第八十話 再出発
一番隊が新たにベースキャンプを構えたのは、黒竜の谷に入る手前、安全地帯と呼べるギリギリの場所だった。
赤目のいる谷まで一気に進みたいのはやまやまだが、連戦がすぎるうえ、完治していない怪我人もいる。勝率を上げる意味でも、安心して休息がとれる拠点は必須だ。
三番隊が用意してくれた、簡素ながらも温かい食事にありつき、一息ついたところで作戦会議となった。
状況の整理から始めよう、とレオが皆を見回す。
「一番隊がほぼ全員残れたのは不幸中の幸いだな。ただし三番隊はウゴを合わせて四人、四番隊に至ってはゼロ、か」
探そうと思えば、感染源に近づいていない四番隊員も見つかったかもしれない。
しかしあの状況で感染者のいるキャンプ内を皆で動き回ることも、そのために時間を割くことも正解とは思えなかった。これは全員納得していることだ。
「人もそうだけど……いろいろ足りない……ね」
珍しく、ミコトが口を開く。
腕を組み考え込んでいたヒューゴが顔を上げた。
「ミコトの言う通り、物資の補給が必要だな。四番隊の回復魔法に頼れない以上、とくに回復薬が今の手持ちでは心許ない。いったん村に戻るって手もあるが……戻ったところで人員が補充できるわけでもないからな。物資の用意にも時間がかかるだろうし。さすがにそれまで赤目が待ってくれるとは思えない。こうしている今も、着々と狂暴化が進行しているはずだ」
シディアを含め、皆が真剣な顔で相槌を打つ。
皆口には出さないが、ウィレの村も既に何らかの被害にあっているかもしれないのだ。
距離を考えるとネペンテス・ビーは現れていないと思いたいが、ティラミスのほうはわからない。最悪、ウィレの村も流行り病に侵されている可能性がある。
「物資を近場で調達して進むのが、結果的に一番早く赤目に辿り着けると、オイラは判断する。時間の損失は最小限にしたいからな、明日から早速動くぞ。いいか、みんな?」
「了解!」
具体的なことは明日の朝食時に、ということになり、今夜はお開きとなった。
安全地帯と呼んではいるものの、黒竜の魔力探知の範囲外というだけなので、他の魔物は警戒せねばならない。
シディアたちも交代での見張りに立候補したが、今日は休むよう言われ断られてしまった。
アリスとネオンと三人で、あてがわれた小テントへしぶしぶ戻る。
男女で分けていくと半端な人数になってしまったため、ネオンの提案でこうなったのだ。
寝床に身を横たえると、唐突に眠気が襲ってきた。
そういえば、朝から動きっぱなしだった。魔力もほとんど底をついているのに、見張りなどできるわけもない。
ネオンが欠伸をする気配。アリスは既に寝息を立てている。
揃いも揃って、疲れを感じるセンサーが、興奮ですっかり麻痺してしまっていたようだ。
(団長代理にはお見通し、ってか。やっぱり凄いや、ヒューゴは……)
与えられた休息に感謝しつつ、シディアは目を閉じるのだった。
翌日、午前十時。
シディアは、ヒューゴとミコトとともに湖畔に立っていた。
湖は深い霧に覆われ、先がよく見えない。
ヒューゴが「よし」と意気込み、湖岸に沿って歩き出す。
「船を探すぞ。っていっても、必ずいるとは限らないし、見つけても商人の予約船だったりすることが多いんだよな。タイミングによっては、かなり待つことになるけど……こればっかりは運次第だ」
なぜこの顔ぶれでこんな場所にいるのか。その理由は今朝の朝食時に遡る。
「それで、物資をどこから調達するかだけど。みんな察してると思うが、この辺りでそんな場所は一か所しかない。───リベルカトゥスへ向かう」
予想通りとばかりに大半が頷く中、シディアたち三人だけがピンとこない顔でヒューゴを見ていた。
「その、リベルカトゥスっていうのは?こんなところに人里があるのか?」
「シディアたちは知らないよな。国の中にある国。四方をアダマソル領地に囲まれた、完全なる独立国家。それが───猫妖精の国・リベルカトゥスだ。」
双子が思わず同時にネオンを見る。彼女の黄緑色の瞳は、溢れる好奇心できらきらと光輝いていた。
「マジ!?猫妖精の国……!?」
そういえばだれもネオンに驚かないどころか、あまりにも普通に接しているので不思議に思っていたところだ。
アダマソル王宮には先に話が通っていたようなので気にしていなかったが、ウィレの村に足を踏み入れた当初でも、物珍し気な視線すら感じなかったのである。
藪蛇かと思いとくに触れてこなかったが、なるほど、猫妖精がわりと身近な存在だったのなら納得だ。
リベルカトゥスに入国するにあたり、まず、大勢で向かうのは避けようという話になった。武装した戦士が集団でどやどやと上がり込んでくれば、戦争しに来たと思われかねない。
目的はあくまで物資の調達。最低限の少人数で向かうべきだろう。三人、いや、入手した物資を運ぶことを考えると四人が妥当か。
また、赤竜は連れて行かない方針を固めた。怖がらせてしまってはトラブルになりかねない。
「それと、あとひとつ」
「まだ何かあるのか、ヒューゴ。大変なんだな猫妖精の国に行くのは」
「うん、一番大事なことだ。……ごめん、ネオン。君は連れていけない」
ネオンの瞳が大きく見開かれ、間もなく伏せられた。長いまつ毛が目元に影を落とす。
あからさまに落胆するネオンを見かねて、アリスがヒューゴに食ってかかる。
「なんで?なんでダメなの?ネオンは自分以外の猫妖精、見たことないんだよ。定員オーバーならあたしが残るから!ネオンは連れてってよ!」
そりゃあ、あたしだってモフモフ猫耳天国に行ってみたいけどさ……と小さく続くのが聞こえてしまったが、今は聞かなかったことにしておこう。
「人数の問題はあるけど、違うんだ。あの国に住んでる猫妖精は、誇り高き妖精たち。他種族と交流はあるが、対等な立場での取引にしか応じないし、人間の支配下に置かれるのを何より嫌っている。だから……手を離してくれアリス、首締まるって……!」
ヒューゴの言葉を、レオが引き継いだ。
「人間の集団に猫妖精がいるのを見れば、飼い猫扱いされているって思われる可能性が高いんだよ。仲間として対等だと説明しても信じない奴もいるだろうし。とくに今回は少人数での仕事だろ?わざわざトラブルのもとを連れていく必要はないって話だ」
ヒューゴとレオの言い分はもっともだ。だけど───。
改めてネオンを見る。どうしても行きたい、そんな思いが全身から滲み出ている。
彼女の地元・ポートシーガルには犬妖精の集落があった。幼馴染であるシリウスは、ネオンやロードリックと日常的に付き合いがあっても、帰る場所は同族の中だった。
ロードリックはロードリックで、人間同士のコミュニティをたくさん持っていた。
ネオンは決して不満があったわけではない、とこぼす。
大好きな母と暮らす安全な家があり、街の人たちも猫として可愛がってくれた。
そんな中で同族との交流だけは、どうやっても手に入らないものだったのだ。
自分以外の猫妖精に会ってみたい。それは、そんなに我儘な願いだろうか?
「じゃあ、猫になって俺のローブに隠れとくか。……あ、俺は行っても問題ないよな?ヒューゴ隊長?」
シディアの提案に、ネオンが勢いよく顔を上げる。
彼女の晴れ渡った表情を見て、ヒューゴがにっこりと笑った。
「なるほど、いい案だな!シディアはむしろ指名しようと思っていたところだ、ぜひ同行してくれ。そして、えーっと、万が一の時の戦闘班を、ミコトとアリスにと思っていたんだが……」
ちらり、とアリスを見る。シディアの言いたいことは伝わったようだ。右手を挙げ、ぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。
「はいはい!あたし、キャンプ守る班になりまーす!さっき残るって言ったし、レオちーと恋バナもし足りないし?だからそっちの戦闘班は、ミコト、よろしくね」
主にネオンに対して放ち始めていたミコトの殺気がすっと引っ込んだのを見て、シディアは胸を撫で下ろしたのであった。
第八十話 再出発 <終>




