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八狩涼奈の工房再建計画  作者: 冬雛
第一章 辺境の村
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10 満ちた狂気とその正体

 暗闇の只中で、白銀の刃が光る、消える、光る、消える。

 障子の隙間から漏れ込む僅かな月明かりによって、その光景ははっきりと映し出されていた。


「っ……」


 飛散する血飛沫をただ見つめ、少年は動く事ができずにいた。

 加賀美が幾度となく短刀を振り下ろしているのは、律花の腹部へだった。彼女は子を孕んでいる。或いは、この血は彼女だけのものではないのかもしれない。


 そこで、加賀美の手が止まる。

 どこか機械的な動きで首をめぐらせた加賀美は、その視界に少年を捉えていた。


 少年には、その眼差しがとてもあの加賀美のものとは思えなかった。何時いつ何時なんどきであっても妻を思いやり、それでいて出会ったばかりの自分にも優しく接してくれた彼のものとは思えなかった。


「ぁ……ぁあ……」


 その眼光は、昨晩の凶徒さながらだった。


 少年の右眼に変化が起こる。


 直後、尋常ならざる速度で飛び込んで来た加賀美を、少年は辛うじて回避する。

 加賀美は勢いそのままに後方の壁へ激突した。


「律花さん!」


 すぐさま律花へと駆け寄り、容態を確認する。

 だが少年はこの段階で、彼女が万に一つも助からないであろう事を悟っていた。出血の量からして生きている可能性など無かったし、少年は治癒の術など持ち合わせてはいない。


 案にたがわず、彼女は確実に事切れていた。夥しい量の血液と、それ以外の体液をも撒き散らして。

 彼女の目は見開かれていた。意識を失うその直前まで自身の夫を見続けていたのかもしれない。だが恐らく、自分が夫に殺される理由は到頭とうとう分からなかったはずだ。


 少年は振り返り、彼女を殺めた者を見据える。彼女の最も愛していた人物、そして、彼女を最も愛していた人物を。


 壁に激突し倒れていた加賀美は、ゆっくりとした動作で立ち上がる。

 その目はやはり、とても正気とは思えなかった。


 律花を置いていく事に躊躇いを覚えながらも、少年は家から飛び出した。

 自分一人でこの状況を何とかできるとは思えなかった。誰か、優秀な魔術の繰り手が必要だ。加賀美を正気に戻せるようなすべを持つ者が。


 辻を曲がり、一気に駆け、広い往来に飛び出る。


 少年は戦慄した。


 そこには、多くの村民がいた。――この真夜中にも拘わらず。


 少年が恐怖を覚えたのは、それら村民がこぞって異様な雰囲気を纏っていたからだ。――そして、右眼が反応したからだ。


 明らかに様子がおかしい。

 近くにいた村民の一人を見遣る。その男の顔には見覚えがあった。確か、村長の側仕えとして働いていた者の一人だったはずだ。


 その眼差しは、狂気に堕ちていた。

 それが昨晩の凶徒や先刻の加賀美と同じ類のものだと解し、少年は背筋を凍てつかせる。


 右の視界に変化。攻撃が来る。


「くっ……」


 少年は駆けた。

 少年を襲おうと迫る者の中には、あの村長さえいた。


 少年には走る事しかできなかった。状況への理解が追い付かず、何が起こっているのかもまるで分からない。


 気が付けば、追っ手はいなくなっていた。無心で走るあまり、その事にも気が付かずにかなりの距離を走ったかもしれない。


(どうする……)


 恐怖で狂い掛けていた頭を無理矢理落ち着かせ、少年は必死に思考する。

 この状況を打開するべく、自分はどう動くべきか。否、自分のみでどうこうできるのか。


 不意に律花の無残な死体を思い出し、少年は恐怖に打ち震える。


 加賀美だけではなかった。加賀美をどうにかするための助力を得るために家を飛び出したが、事態はそんな小さな規模ではなかった。


「おっと、何だ逃げて来たのか。こりゃあ参ったなー」


 少年の混乱した意識の中に、第三者の声が飛び込んだ。男のものではあったが、妙に高く、軽い調子の声音だった。


「何だよ、その『え? 誰?』って感じのつらは。一昨日あったじゃんか」


 少年が視界に捉えたその男は、黒い頭巾を目深に被っていた。――鷹取で見掛けた、例の人物だった。


「悪いんだけどさ、諸々の事情で、人外にはこの村にいて貰っては困るんだよね。勿論、村の外に出て行ってくれればよかったんだけど……」


 頭巾の所為せいで目は見えないが、その男の口元が、確かに歪んだ。


「――今のを見られちゃった以上、そういう訳にもいかなくてさぁ」


 少年の右眼が活性化する。

 突如として出現し、飛来した白い火球を、少年は横っ飛びで回避する。


 男は片手に二尺程度の短杖を持っていたため、少年は初め、それを術式の組まれた武器かと疑った。だが、今の攻撃はその杖に依るものではなかった。そして、今の攻撃は魔術だった。詰まる所――、


 この男は人間であり、魔術の繰り手だ。

 そして恐らくあの短杖は、一昨日鷹取で遭遇した際に所持していた物だろう。無意味な物は携行などしない。奴自身が魔術を繰れる点からして、あの短杖には他になにがしかの用途があるはずだ。


 もしかすると、今し方の異常な事態も奴が元凶なのかもしれない。

 その考えに辿り着くと同時、少年の肢体に戦慄が走り抜ける。目の前の尋常ならざる手合いに対し、空恐ろしいものを覚えたのだ。


 だが、驚いていたのは少年の方のみではなかった。


かわした……? へぇ。見掛けによらず、大した反応速度だね」


 黒頭巾の男の口元が、再び大きく歪んだ。


「――じゃあ、これはどうかな?」


 右眼で察知していた少年は、実際にそれが出現するのに先んじて瞠目した。

 男の周りを囲うように、それは広がった。

 現れた半透明の刃の数は、軽く二十を数えた。打刀の刀身部分のみが中空に浮いているように見える。


 魔力を編んで作り出した実体を持たない刃を、男自身の魔術で強制的に物体に干渉できるようにしたものだった。


 しかし少年の右の視界には、それらの飛来する速度、方向が詳細に映し出され、そこから刃が自身へ到達するまでの時間も読み取れる。


「っ……!」


 少年は敢えて、正面に突進した。


 少年の行動に、その表情を驚愕の色に変える黒頭巾の男。


 霊子を足に纏わせ、地面へ作用する力を増幅し、高速で彼我の距離を詰める。

 飛来する半透明の刀身は、全て擦れ擦れで回避する。余裕が無かった訳ではなく、どの位置に刃が飛ぶかを正確に把握している少年には、必要以上に距離を空ける理由が無かったのだ。だが――、


「くっ……」


 数が多過ぎる。最初に見た数のみではない。黒頭巾の男は既に、倍の数の刀身を追加していた。


 同時に複数飛来した刃を、少年は避け切れない。

 刀身の一つが、右の太腿の肉を削り取る。鋭い痛みが少年の身体の動きを鈍らせる。

 次いで飛来した刀身も、少年の脇腹に命中した。


「がぁぁっ!」


 半鬼の少年は加速の勢いを残したまま倒れ込み、二、三回地面を跳ねた後、ごろごろと転がって停止する。


 そこに、男の高い哄笑が轟いた。


「へぇー。半鬼の分際で中々やるじゃん。ちょっと焦っちゃったよ」


 新たな刃が少年を捉える。無論、避け切れない。


「がっっあぁぁああ!」


「中々見込みがあるけど……ん?」


 黒頭巾の男が妙な声を上げた。

 少年も、直後にその理由に気が付く。


 少年の腿と脇腹、そして腕。それらの傷の箇所で、深緑色の炎が燃え盛っていた。


「何だいそれは」


 苛立ちの混じったような声色で、男が口を開く。


「何故君が――魔術を使える?」


 その言葉に、少年は瞠目した。


「それも自己治癒とは……。純血の人間でさえ扱える者はごく僅かだというのに……」


 深緑の炎が火勢を弱め、消え去る。その跡に、傷は無かった。


 だが、少年が立ち上がる前に、男の刃が飛来した。


「っがぁぁぁああああああああ!!」


 その数は、先程の比ではなかった。十本程の刀身が、倒れた半鬼の小さな身体に突き立てられる。


「若干興味が湧いたけど、生かしておく道理は無いし、ここで死んで貰うよ」


 如何に治癒能力があれど、再生が追い付かない速度で立て続けに重傷を負えば、待っているのは死でしかない。無敵などでは断じてないのだ。


「僕もまだ、これから一仕事あるんだ。すまないけど、これで終わりだね」


 静寂に包まれた真夜中に、再び男の哄笑が響き渡る。


「――さようなら、憐れな半鬼君」


 容易に十を数える半透明の刃が、その切っ先を少年に向けた。


 半鬼の意識は、そこで途絶えた。

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