第百一話 波乱の予感
「な、内乱の最中!?」
ついつい声を張り上げてしまい、シディアは慌てて自らの手で口を塞いだ。関所を出てきたばかりの人魚のカップルに、追い越しざまに訝し気な視線を投げられ、思わず背を丸める。
きな臭い、と言われて改めて見てみれば───たしかに。
シディアたちとともに関所を通り抜けた者たちの中には、観光という雰囲気ではないグループがちらほら見受けられる。
ブラウは胸元から取り出した懐中時計をちらりと確認し、こちらに視線を戻した。どうやら、海底でも時間の概念は変わらないようだ。
「内乱といっても現状、表立って派手にドンパチやっておるわけではないようじゃ。政治的対立、と言えばわかりやすいかの。だが───それもあくまで今のところ、の話。これから先、どう転ぶかは誰にもわからぬよ」
「政治的対立、か……」
各地の政治に安易に関わらないこと。母ダリアから強く言われていることだ。
ポートシーガルの一件で、間接的にアンヘルが新町長になる手助けをしてしまったこと自体はお咎めなしだったものの。西の国への出発前に釘を刺しなおされたばかりである。
どちらにせよ、関わらないに越したことはない。
「魔女サマは、それ知ってて来たってことなの?なんでわざわざ」
ネオンのもっともな質問に、ブラウはにっこりと満面の笑みを返した。
あ、これは───とシディアが思った瞬間、想定通りブラウが傘をくるりと回す。
強制的に黒猫の姿に変身させられたネオンは、猫好き魔女の腕に抱かれることとなった。
「やはり愛いのお~。お前も「おばあちゃん」と呼んで良いのだぞ~。ん~?」
ギニャー!と鳴き喚く黒猫を撫でくり回しながら、ブラウは話を続ける。
「わしは、そうそう巻き込まれる気はないのでな。したい時に観光を満喫するのみ。そうじゃな、ひとつ伝えておくとすれば───女王アムピトリテは、気位が高く、なかなかにキツイ女じゃ。太古の昔より海底を治めてきた力は本物と言えるが……わしにやたらと突っかかってくる、いけ好かん人魚でもある」
いけ好かん、などと言うわりには、ブラウの表情は穏やかだった。むしろシディアには、先回りしてアムピトリテを擁護しているように聞こえる。
「その女王陛下に不満を持つ一派が、内乱を起こしてるってことですよね。もしかして───白い紐を身に着けているヒトたちですか?」
先ほど見た、観光客ではなさそうなグループの大半が、腕や首、ヒレなどにこぞって白い紐やリボンを巻いていたのだ。
流行りか何かかとは思いつつ、なんとなく気にかかっていた。あれが政治的な意思表示だとしたら、彼らの雰囲気にも納得できるものがある。
「その通りじゃ。とある貴族の娘を支持する者たちのしるしらしい。わしもそこまで詳しくは知らぬが……このメンツなら、どうせギャビンも来ておるんじゃろう?あやつのほうが説明は上手かろうて」
最後は孫に丸投げするかたちで話を終えると、ブラウはもう一度懐中時計を見た。
「おっと、そろそろチェックインの時間じゃ。今回は特別ゴージャスな宿をとっておってな~。では、また会おうぞ」
撫でられ疲れてぐったりしている黒猫をアリスに預けると、青薔薇の魔女は手を振り去っていったのであった。ゴキゲンな鼻歌とともに。
*****
───シディアたちが到着する、一週間以上前。
関所を越えた先。レザビスの都市部へと向かう街道で、貝笛を吹くギャビンの姿があった。
背には大きな袋を背負い、腕には苦しげな息を吐くオリヴィアを抱えている。
傍から見れば大層な荷物だが、魔法で軽量化してあるので見た目ほどの重さはない。背の袋に入っているのは主にメイドゴーレムなので、国によっては不審者扱いされるだろうが。
「ごめん、リヴ。早く横になりたいよね。もう少しだけ、頑張ってくれるかい」
声をかけると、オリヴィアはかすかに頷いた。魔力を十分に注いでから出立したつもりだったが、すぐにでも発作が起きそうな気配だ。明らかに発作の間隔が短くなっている。ギャビンは愛しいひとを抱く手に、ますます力を込めた。
「お待たせいたしました。聖女オリヴィア様と───魔法使いギャビン様でいらっしゃいますね。私は、その貝笛の持ち主である貴族・エドガーに仕える者です」
現れた人魚の青年は丁寧にお辞儀をすると、荷物を預かって良いかと申し出てくれた。
重たくはないものの煩わしかったので、好意に甘えて背の大袋を預かってもらうことにする。
「かねてより、聖女オリヴィア様のお話はよくよく聞かされておりました。お目にかかれて光栄でございます」
「エドガーは、すっかりリヴのファンみたいだね。その……リヴは今日、ちょっと体調が優れないだけなんだ。このことは───」
言葉を濁すギャビンに、人魚の青年は顔色ひとつ変えず、当然のように頷いた。
「いたずらに噂を流すなど、貴族に仕える者として恥ずべきこと。聖女様のご様子はもちろん、ここでお会いしたことも、主人エドガー以外に漏らすつもりは毛頭ございません。ご安心くださいませ」
「ありがとう、助かるよ」
青年は微笑み「どうぞこちらへ」と、メインの街道からはずれた細道へギャビンを案内する。
正直、もし貝笛が見つからなかったとしても、そこまで大きな問題ではなかったかもしれない。実際、貝笛を吹く前に、レザビスへの入国自体はできていたのだから。
今回コネが必要だったのは、シディアたちと合流しても困らないくらいの、広くて安全な拠点が欲しかったからに他ならない。
都市の中心部から離れた、静かで快適な拠点ならなお良い。という我儘な希望も、貴族であるエドガーなら受け入れてくれると踏んでいた。
そしておそらく、その我儘は叶えられそうである。ギャビンは人気のない白砂の細道を進みながら、内心で貝笛の存在を思い出した自分を褒め称えた。
「変わったねぇ、この国も。昔一度だけ来た時は、関所で通行税だって言って魔力を取られた覚えがあるけど」
オリヴィアがこの状態である以上、ギャビンが二人分払うつもりで来たわけだが、今回はただ魔力量を確認されただけで、すんなりと通れたのだ。拍子抜けもいいところである。
「通行税は数年前に廃止されました。その代わりに、住民以外の行動制限が厳しくなった、という感じでしょうか。とくに地上から来た方の、貴族の居住地区への出入りはより一層厳しくなっておりまして。屋敷にお招きできず、申し訳ありません。ギャビン様の魔力量なら、無理を通すこともできなくはない、かもしれないのですが……」
申し訳なさそうに眉尻を下げる青年に、ギャビンはへらりと笑みを返した。
「いいよいいよ、郊外の別荘を貸してくれるんだろう?僕らの頼みはまさにそれだったからね。話が早くてむしろ助かるってものさ」
とはいえ、行動制限が厳しくなったと聞けば、心配なのはあとから来るラファエルたちだ。
まあ、そのあたりは合流する頃でいいか。などと考えていると、人魚の青年がおもむろにギャビンの手を掴み、珊瑚の鍵と小さな地図を握らせた。
「ギャビン様───少々、御髪を整えても?」
唐突な行動に驚きつつ頷くギャビンと同じ目線まで、青年はふわりと浮かぶ。
水中を泳ぐのも、空を飛ぶのも。どちらも優雅さは変わらないのだなと、鷹を友とする魔法使いは思った。
「実は私、探知を得意としており……今まさに我々は、何者かに魔法で追跡されております。念のためここからは、魔法で誤魔化しながら向かってくださいませ。なにかございましたら、別荘から離れた場所で、貝笛にてご連絡をいただければ」
耳打ちが終わると、青年はギャビンの前髪をきちんと整え、再び丁寧に頭を下げた。
「残念ながら、今のレザビスは安全とは言えません。せっかく遠路はるばるお越しいただいたところではございますが、どうか───あまり長居はなさいませんよう」
人魚の青年と別れ、ギャビンは隠ぺい魔法を展開しつつ渡された地図に目を通した。
エドガーの別荘までは、いくつかルートがあるようだ。念のため、何度か道を変えて進んだほうが安全かもしれない。珊瑚の鍵をポケットに仕舞い、オリヴィアの様子をたしかめ、大袋を背負いなおす。
厄介だな、というのが素直な感想だった。
なにせここは海底都市レザビス───勇者にも魔王にもつかない、中立国家を公言している国なのである。
地上と同じように勇者オリヴィアを皆が歓迎するなんてことは、きっと無いだろう。
同様に、たとえ魔王軍が紛れ込んでいようが、騒ぎどころか噂にもならない可能性すらあるのだ。
それにしても、魔法による追跡───しかも多少油断していたとはいえ、ギャビンが気づけないほどの、である。これは一波乱ありそうだ。
(実は敵ではありませんでした、なんてことは……ないだろうなぁ)
第百一話 波乱の予感 <終>




