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八狩涼奈の工房再建計画  作者: 冬雛
第一章 辺境の村
14/25

9 鉄の刃

 半鬼の少年が夜間に下手人と交戦した翌日の朝。

 民家が並ぶこの区域には、早朝にも拘わらず十数人の村民が集まっていた。


村長むらおさ、この辺りを巡回していた衛士の死体が見付かりました。恐らく、この男に殺されたのかと」


「そうか……」


 村長は呟き、近くにいる半鬼の少年へと視線を移す。


「貴殿がこの男を捕らえたと聞いたが、まことか?」


「はい」


「まずは礼を言おう。そして、その際の詳しい状況を聞かせて貰いたい」


 当然、半鬼の少年は一睡もしていなかった。

 交戦ののち、下手人を無力化した少年は朝が来るまでその場で男を見張っていた。気絶した男に目を覚まされる訳にはいかず、且つその場に居合わせたのが少年のみである以上、そこを離れる訳にはいかなかったのだ。


 少年は昨晩体験した事のあらましを村長に説明した。


 結局、家の中にいた鬼族の女は助からなかった。今し方の報告によると、この付近の見回りを担っていた衛士は、この下手人に殺されたらしい。

 そう。昨晩は厳戒態勢が敷かれ、衛士による見回りが行われていたのだ。にも拘わらず、衛士本人を含めた二名の村民が命を落とした。

 致し方無いと言わざるを得ない。誰も、夜討ちをかける下手人風情がそこまでの実力を持っているとは予想しなかったのだ。


「貴殿の話が本当だとしたら、この男は魔術を使っていたのか。ただの刀匠にありながら、そんな技を持っていたとはな」


 この下手人は、随分と前から村に住んでいる刀匠らしかった。

 そんな人物が何故今回のような凶行に至ったのかは未だに分からないが、恐らく昨日見付かった妖狐の死体も、この男の仕業だと思われる。


「ひとまず、この男の身柄は我々で――」


「村長! 男が目を覚ましました!」


 村長の言葉を遮るように、共に来ていた男の一人が叫ぶ。

 周囲からはざわめきが生じた。


 勿論、下手人は拘束してある。それでも、半鬼の少年の話を聞く限りだと、安心し切れないというのが実際のところだろう。


「何だ……?」


 男の様子に違和感を覚えたのは、この場に居合わせた全員に言える事だろう。


「おい、待ってくれ。何だよこれ。何で俺が縛られてるんだ?」


「何を言っている? 貴殿には聞かねばならん事が山程ある。……三文芝居に付き合っているいとまは無い」


 語調を強めて村長が言い寄るも、男は勢いを増して反駁する。


「ふざけるな! すぐさま解放しろ! 俺が何をしたって言うんだ!」


「何……?」


 村長の瞳に宿っていた怒りの色が、困惑へと変わった。


「どういう、事ですか……?」


 村長の側仕えが発した一言を皮切りに、周囲でどよめきが起こる。

 怒りの声を漏らす者がいれば、不安を露わにする者もいた。皆口々に、下手人の不可解な発言について疑問の声を上げていた。


 村長が困惑し切っていたのには、一つの理由がある。

 どうにもこの男の態度は、その場を逃れるための芝居とは思えない。これが全て演技なのだとしたら、それこそこの男は刀匠などやらずとも都で役者をやった方が余程儲けが良いのでは、とすら思えてしまう。


 そんな村長の思いを感じ取ってか、側仕えの数名も何も言えずにいた。

 ただ縛に就いた下手人の男のみが、身体を必死に動かして「解放しろ」と要求を繰り返している。


 ――そこで、


「待ってください!」


 少年は下手人へと向かって地を蹴ったが、既に遅かった。


 下手人はあり得ない膂力で縄を引き千切り、腰の打刀を抜き去ると、それを自身の懐に突き刺し、抉るように刃を捻った。凄まじい勢いで鮮血が飛び散る。


「がっ……」


 僅か一瞬にして、場に戦慄が走り抜ける。悲鳴を上げる者もいた。


「な……どうした!? これは一体どういう事だ!」


 村長の側仕えの一人が声を荒げて取り乱す。

 然しもの村長も、冷静さを欠いてはいなかったが、その場を収めるような余裕は持ち合わせていなかった。


 少年の右眼には、反応があった。故に、少年はそれを止めるべく飛んだ訳だが、結果的には間に合わなかった。


 あり得ない、と少年は思う。

 仮に魔力を駆使して昨晩と同等の力を出したとしても、あの縄を引き千切るのは不可能なはずだ。だとすれば、あの一瞬に限り、男は昨晩のそれを遥かに超えるような力を出した事になる。片田舎で刀匠をしていたごく一般の村民に、果たしてそんな芸当が可能だろうか。


 半ば恐慌状態にあったその場が収まるのには、かなりの時間を要した。

 その後男の死が確認され、死体は村長の側仕え達によって運ばれて行った。


 昨日の妖狐を含めて、これで四人の村民が死亡した事となる。



        ×     ×     ×



 形は最悪と言う他に無いが、八狩で起きた事件は収束した。

 少年がその事を加賀美へ報告すると、加賀美は安心して胸を撫で下ろした。


「そんな事があったなんて……どうして言ってくれなかったの?」


 朝餉の席で不機嫌そうにしているのは、加賀美の妻の律花だ。

 家の前で加賀美と少年が事件について話していたところを見られてしまい、結局はばれるに至った。

 どの道、村では相当な騒ぎになっていたため、最後まで隠し通せるとは少年も加賀美も思っていなかったのだが。


「済まない。お前に心配事を増やして欲しくなくて……。勝手だったとは思う。本当に済まない」


 少年は何も言わなかった。否、何も言えなかった。

 この行動は全て加賀美が律花を気遣って行ったものだったし、それに対して律花がどう思うかは彼女本人にしか分からない。

 自分が加賀美を庇うのも見当違いだし、律花に納得して貰えるよう取り計らうのもまた同じだ。

 夫婦間の話に自分が割って入るべきではない。本来ここにいないはずの自分は口を出さないのが筋というものだ、というのが少年なりの答えだった。


「貴方はそれでいいのかもしれないけど、私の気持ちはどうなるの? 貴方に気を遣わせてばかりの自分に、私自身嫌気が差すとは思わないの?」


「何でそうなるんだ! お前は今、気を遣われて然るべき状態なんだ。遠慮なんてしなくていいんだ」


「私は、貴方にばかり負担を押し付けたくなんかないの」


 声を荒げる加賀美に、律花はきっぱりと言い切る。


「律花……」


「お願い雪正さん。もう少し、私を頼って……」


 暫しの間があった後、加賀美は自嘲するように口を開いた。


「駄目だな、俺は。お前のために必死で動いているつもりになって、その実お前にそんな心配までさせて……。――済まなかった、律花」


 深くこうべを垂れた夫を見詰めて暫く。

 納得したという訳ではないだろう。他者の利益ばかり優先してしまう加賀美の性分は、少年よりも彼女の方がよく理解しているはずだ。

 それでも、彼女は微かに笑った。


「自分を責めないで。もういいのよ。これからは私に、遠慮なんてしないでね」


 黙したまま、二人の会話を聞いていた少年。

 異種族間の婚姻が好まれたものでない事は、記憶の無い彼でさえ知っている。

 それでも、この二人以上に相性の良い夫妻など、そういないのではないかと少年は思う。


 この二人ならば問題は無いだろう。いつまでも仲睦まじくやっていける。

 そういった確信を持つと共に、目覚めてから最初に出会った人物が加賀美で良かったと、少年は心の底からそう思った。



        ×     ×     ×



「さっきは悪かったな、情けないところを見せちまって」


 客足は明らかに少なかった。

 露店で店番をしている際に、加賀美がばつの悪そうな様子で呟いた。


「何を言うんですか」


 対する少年は、僅かに笑って口を開いた。


「ああやって互いの思いを伝え合えるなんて、素晴らしい事だと僕は思います。本当に情けないっていうのは、いつまでも自分の気持ちを騙し続ける事ですから」


 それを受けた加賀美は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに大口を開けて呵々と笑った。


「まさか殆ど記憶の無いお前にそんな風に言われるとはな。それこそお笑い沙汰だ」


「た、確かにそうですね……」


 言われてみれば然もありなんと思う。十日程度の記憶も持たない若輩が大層な物言いをしても、却って滑稽に映るだけか。

 だが、加賀美は決して少年を馬鹿にしてなどいなかった。


「――ありがとうな」


 その言葉にどう返したものかと少年は暫し逡巡したが、最終的に彼は、微笑を湛えるのみにとどめた。

 彼の言いたい事は十分に伝わっていたから、それ以上の言葉は要らないと思えたのだ。



        ×     ×     ×



 夜半。半鬼の少年は、家の外からの音によって目を覚ました。


 ――――いや。


 おかしい。


 何がおかしい?


 ――音の聞こえる方向がおかしい。


 不気味な音だとは思った。鈍く、それでいてほんの僅かに水音のようなものも混じっている。表現に窮する、肉を断つような音が聞こえていた。


 そんな音が突然に聞こえてきたのだから、その音の元がまさか自身のいる家屋の中から聞こえているとは思うまい。


 にも拘わらず。

 その不気味な音は、少年の寝ていた部屋の隣から聞こえていた。


 ざぐ、ざぐ、と。鈍く気味の悪い音が静寂に包まれた部屋に響き渡る。

 それ以外の音は一切聞こえない。


 少年は首を動かせなかった。

 絶対に、隣室の方を見たくなかった。


 何故なら、その部屋には。


 これが夢などでないのなら、その部屋には。


 ざぐ、ざぐ、ざぐ、ざぐ。


 ざぐざぐざぐざぐざぐざぐざぐざぐざぐ、と、鈍い音の聞こえる間隔は徐々に短くなっていく。


 少年は身を覆っていた夜具を払い除け、身体を起こす。


 隣室を、加賀美と律花が眠っているはずの部屋を見た。その、右眼で。


 上から、下へ。

 何度も繰り返すように両の腕を振り下ろしている――人型の、影。


 少年の肢体に、否、その内側の臓物に戦慄が走り抜ける。


 襖を開けて中を見るまで、何が起こっているのか分からない。――そう、思いたかった。

 しかし、少年の脳は存外に非情だった。

 昨晩の経験から考えれば、答えは分かり切っていた。


 だが、何故だ。


 あの下手人は、死んだのではなかったのか。それともこの村に巣食う凶徒は、一体だけではなかったのか。


 少年の冷酷に過ぎる脳は、答えを導き出していた。

 部屋の向こうには第三者がいる。その侵入者によって二人は――。


 上から、下へ。影が両腕を振り下ろす。昨晩と同じに、得物は視認できない。見えているのはその人型の影のみだった。


 襖を開けねばならない。

 自分は一刻も早く行動を取らなければならない。

 分かっていながら、恐怖が行動を鈍らせる。


 この襖の向こうにどんな光景が広がっていようと、少年はそれを受け止めなければならない。

 右眼の力がある分、少年はまだ幸福だったか。もう既に、少年の脳は理解してしまっている。


 ――だが。


 少年の思考は、冷酷などではなかった。まだまだ楽観的に過ぎたと言えよう。――目の当たりにした現実と比して言うならば。


 襖を開いた向こうの部屋に、少年の知らない第三者などいなかった。


 代わりにあったのは、妻の膨らんだ腹部を目掛けて狂ったように短刀の刃を振り下ろす、夫の姿のみだった。

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