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第七十六話 勝機

 数年前、カーマインが訓練に付き合ってくれた日のことを思い出す。

 騎士団員ですらない、ただの学生が騎士団長直々に教えを乞うなど、今から思えば贅沢すぎる話だろう。しかし当時のアリスは深く考えず、恵まれた境遇を当たり前に享受していた。

 少なくともアリスにとってそれは「カーマインおじさま」との時間であって、騎士団長との時間ではなかったからだ。

「相変わらず筋はいいが、重心が高いな。それでは安定しないし、せっかくの威力が死んでしまうぞ。こうやってもう少し腰を落として……そうそう、そうだ」

 カーマインは子どものアリスにもわかりやすく、自らの動きも交えて教えてくれた。

 見て、学び、実践する。これ以上にシンプルで吸収しやすい授業をアリスは知らない。

「ん?背が低いから大きく見せたいのか?ガハハ、そんなの忘れてしまえ!戦場でそんなことはどうでもいい。大きかろうが小さかろうが、男だろうが女だろうが、勝つ奴が勝つ。それだけだ」

 でも、やはり小さいと相手にナメられてしまうのではないか。

 そんなアリスの不安にも、カーマインは適切な答えをくれた。

「いいんだ、むしろナメられておけ!よおし、アリス。おじさまが良いことを教えてやろう、しっかり覚えておけよ」

 カーマインの大きな手が、アリスの小さな頭を温かく包む。

「こいつは非力なチビだと、この程度のやつに本気を出す必要はないと、敵がお前を侮った時。そこが───お前の勝機だ」


 ぎょろりと動いた黒竜(ダークドラゴン)の左目に、アリスの姿が映る。

 はためく金のツインテール、色白で凹凸の少ない身体。童顔丸顔で、なにより低身長。自分でも幼く見えるって十分わかってる。竜の目にどう映るかはわからなかったけれど、これは。

 ふっ、と。思わず口もとが緩んでしまう。


 なんとなくわかるよ、黒竜(キミ)のその視線。

 あたしのこと、人間の中でも特別小さくて、魔力量も少ない、大したことないやつだって思ってるでしょ。

 超本気出せばその拘束すら解ける力も持ってるのに、あたしの攻撃なんて受けたところで問題ないと思ってる。

 ────ありがとう、侮ってくれて。


身体強化(リィンフォース)───レベルサード!」

 ヒューゴにもらった強化に、更に自分の魔法を上乗せする。

「からのぉー、ハンマーちゃん、チェンジ!」

 戦鎚が変形し、戦斧へと形態を変えた。

 任意の武器に変化させるのは無理でも、ハンマーか斧の二択ならなんとか、と父ジョセフが新機能をつけてくれたのだ。

 変化させられる時間はそう長くないが、問題はない。

 一撃で決めればいいだけのことだ。

 魔力を腕に集中させる。肩から手首を、小さな雷が走り抜けていく。

 桃色の戦斧を握りなおした。意識せずとも自然に動く。身体も、唇も。


「───閃光(フラッシュ)!」


 全身を使って回転しつつ、大きく一閃。

 戦斧は速やかに、鮮やかに、黒竜(ダークドラゴン)の硬く太い首を切り落とした。

 さながら滝のように血を吹き出しながら、漆黒の巨体はゆっくりと地に倒れ伏したのであった。


 閃光(フラッシュ)。アリスはたしかにそう言った。

 あの日。稲妻のごとき速さで巨大狼の三つ首を切り落とし、血の雨に佇む後ろ姿が脳裏をちらつく。

 割れんばかりの勝鬨をあげる一番隊の中でひとり、シディアだけが、叫ぶどころか一言も発せずにいた。

 地面に着地したアリスに、興奮した隊員たちが赤竜(レッドドラゴン)から降り次々と駆け寄る。

 ネオンに急かされ、シディアもフォルテを地上へと下ろした。

 猛ダッシュで駆け寄り抱き着くネオンの後ろから、おそるおそるアリスに声を掛ける。

「なあ、アリス、さっきの……」

 目出度い場面のはずなのに、喉はからからに乾いていた。絞り出した勇気も虚しく、シディアの掠れた声は周囲の歓声にかき消される。

 代わりに、ヒューゴの声が響いた。少し離れた位置でレックスから降り、こちらに歩いてくる。

「すごいぜアリス!オイラの想像以上だった、まさか一撃なんて!なんて美しい一閃、まるで戦神(いくさがみ)だ!───よし、結婚しよう!」


「「「…………は?」」」


 シディアたちの脳内が「?」でいっぱいになった。

 結婚?結婚しようって言ったのか、今。

「えっ、けっこ……はああああ!?」

 アリスの渾身の叫びでネオンとシディアも我に返る。

「いやいやいやいや……マジ?いきなり?どゆこと?」

「待て待てヒューゴ、何を言ってるんだよ」

 この上ないほど動揺するシディアたちに対し、ヒューゴは嘘のようにけろりと返す。

「へ?オイラは本気だぜ?あれか、兄貴(シディア)の許可が必要か。そのあたりは、村に帰って落ち着いてから改めてだな……」

 もはやどこから突っ込んでいいのかもわからない。混乱した頭で、混乱した言葉を返すのが精いっぱいだ。

「え、その……そもそも結婚は十六歳からで……アダマソルの法律もそうだよな?もしかして自治の関係でそこも違うのか?」

「いや、結婚できる年齢は同じだな。アリスは十六───今年で十七歳になるんだっけか。だから問題ないだろ?オイラは今年の誕生日が来たら十六歳だから、あと数か月で結婚できる。どちらにせよ準備期間は必要だし、ほら、そっちの両親への挨拶とか、引越しとか。数か月くらいあっという間だぜきっと」

 すらすらと言ってのけるヒューゴ。唖然とするシディアたち。

 それを遠巻きに見ていたミコトが、盛大にため息を吐いた。なんとも微妙な表情である。

 ミコトのため息を皮切りに、他の隊員たちも次々と脱力したようなそぶりを見せた。

「はー、出たよヒューゴの求婚癖(きゅうこんグセ)

「気にしなくていいよ、アリスちゃん。こいつすぐ結婚しようって言うんだから」

「みんな何言ってんだよ。オイラはいつだって本気だし、アリスは本気の本気、運命の……」

「まーた言ってら、“運命”」

「惚れっぽいだけだろー」

 パンパンッと音を鳴らしレオが手を叩く。

「はい、みんな撤収撤収~。帰って昼飯にしよう、腹減った~」

「聞いてくれよレオ。オイラはマジだ。今回はとくに、本気の本気なんだって」

「わかったわかった、ほらキャンプに戻るぞ団長代理」


 *****


 一番隊が学生さながらの空気で和気あいあいと盛り上がっている頃。

 相棒の赤竜(レッドドラゴン)とともにキャンプを目指す男がいた。

 先ほどの黒竜狩りに三番隊から参加した、ベテラン隊員である。

 以前は副隊長を務めていた彼だが、四十代になった今は役職に就かず、いち隊員でいることを選んだ。今後の現役引退をスムーズにするためだ。

 なお、引退後は三番隊のOB(オービー)で構成されている研究チームに入る予定である。

 先ほどの狩りは素晴らしかった。一番隊と二番隊の混合部隊とは思えないほどの連携だ。

 怪我人が数人出たものの、四番隊ひとりの回復魔法で対処できる範囲であった。持ってきた回復薬は守り神・レオをはじめ、軽傷の数人にすれ違いざまにぶっかけた分しか消費していない。

 その怪我人たちは四番隊に預けてある。治療が終わればおそらく自力でキャンプまで戻ってこれるだろう。

 なぜ今、ひとりでキャンプに向かっているかといえば、黒竜(ダークドラゴン)の解体を含め後処理のためだ。人手がいる。三番隊は全員狩り出さねばならないし、四番隊からも何人かは助っ人がほしいところである。

 数分飛んでキャンプに近づいたところで、彼はとある光景を目にした。

 キャンプから煙があがっているのだ。

 慌てて手綱を操り、速度を上げる。嫌な予感がした。


「これは……いったい何が……」

 キャンプの上空に到着すると、煙の柱はさらに本数を増していた。

 状況を把握するより早く、地上から彼を呼ぶ声がする。

 見ると、丸眼鏡の青年がこちらに向かって叫んでいた。今回の遠征で三番隊を率いている隊長である。

 その姿にぎょっとした。半身が血で真っ赤に染まっているのだ。手には似合わぬ槍も持っている。

 かの青年───ウゴは研究・調査要員で、完全なる頭脳派だ。最低限の戦闘訓練を受けてはいるものの、実戦経験は皆無のはず。

 適性魔法も生活に役立ちこそすれ、戦闘に有用なものではなかったと記憶している。

 まさか、戦闘に参加したのか。

 三番隊と四番隊だけとはいえ、戦闘力が皆無なわけではない。騎竜できる者こそ少ないものの、自分たちの身を守る程度のことはできるはずだ。この近辺で遭遇するような魔物なら、大した強さでないのは調査済みである。

 そのはずなのに、ウゴが血まみれで、武器を手にしている。それほどの事態が起きているということだ。

「───降りるな!」

 空に向かって、ウゴが声を張り上げた。あまりの勢いに、丸眼鏡が鼻からずり落ち地面へと落下する。

 普段は心配になるほどに気弱で、優しく穏やかな青年だ。そんなウゴが声を荒らげるなど初めてのことであった。

 面食らうベテラン隊員に向かって、現隊長は必死に訴える。

「一番隊を呼んで来てください、緊急事態です!はやく!」



   第七十六話 勝機 <終>


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