3 空上強襲
「避けて!!」
「っ!」
スズナのその叫びに、神無は飛来していた投擲物に気が付いたようだ。
だが、今からでは間に合わない。
直撃する寸前でスズナが神無の身体を突き飛ばし、何とか回避する。
「大丈夫ですか!?」
声を荒げるスズナを制し、神無は冷静に告げる。
「えぇ、問題無いわ。それより、相手の位置は確認できるかしら」
「いや、それが……」
投擲が放たれた位置は確認できていない。ただ――、
(一体、どれだけ遠くから放った……?)
これだけの高度だ。真下から放ったって相当な距離がある。だがそれだと、大烏の巨体に阻まれて狙う事ができない。事実、投擲の飛来した角度は、ある程度横の距離が離れていなければあり得ないものだった。
しかし、だとすると。
仮に投擲の飛来した方向が分かっても、最早それは視認できる距離ではないはずだ。
「っ……!」
再び、スズナの右眼が活性化する。
今度の狙いは神無ではなく、スズナ自身だった。
しかしそれは、攻撃の辿る軌跡を先んじて把握しているスズナにとっては却って好都合だ。
凄まじい速度で飛来した投擲物を、スズナは最低限の挙動で回避する。
「大体の方向は分かりました! ただ、距離があり過ぎて確認できません!」
神無の方から返って来たのは、小さな舌打ちのみだった。
そしてすぐさま、少年は次なる驚愕を味わう事となった。
右の視界に映った投擲物の数は、四。
そしてその全てが神無を狙ったものではなく、ましてやスズナを狙ったものでもなかった。
「工房長! 使い魔が狙われています!」
スズナが叫ぶと同時、四本の投擲物は大烏の巨躯を襲う。
大烏が高い鳴き声を上げると、その巨体が大きく捩れ、揺れ動いた。
「うわっ!」
体勢が崩れそうになり、必死に堪えるスズナ。
「飛ぶわよ、スズナ!」
何とか踏ん張っている半鬼の襟首を掴み、神無は大烏の背から飛び降りる。
あまりの驚きに声すら出せずにいるスズナを尻目に、神無は空中で体勢を立て直し、懐から小さな札を取り出す。
神無がそこへ励起した魔力を流し込むと、封じられていた術式が発動する。
二人の身体が地面に叩きつけられる直前で、真下から尋常ならざる暴風が吹き荒れ、自重による落下の速度を相殺した。
「ぐぇっ」
何とか両の足で着地した神無に対し、背中から叩きつけられたスズナは肺の空気が押し出されて間の抜けた声を出す。
そこは森の中だった。
「……大丈夫? ごめんなさい、私がしっかり掴んでおけば……」
「いえ、僕の所為です……」
神無が上空を見上げると、大きく体勢を崩した使い魔が辛うじて飛行を続けていた。
(まずい……)
果たして、使い魔は力尽きたようだった。
狙われた側の片翼は、殆ど機能していなかったらしい。崩れ落ちるように急激に高度を落とし、神無達の近くの木々に落下する。
「してやられたわね」
「一体、何がどうなったんですか?」
スズナの質問には答えず、神無は落下した使い魔の方へと急ぐ。
酷い損傷だった。
よく検めると、直撃した四つの投擲物が総じて飛行を妨げるべく放たれたものだと分かる。翼の根元を的確に捉え、深く抉っていた。
その内の一つは、まだ大烏の胴体に突き立てられたままだった。
白い柄の先端に、重みのある刃が備えられている。恐らく、投擲用の斧だろう。ただし、柄の長さは七寸足らずしかない。両の手で運用できる限界の短さだ。
「白刃の鉤爪……」
「何ですか? それ」
呟いた神無に、スズナが問い掛ける。
「使用者の魔力を編んで即席で刃を生成する、携帯性を追求した武器ね。元は名の通り鉤爪状の刃を作るもので、間者などが隠密行動の際に使用する事が多いわ。……ただ、魔力を流す事さえできれば誰にでも扱える代物であって、魔術工房に属する者はまず使わないでしょうね」
「じゃあ、投げたのは工房とは関係の無い者ですか?」
「そうとは思えないわね。第一、そうでなければ私の命を狙う道理など無い訳だし」
スズナはそこで、使い魔の身に突き立てられた斧が、既に右眼の感知に掛からない事に気が付く。
そこで神無がこんな問いをしてきたのは、何かの偶然か。
「貴方、どうして投擲の接近に気が付けたの? とてもじゃないけれど、視認してから動いたのでは間に合う速度ではなかったわ」
「えっと……」
どう説明しようかと逡巡したが、スズナはこれまでに体験した事象を踏まえて自身の考察を交えつつ、右眼の事について明かした。
話を聞いた神無は僅かに驚いた様子を見せ、暫しの間黙り込んでいた。
両者の間に沈黙が下りる。
「あの――」
「その能力は、いつから芽生えたの?」
スズナの声を遮るように、それまで無言を貫いていた神無が唐突に問い掛ける。
「えっと……僕、記憶無くて……」
「……そうだったわね」
神無は白々しい程の嘆息を見せる。
「兎も角、移動を開始するわよ。ここにいても埒が明かないわ」
そう言うと、神無は大烏の胴体から白刃の鉤爪を抜き取る。
彼女が軽く腕を振るうと、先端の厚みのある刃が光の塵となって霧散した。刃に付着していた使い魔の血液は、刃という拠り所が消えてしまったため、自重によって不可思議な落ち方をする。
すると彼女はスズナへと相対し、残った七寸足らずの白い柄を眼前の中空に突き付ける。
半鬼の右眼が、反応を示す。
「うわっ!」
大きく首を振り、突如伸びた刀身を擦れ擦れで回避する。
「本当に見えているのね」
感心したように呟く神無に、スズナは思わず声を荒げる。
「危ないじゃないですか! 見えていなかったらどうするつもりだったんですか!」
「途中で止めたわよ。それくらいの判断は瞬時にできるわ。工房の長を甘く見ないで頂戴」
神無の手にある柄からは、先程の斧のような刃とは違い、一般的な打刀と同程度の長さの刀身が伸びていた。全く以て反りの無い、見事な直刀である。
「もしかして、生成する刃の形は自由に変えられるんですか?」
「自由に、と言うと些か語弊があるわね。この武器の場合、使用者が行うのは魔力を注ぐ事だけよ」
神無は再び刃の実体を解き、空中へと散らす。
彼女は説明するような口調で続ける。
「魔力にはね、単純な『量』のみでなく、『細かさ』があるの。励起した魔力には常に一定の周期で波が発生している。この柄は、その波の細かさの違いによって形成する刃の形を変えるよう、術式が組まれているのよ。……先程は誰にでも扱えると言ったわね。訂正するわ。白刃の鉤爪にも幾つか種類がある。この武器の場合、使いこなすにはある程度の技術が必要よ。その波の周期を調節するのは、決して容易な事ではないの」
説明を聞いて、スズナは思った。
詰まる所、先程まで神無はこの武器を一種類の刃しか作り出せないものだと思っていたという訳だ。
それを握っただけで別の刃が形成できると知り、一瞬にして作り出してしまうのは、果たして普通の事なのだろうか。
「ほら、行くわよ」
神無は白刃の鉤爪を懐へ仕舞い、四方が木々に囲まれた森の中を歩き出す。
「待ってください、何処へ行くんですか?」
「分からないわ。ただ、工房を発ってからかなりの距離を進んでしまったようだし、徒歩のみで工房まで戻るのは些か以上に厳しいわね」
神無の言っている事は尤もだ。結果的に墜落する事となったが、既に結塚の工房からはかなりの距離を移動してしまっている。何らかの移動手段を得なければ、都へ向かうどころか工房へすら戻れないかもしれない。
正確な場所すら分からない状況下にありながら、森の中を果敢に突き進む神無の背中を見て、スズナは勇ましさすら感じた。




