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八狩涼奈の工房再建計画  作者: 冬雛
第二章 無才の工房員
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4 川辺の集村にて

 入り組んだ森林の中で道に迷うというのはよく聞く話ではあるが、この方角、と決めて一定の方向へ歩き続けていると、時間は掛かっても存外に容易く出られるものだ。

 今回の場合、然して時間も要さなかった。


 森を抜けた先に広がっていたのは、川辺にある小さな集村だった。

 空を見上げると日は高い位置にあり、工房を発ってからある程度の時間が経過していると分かる。


 やや前方を歩いていた神無かんなは、立ち止まって状況を整理しているようだ。

 少しの間を置いて、彼女は口を開く。


「これは、存外に僥倖かもしれないわね。ここでどうにか『足』を借りられるといいのだけれど」


「あの、工房の方へ連絡する事ってできないんですか?」


「無論、できない訳ではないけれど……結塚うちの空路移動用の使い魔を操れるのは私を除いては三四二みよじくらいのものだし、どのみち今空路を使う訳にはいかないから、あまり意味は無いわね。工房周辺の地理的理由で、陸上移動用の使い魔は用意が無いのよ」


 神無が言っている地理的理由とは、恐らく周囲が森林に囲まれている事だろう。確かにあのような地形では、陸上での移動はかなりの制限を受ける。


「昔は何体かいたのだけれどね。……今はそれだけ切り詰めてるという事よ。察しなさい」


「す、すみません……」


 と、そこで。

 集村まではまだ距離があるが、そこにいる村民らしき人影をスズナは捉えた。

 だが、どうにも様子がおかしい。


 遠くから窺っている限りだと詳しくは分からないが、何やら村民らしからぬ風体の大男が複数人おり、一人の村民を囲んでいるようだった。


「怪しいわね。何かしら、あれ」


 訝しげに呟く神無。

 大男に囲まれた村民は、食料やら衣やらを男達に渡しているようだった。


「行きましょう、スズナ」


「はい……何だか不穏な雰囲気ですけど……」


「いいから」


 死角を突いて距離を詰め、民家の影に身を隠す二人。

 そこまで距離を縮めると、微かではあるが会話の声が聞こえてきた。


「おいおい、今俺は『あるだけ持って来い』って言ったんだぜ。こんなもんな訳ねぇだろうが」


「しかし、これ以上は住民の分が足りなくなってしまいます」


「関係ねぇな。残りの分も今すぐ出せ」


「それは……!」


 会話の内容云々の前に、ここまで近付いた事によって、スズナはこの集村の異常な状態に気が付いた。

 日中であるにも拘わらず、外を出歩く村民は誰一人として見受けられない。勿論、村外へ出掛けている者も居るのだろうが……。


 まさか、とスズナは思う。


 会話の内容からも察せられるが、まずあの大男達は賊だろう。もしかすると、以前からこの集村へ食料などを奪いにやって来ているのかもしれない。

 見たところ集村側の者で外に出ているのはあの男一人らしい。あの男が代表として、賊との交渉に応じているのだろうか。


「それだけは、どうか……!」


「分かった分かった。俺にだって良心ってもんがある。今回はこれだけで勘弁してやる」


 先程から村民と話をしているのは、賊の大男達の先頭に立つ、抜きん出て恵まれた体躯を有している男だ。装いなども他の賊とはやや異なっており、もしかするとこの集団の頭領かもしれない。


 頭領らしき男の言葉に表情を明るくした村民だったが、続く賊の言葉によって、その顔は再び苦悶に歪められた。


「――その代わり、女を出せ。いるだろ? 若い女が。今回はそれで勘弁してやる」


「そんな……!」


 周囲の賊の間から、厭らしい笑声が漏れる。


「見るにえないわね」


 神無が隣で呟いたと思うと、彼女は既にそこにはいなかった。

 彼女は既に、村民と賊の間に割って入っていた。


「よく聞きなさい、貴方達。あまり手荒な真似はしたくないの。――忠告するわ。命が惜しくば退きなさい。そして、この集村には二度と近付かない事」


 暫くの沈黙があった後、賊の大男達は嘲るような笑い声を上げた。

 だが頭領らしき人物は、真剣な面持ちで神無を見遣る。


「誰だか知らねぇけど、常識を弁えてねぇようだな、餓鬼」


「これだけの事をしておいて、よく他者に常識を説けるわね」


「あまり図に乗るなよ。……あぁ、丁度いい。口の利き方を教えてやる」


 一気に剣呑な雰囲気となったその空間の只中にいる村民は、相当焦っているようだった。


 スズナは後ろから村民へと近付き、手を引いてその場から避難させる。

 勿論その行動は、これから派手な戦いが始まるのではという予想に基づくものだったが、実際はそんな展開にはならなかった。清々しい程の淡白さで、勝負は決したのだ。


 真っ先に神無に襲い掛かった賊の一人は、彼女に一切触れる事無く、地面に叩きつけられるようにしてくずおれた。

 どういった原理かは分からない。ただ、それを行ったのが彼女自身である事は、誰の目にも明らかだった。


 それを受けて触発された賊の内の何人かが同じような末路を辿ると、それ以上神無に近付こうとする者は出てこなかった。


 頭領らしき男だけは辛うじて戦意を保っていたが、仲間の様子に気が付くと、舌打ちを残して去って行く。

 神無が術を解いたのか、地に伏していた者達も動けるようになり、頭領らしき男に倣うように退散した。


「貴方達は……?」


 半ば放心状態となった一人の村民が、回らない呂律で必死に言葉を紡ぎ、そう問うた。


「えぇと……そうね、あれよ。正義の味方よ」


 必死の誤魔化しを見せる上官を見て、スズナは思わず苦笑した。

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