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第七十三話 対竜特攻

 ───気まずい。

 ちらり、と正面に座る枯れ木のような老人を見やる。

 (おさ)の家に到着し、この椅子に腰かけるよう促されてから、二時間ほど経っただろうか。

 ヒルデは今日から学校らしく、姿は見えない。

 代わりに使用人らしき青年がいるが、初めに簡単な挨拶と、武具を一式預かる旨の会話を交わした後、ひたすら無言で佇んでいるだけだ。

 (おさ)はというと、青年から受け取ったシディアの武具───クリスタルソード、魔法銃、ローブを一列に並べて手をかざし、ずっとブツブツと何かを呟き続けている。


「例の件?見る見る?あー、でも本番のお楽しみにとっておいたほうがいいよね?」

「見た目が変わるわけじゃないっつーか……シディアの目ならワンチャンなんかわかったりすんのかな?ま、実際やってもらえばわかるっしょ★」


 アリスとネオンの感想を思い出してみても、何の参考にもならない。

 彼女らは、この気まずい時間をどうやって過ごしたのだろう。

 そもそも、用があるのは武具だけのように見えるが、シディアが同じ部屋にいる必要はあるのだろうか。

 昨晩はヒルデの希望により、アダマソルならではの果物とクリームがたっぷり乗ったパンケーキをご馳走したが、なぜかアリスとネオンにも奢ることになってしまった。三人で使うための路銀からではなく、個人の財布から……どうしてこうなった。まあ、ヒルデが喜んでくれたから良しとしよう。幻空間(ミラージュルーム)には本当に世話になったのだ。

 そういえば、ヒルデはもともと王都に住んでいたらしい。両親が不慮の事故で亡くなって、遠縁の(おさ)に引き取られたとか。(おさ)は孫可愛がりするようなタイプには見えないし、甘え慣れていないのは生い立ちのせいに違いない。ネオンに懐いたのは納得だ。ヒルデ本人にそんなことを言っても頑として認めないだろうが。

 今日もアリスはヒューゴと騎竜訓練か。アリスがヒューゴの愛竜・レックスに乗せてもらうことになった時は少々心配だったが、戦闘スタイルの相性も良さそうで何よりだ。

 ミコトとレオは戦闘スタイル的に単独のほうが都合が良いらしいし、よく知らない隊員の後ろに乗せてもらうより、断然やりやすいはず。

 そう考えると、ネオンがシディアとともにフォルテに乗るのは必然だったのかもしれない。

 初めは何もかもが心許なかったが、今は騎竜自体に不安はほぼ無いと言っていい。フォルテとの相性もあるのだろうが、マチルダの指導が良かったおかげだ。

 マチルダは傭兵時代、腕を買われて王都の騎士見習いたちに戦術指導をしていたと言っていたっけ───。


 気まずさと暇を持て余し、思考があちらこちらに飛ぶ。

 あれからさらに一時間は経過した……気がする。もう時間の感覚が曖昧だ。

 さすがにそろそろ喉が渇いたな、と使用人の青年に話しかけようとした時。

 (おさ)の呟きが聞こえなくなり、かざしていた手がすっと引っ込められた。

 青年が(おさ)に歩み寄り恭しく一礼すると、武具一式を手に取りシディアを見る。

特性付与(エンチャント):対竜特攻、完了しました。お受け取りを」


 実際やってもらえばわかる、とネオンが言っていた意味をようやく理解した。

 クリスタルソードを鞘から引き抜いてみる。剣も、魔法銃も、そしてローブも。見た目は全く変わっていないが、なんとなく質が変わったような感覚があるのだ。

 左目に魔力を送り、瞳の「力」を発動させる。

 マチルダたちと行う特訓とは別で、個人的に日々訓練を重ねてきた。

 片目だけ、かつ、痛みも無く発動できるまでになったのは、まさに今日の早朝のことである。

「すごい……」

 思わず声が漏れていた。

 透明な剣身をはじめ、魔法具たちの帯びている魔力が、明らかに変質している。

 溢れ出すほどの勢いこそないものの、静かに燃ゆる焚火のような熱と力強さがひしひしと伝わってくるのだ。───これが、特性付与(エンチャント):対竜特攻か。

「持ち主様の魔力を利用して特性付与(エンチャント)されていますので、持ち主様に使用していただくのが一番効果的です。ただし、他の方が使用してもある程度の効果は発揮されます。決して無駄にはなりません」

 使用人の青年は淡々と説明を続ける。

「なお、効果は約ひと月です」

「ひと月、か」

 思ったよりは断然長いが、さすがに作り変えられたわけではないらしい。

 ということは、だ。ヒューゴたちはもしや、毎回この長時間の儀式を受けているのだろうか───?

「竜騎兵団の方々は永久仕様です。あなた方はあくまでゲストですので」

「えっと、その永久仕様だと……これより長かったり?」

「はい。ひとりあたり、丸三日はかかります」

「ま……まるみっか……」

 新人が入るたびに丸三日かけて装備を整えるのか。(おさ)の負担も相当のものだろう。


 さて、実はこの「儀式」。

 同じ空間にいて少量の魔力を提供すれば良いだけで、寝ていても食べていても遊んでいても問題なかったのだとシディアが知るのは、もう少し後のことであった。


 *****


 ───殺せ、殺せ、殺せ。

 頭の中で、誰かが囁いている。

 ───殺戮せよ、蹂躙せよ。主君の望み、血と愉悦に溢れた世界をここに。

 五月蝿(うるさ)い。何が主君の望みだ。(われ)に主君などいない。

 我は生物の(いただき)に立つ者。誇り高き最強の竜・黒竜(ダークドラゴン)

 その我を乗っ取り操ろうとは、片腹痛い。キサマが何者か知らぬが百億年は早いわ。

 殺戮も、蹂躙も、この世界の支配も。すべては我が、我の意思で行うこと。

 禍々しい魔力を内包したナニカ、血の色を帯びた無礼者よ。キサマは黙って力だけ寄越すがいい───!


 黒竜(こくりゅう)の谷。俗にそう呼ばれるアダマソル奥地の渓谷。

 谷底で苦悶の声をあげ、内なる力に抵抗を続ける巨大な黒竜(ダークドラゴン)がいた。

 そしてそれを悠々と見下ろしながら、南国の果物(トロピカルフルーツ)いっぱいのクレープを頬張る女が、ひとり。

「ふぅん。検知結果がおかしいとか騒いでたから見に来てあげたけど……逆にこのほうが面白いかもよ?ドクター」

 口もとについたベリーソースを親指で拭い、ぺろりと舌で舐めとる。

「ボクってば、忙しいのに(やっさ)しい~♡まぁ、これのお礼ってこ・と・で」

 女───ティラミスは胸元から小瓶を取り出した。小さな薬瓶に見えるが、中身はドクター・コセに作らせた疫病の種である。

 何を隠そう、コンウィの村を含め、アダマソルの村落を中心に流行し始めている病はこの小瓶の中身がもたらしたものだ。

 健康な者にとっては重めの風邪程度だが、病人や年寄りにはその限りではない。

 魔王軍(カペル)のわりには大したことないって?それはそう。だってこれは、ただの個人的な嫌がらせなのだから。

「たまには悪魔らしいことしないと気持ち悪いんだよねぇ~、サガってやつ?」

 あはは、と笑い声をあげながらティラミスは小瓶を陽の光に透かした。

 もっともっとばら撒こう。病も、悪意も、混乱も。

 無視できないほどに。もうやめて!と叫びたくなるほどに。何を捨てても、身を挺してイザベル(このボク)を止めたくなるほどに。

 その時あの子は、どんな表情(かお)をしてる?どんな瞳で───ボクを見る?

 ゾクゾクと快感が這い上がる。その瞬間はいつやって来るのだろう。

 ああ、あの子と───コロシアイタイ。

「早く出てこないと、世界中に蔓延しちゃうよ~?……ねぇ、聖女サマ♡」



   第七十三話 対竜特攻 <終>


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