第七十四話 焚火を囲んで
朝七時。
先行している三番隊と四番隊の一部を除き、狩りに参加する全員が、村の出入口付近の広場に集まった。ついに出立の時が来たのだ。
この日ばかりは子どもたちも含め、村人全員で無事を祈り見送るのが習わしらしい。いつもより早起きしたのか、眠そうに目をこすっている幼子も何人か見て取れる。
「長は特性付与の影響で、明日まで休養に入っているです。短い手紙を預かってきたから、ヒルデで我慢してほしいです」
少し緊張した面持ちで皆の前に立ったヒルデは、二つ折りの紙を広げた。すうっと息を吸い、小さな唇を開く。
「竜騎兵団諸君。此度の遠征は一番隊隊長・ヒューゴを団長代理に任命する」
皆の視線を一身に受けたヒューゴは、胸に右手を当て軽く頭を垂れた。
「拝命いたします」
先代の団長であったヒューゴの父親が殉職してから、団長の席はずっと空席のままだと聞いている。こうやって毎回代理を立てているのか。
ヒルデの代読は続いた。
「目指すは黒竜の谷。目標討伐個体、通称赤目。必ずや討伐を成功させ、全員、五体満足で帰還せよ。我らが竜騎兵団に、勝利のあらんことを!」
竜騎兵団を中心に人々から喊声があがる中、相棒・レックスに跨った団長代理が皆の前に進み出る。
「行くぞ、全員赤竜に乗れ!準備はいいか?忘れ物はないな?お気に入りのお菓子は持ったか?」
……ん?
何かが違うような気がしたが触れないでおこう。
そう思い口を噤んだシディアの気遣いを、歳若い隊員たちが無に帰した。
「それ、団長代理がいつもミコト副隊長に聞いてるやつだと思いまーす」
「公私混同でーす」
どっと広場が笑いに包まれた。
ヒューゴは「おっと間違えた」と頭を掻き、その後ろに乗ったアリスは大げさに両手を広げ、ミコトはメルの首に隠れながら赤面する。
張りつめていた空気が、一気に和やかなものに変わった。
「気合い入れて行くぞ、みんな!」
「おーーー!」
皆に混じり、シディアとネオンも声を張り上げる。
背に乗っているので表情は見えないけれど、フォルテもどこか誇らし気に、楽し気に見えたのだった。
ウィレの村を出発してから、三日後の夜。
先行隊に追いついたシディアたちは、彼らが用意してくれていたキャンプに腰を落ち着けていた。
テントで眠る程度ならば慣れているが、完全な野営と呼べるものは初めての経験だった。二日で音を上げるほど柔ではないにせよ、今夜は屋根のある寝床で眠れるのだと思うと心底ほっとする。
そんなこんなで今、皆で焚火を囲み何をしているかというと。
「みんなジョッキ持ったー?じゃあ無事合流できたお祝い、アーンド、寂しいレオちーを励まそうの会!かんぱーい!」
焚火を背にし、陽気に乾杯の音頭を取っているのはアリスである。なぜお前が。そしてレオちーとは。
この三日間、赤竜に乗っての空の旅は、投石鳥の群れとの戦闘の日々でもあった。
ヒューゴの話では、黒竜の谷に近づけば近づくほど魔物との遭遇率が上がるのはいつものことだが、ここまで頻繁に遭遇するのは初めてだという。
赤目がブラッドナンバーに侵された黒竜だとして───シディアはその可能性がかなり高いと睨んでいるが───魔王復活に加えブラッドナンバーの影響もあり、魔物が活発に動き回っているということなのだろうか。
王都や黒竜狩りの一族はまだしも、武力を一切持たない小さな村落はどうしているのか気がかりだ。
大きな群れは厄介だったが、幸い、怪我人が出るほどの事態にはならなかった。
ネオンの散★弾が大群相手にうってつけだったのは大きいが、傷一つ負わず速やかに勝利できたのは、一番隊の訓練の賜物だ。
驚くべきはネオンを除き、皆ほとんど魔法を使わず戦っていることである。アリスのような身体強化系の魔法を、数人が時々使用していたくらいだ。
他国はどうか知らないが少なくともベーヌス騎士団は、適性魔法の属性によって班分けがされることもあるくらいには、魔法───とくに攻撃系の魔法が重要視される。作戦によっては要となるほどだ。
王国騎士団ですらない、一介の一族が物理攻撃だけでここまでの戦闘力を誇るということ。冷静に考えると、自分はとんでもない人々と肩を並べて狩りに参加しているのかもしれない。シディアはごくりと唾を飲み込んだ。
ベーヌスに帰ったらカーマインに報告……は、ダメだ、やめておこう。
筋肉スパルタ騎士団長にこんな情報を与えてしまっては、シディアが騎士団員の恨みを買う結果になりかねない。
「おいこらレオ、飲みすぎだぞ。いくら酒に強いからって、もう少し健康を考えろ」
ヒューゴの声に、斜め向かいで焚火を囲むグループを見やる。
シディアと共に焚火を囲んでいるネオンとミコトも、同じく視線をそちらに向けた。
ヒューゴもミコトの隣にいたはずなのだが、レオの飲み方が目に余ったようだ。両手を腰に当ててレオの斜め後ろに立ち、説教を垂れんばかりの勢いである。まったくどちらが歳上なのやら。
「だってさ~、寂しいんだよお~。遠征で会えないだけならいつものことだけどさ~」
この短時間でどれだけアルコールを摂取したのか知らないが、レオが既に出来上がっていることは口調でわかった。アリスがしきりに相槌を打つ。
「レオちーの彼氏、コンウィの村に住んでるんだもんね。流行り病のせいで会えてないの、一か月くらいだっけ?」
「そ~、一か月以上会ってない~!村の行き来遮断されたらさ~、どうしようもないしさ~。あ゛ーーー、一緒に住んどけばよかったーーー!」
レオが同性愛者であることは聞いていたが、恋人がコンウィの村の住人であることは初耳だ。
今は亡き親友カップルを思い出す。あの二人が一か月以上顔を合わせないなんて、想像もつかない。
「流行り病が落ち着いたら、ウィレの村に呼べばいいだろ。とりあえず、今夜はこのへんにしとけ、な」
ついに泣き出したレオの背を擦りながら、ヒューゴがさりげなくレオの手からジョッキを奪い取った。後ろ手に回したそのジョッキを、別の隊員がさっと持ち去る。よくあることなのだろう、鮮やかな連係プレーだ。
夕食を終え、シディアが腰を上げかけた頃。
慌てた様子でヒューゴに声を掛ける者がいた。丸眼鏡をかけた、二十歳前後と思われる青年である。
「だ、団長代理!さ、三番隊から報告いたします!」
三番隊。主に獲物の事前調査を担当している部隊だ。狩り本番では目標個体への道案内の役割もあるが、キャンプの周辺調査も欠かさないと聞く。
隊長のマチルダは怪我で療養中、副隊長はコンウィの村在住で隔離中のため、今回はこの青年が隊長を務めているらしい。
よほど緊張しているのか「あ、あ、あの」と言葉に詰まっている眼鏡の青年に、レオが泣きながら絡みつく。
「うわーん、なんか彼氏に似て……んー、似てないけど似てる!ヒューゴ相手にそんな緊張しなくていいよお~、君も飲むか~?」
「す、す、すみません、下戸でして……」
余計に緊張し涙ぐむ青年からレオを力づくで引きはがしながら、ヒューゴは青年に顔を向けた。
「変な絡み方をするんじゃない、酔っ払いめ。それで、報告って?」
「は、はい!」
ふうーっと息を細く吐き出すと、おどおどしていた青年の雰囲気が少し変わった。アリスでいう戦闘モードのようなものかもしれない。眼鏡の奥の瞳がしっかりとヒューゴを見据える。
「狂暴化の兆候が出ている黒竜を発見しました。赤目とは違い、大きさを含め、観測できる能力すべてが平均的な個体です」
気づけば、その場の全員が真剣な表情で耳を傾けていた。眼鏡の青年の報告は続く。
「兆候は出始めのごく僅かなもので、三番隊でも新人は気づけなかった程です。今回は無視して進み、次の討伐目標にしても大きな問題はないと考えます」
ふむ、とヒューゴは頷いた後、掴んでいたレオの襟首から手を離した。
先ほどまでの酔っ払いはどこへやら。レオも既に、一番隊の守り神の顔である。
「距離は?ここからだとどのくらいかかる?」
「かなり近いです。赤竜で飛ばせば十分とかからないでしょう。進行方向からは少々ずれますが、この距離ならばキャンプを動かす必要はありません。許容範囲と思われます」
「なるほど」
弱冠十五歳の団長代理は、焚火を囲む隊員たちを見回した。
「全員、聞いてくれ。急だけど赤目以外にももう一体、黒竜を討伐対象とする。明日、一番隊全員で討伐に向かうぞ。一番隊、いいな?」
「おーーっ!」
一番隊の声が元気に重なる。
真面目な表情から一転、柔らかな笑顔を見せたヒューゴは、眼鏡の青年にもう一度向き直った。
「三番隊と四番隊からも、騎竜できる者をそれぞれ一名ずつ出してくれるか。三番隊は戦闘補助の経験者、四番隊は医療チームの中からがいいな」
「りょ、了解!」
報告が無事終わり気が抜けたのか、おどおどモードに戻ってしまった青年は、ずれた丸眼鏡を慌てて掛けなおしたのであった。
第七十四話 焚火を囲んで <終>




