりと座りなおし、新しい煙草に火をつけた。
「んー?そもそもサボるための口実だったしな」
「そういえばそうっすね。途中から忘れて本気で取り調べしてました、にゃはは」
三毛猫スピカは優秀な警官である。それは署の全員の共通認識だ。
ただし、どんなに輝かしく美しい玉にも小さな瑕のひとつやふたつはあるもので、それがスピカの場合、サボり癖だったというだけのことにすぎない。
「……全ての猫は、正しい意味で自由であるべきだ。あのネオンってやつがやりたいこと本気でやってんなら、外野がつべこべ言うことじゃねぇ。それに人間に従わず、むしろメロメロにして下僕にしてやろうってんなら、それもまた猫の生きざまだろうよ」
「メロメロ下僕?そんなこと言ってましたっけ?」
「さぁな」
煙をふうっと吐き出すと、アルバがさり気なく小窓の近くに移動した。
そんなことはおかまいなしに、再び煙草を口に運ぶ。
薄汚れたボロ布を身に纏う、茶トラの幼い少年が脳裏に浮かんだ。
(今日はしくじったが……近いうちに、必ず)
あえて盗ませ、尾行する。たったそれだけのことなのに、どうもうまくいかないものである。
幸い、スピカたち警官が各所に分散して張り込みをしていたことは、スリの少年には気づかれていないはずだ。
とはいえ油断は禁物。チャンスはそう何度も無いと思ったほうが良いだろう。
次こそ、あの幼い少年が、盗品を献上している組織を確かめなければ。
紫髪の男に無駄にダラダラと取り調べをしたのは、他の仕事にやる気が出ないからだった。そうではあったが、張り込みを台無しにされて苛ついたのもまた事実である。
つまり、サボる口実に利用されて時間を無駄にしたのは、あの人間の自業自得なのだ。スピカの理屈ではそうなる。
「はー、だりぃーけどそろそろ仕事すっぞ、仕事」
「へーい。それにしても姐さん、吸いすぎっすよー」
「うるせぇ」
「に゛ゃー、また殴ったーー!」
一方、ヒューゴとミコトはシディアを解放すべく奮闘していた。
「いや、だから、何か思い違いというか勘違いというか……とにかく、その三毛猫の警官に繋いでもらえないか?」
「三毛猫と白猫の婦警コンビっていやぁ、スピカさんたちだろうけど。取り調べを中断しろっていうのかい?それはちょっと無理かもなぁ。それで吐かせられるもんも吐かせられなくなったら、俺がキレられちまう」
門の警備に頼み込みなんとか繋いでもらった、三毛猫スピカと関わりのあるらしい警官は、やる気なさげに肩を竦めた。ヒューゴたちと関わるのは面倒だ、と顔に書いてある。
「……どうする?ちょっと脅す?」
ミコトが耳元で囁くのを「どうどう」と制し、警察署をあとにする。
「こうなったら、上に直談判するしかないな。でも警察のお偉いさんに知り合いは全くいないし……うーん、ちょっと申し訳ないけど、仕方ないか」
ミコトがきょとんとした顔でヒューゴを見た。まだ短刀にかかっていた手をそっと下ろさせる。
「よし、会いに行こうぜ。オイラがリベルカトゥスで唯一頼れる、偉い猫。国王・シルヴェスト陛下にな」
第八十三話 Are You HAPPY? <終>




