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第七十九話 星に願いを

 ティラミスの「用事」がなんだったのか。それは数刻と経たず明らかになった。

 三番隊のベテラン隊員・ルギウスからヒューゴに報告が入ったのだ。

 救護テント内で流行り病の症状が出ている───と。

「高熱と咳、特徴的な発疹……たしかにコンウィの村の奴らと同じ症状だな。それが救護テントで複数人に出てるって?なんで急に……」

「皆の症状が出る少し前、テントの外で警備にあたっていたところ、水瓶の付近で怪しい女を見かけ後を追いました。力及ばず逃がしてしまったのですが、水瓶になにかを仕込まれたのだと気づき───。慌てて戻り、四番隊隊長に伝えましたが、時既に遅く……申し訳ありません……」

 地に片膝をつき項垂れるルギウスの背には、意識のないウゴが背負われている。

 傷の具合が酷すぎるが故に救護テント内で一人だけ隔離されていたらしく、流行り病が蔓延する前にと、急ぎ連れ出して来たとのことだった。

 ヒューゴは眉間にしわを寄せ、ミコトが小さく舌打ちし、ネオンは腕を組みため息を吐いた。

「怪しい女、ね。五百パーセントあいつ(ティラミス)じゃん」

「だろうな。まさか、流行り病の原因すら魔王軍(カペル)だと……は……」

 話しながら、シディアはルギウスの異変に気付いた。腹部に血が滲んでいるのだ。

「ルギウスさん……!その怪我……!」

「力及ばず、と言っただろう。慎重に追っていたつもりが、気づかれてな。死角から刺されてしまった。一応これでも、三番隊の中では武術はできる部類のはずだったんだが……う……ぐ……」

 崩れるように倒れてしまったルギウスを、ヒューゴが支える。

「それ以上喋らなくていい。誰か、ウゴを抱えられるか?レオ、担架を探してきてくれ!ミコト、三番隊のテントから回復薬を数本持ってきてほしい。くれぐれも、救護テントには近づくなよ」

 それぞれが動き出すのと入れ違いに、近くのテントからひとりの少年が飛び出してきた。

 浅黒い肌に、まだ幼い顔立ち。よく見ると、左腕に三番隊の腕章をつけている。

 少年はつんのめる勢いでルギウスに駆け寄ると、支えているのが団長代理のヒューゴであることに気づき、ぺこりとお辞儀をした。

「おまえ……!今回は足を引っ張るから留守番だってマチルダに言われただろ、どうしてここに───!」

 珍しく動揺し叱責するヒューゴに、少年は縮こまった。

「ごめんなさい、ヒューゴ兄ちゃん。でも、どうしても来たくて……ウゴさんに頼んで先行隊に混ぜてもらったんだ」

 どうやらヒューゴの知り合いらしいが、驚くべきは彼の幼さである。

 さすがにヒルデよりは歳上として、会話から推測するに十二、十三歳あたりだろう。正直、腕章がなければ迷子だと思ったに違いない。

「ルギウスさん、しっかりして!」

 いつの間にか少年がルギウスに回復魔法をかけていた。額に汗が滲んでいる。

 心配でたまらないのか、慣れていないのか、その両方かはわからないが。少年の必死さがこちらまで伝わってくる。

 その様子を見て、ヒューゴが困ったように口を開いた。

「なあ、無理とは言わないけど……おまえの適性魔法で、この怪我は……」

「わかってる。時間はかかるよ、自然治癒力を高めてるだけなんだから。それでもさ。四番隊の人たちと協力して、ここは───なんとかする!」

 少年の瞳が、若き団長代理を見つめる。

「お願い、ヒューゴ兄ちゃん。マチルダ隊長のためにも、赤目を……赤目を倒してよ……!」


 後から聞いた話だが、少年は以前、マチルダに命を救われた経験があるそうだ。

 本当は四番隊に配属される予定だったところを、自ら頼み込んで三番隊に入隊したらしい。

 初めての事前調査で赤目に遭遇したのは不運でしかなかったと皆に慰められたが、憧れのマチルダをひとり置いて逃げ帰ったことを、少年は悔いていたのだった。


「狩りのサポートをするために、僕たち三番隊はここにいるんだ。一番隊の足を引っ張るわけにはいかない。だから僕たちのことは気にしないで進んで!一番隊のみんなに感染(うつ)らないうちに」

「……そうか。そうだな」

 ルギウスを少年に預け、ヒューゴは立ち上がった。それまで険しかった顔に生気が蘇る。

 絶望的な状況においても、太陽のように輝く希望。竜騎兵団の一等星。

 少年の願いは、星に届いたのだ。

「おまえに喝を入れられるなんて思わなかったぜ。ついこのあいだまで、オイラやミコトの後ろをくっついてくる、ハナタレ小僧だったのに」

 わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でまわすヒューゴの手に、少年がまんざらでもなさそうに「やめてよー」と破顔する。

 そんな光景を見上げ、ルギウスが弱々しく声を絞り出した。

「一番隊……ウゴを……頼む……。そいつは三番隊の、未来だ……。こうなった以上、今回の遠征の要でも、ある……。怪我人だが、連れて行ってやってほしい、頼む……」

「ああ、ウゴのことは任せろ。今はゆっくり休んでくれ」

 ヒューゴの言葉に安心したのか、ルギウスは意識を手放したようだった。

 戻ってきたミコトが、拒否する少年のポケットに力ずくで回復薬を二本ねじ込み、レオが持ってきた担架にウゴを寝かせる。それを見届けるとヒューゴは頷き、愛竜・レックスに跨った。

「聞いてくれ、一番隊。オイラたちは今すぐここを発つ。たしか予備で目をつけていた場所があったな。残った者だけで、キャンプを立て直す。……いいか?」

 隊員たちの意思を確認するように、一番隊隊長はひとりひとりの顔を見渡す。

 皆、想いはひとつだった。

「もちろん!」

「ヒューゴについていくぞ!」

「みんな覚悟を決めてここにいる、って言ったのは隊長だろ?自信持てよ」

 口々に賛同する隊員たちに笑みを返し、ヒューゴは幼馴染の少年に声を掛ける。

「四番隊隊長に、ここの指揮を任せると伝えてくれ。赤目を倒したら、帰りに様子を見に来るさ。だから───また会おうぜ」


 感染を免れた三番隊の数人が合流し、一番隊・二番隊・三番隊の混合となった新部隊は、愛竜たちとともに飛び立った。


 振り向かず、進む。遠征の目的は変わらない。

 赤目を狩る。アダマソルに住む人々の日常を守るため。一族の未来のために。


 *****


 そっとオリヴィアをベッドに寝かせ、ギャビンはふぅ、と息を吐いた。

 一歩ベッドから離れると、すぐさまラファエルが近寄り、主君の掛け布団を整える。

 布団はわかるのだが、気づけばさりげなくシーツや枕の皴を伸ばし、オリヴィアの髪や服も整え始めた。そのうち肌の保湿まで始めそうな勢いである。

 まったく、この従者は。甲斐甲斐しすぎて、危うく弟子に嫉妬してしまうところだ。

「容体が急変した原因は、やはり───過労、でしょうか」

「それが濃厚だね。まさか僕らの目を盗んでまで、無理して起きていたなんて思わなかったよ。メイドゴーレムに監視機能をつけておくべきだったかな」

 傍らのデスクには、大量の魔法書や歴史書などが積み重なっていた。

 最近これらを読み漁り、何やら必死に調べているようだったので、たびたび止めて休むよう諭していたのだが───。

「こんなになるまで、いったい何を調べていたんだ。せめて教えてくれたって良かったのに……」

(わたくし)も何度かお伺いしたのですが、今回は頑なでした。どうしてもご自身で調べたい理由があった、ということではないかと」

 調べものが何なのかはいったん置いておいて、目下の問題はオリヴィアの容体だった。

 先ほど魔力を注いだ時、オリヴィアの身体はかなりの熱を持っていた。呼吸も荒く、今までの発作より数段苦しそうに見えたものだ。

「……無いんだ、君が命をかけるに値するものなんて。そんなの存在しないんだよ、リヴ」

 切実な愛の言葉も、オリヴィアの耳には届かない。おそらく、しばらくは寝たきりになるだろう。

 この状態が続けば、ただでさえ傷ついている身体にも魔力炉にも、更に負担がかかりかねない。

 取り返しのつかないことになる前に、手を打たなければ。

 魔法書の山を見やる。昔からギャビンが愛読している書物たちだ。

 この内容(なかみ)はほとんど頭に入っているのだから、頭の中から引っ張り出した方が早い。


 さあ、思い出せ。考えろ。

 ここで何もできなくて、この頭脳はなんのためにある。

 見つけろ、導き出せ。

 彼女の師として。彼女を想う一人の男として。


 辿り着いた方法(それ)が、たとえ───愛しい(ひと)以外の全てを、犠牲にするものだとしても。



   第七十九話 星に願いを <終>


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