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八狩涼奈の工房再建計画  作者: 冬雛
第一章 辺境の村
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6 半鬼の決意

 半鬼の少年が八狩やつがりへ着いたのは昼頃となった。結局、彼は丸一日を村の外で過ごした事になる。

 鷹取たかとりで出会った初老の鬼族に助けられ、昨晩はまともな寝床を確保できた。にも拘わらず、しっかりと休養を取ったとは到底思えない程の疲労感が、今も身体の動きを鈍らせている。単に一山を越えて来たから、という訳でもないだろう。たった一日の内に様々な事を体験し過ぎて、精神的にも疲労が溜まっているのだ。


 今更かもしれないが、一体自分は今幾つなのだろう、と少年は考える。混血と言えど鬼の血を引いているのだから、少しは身体も大きいはずだ。だが今の自分は人間の大人と比べると明らかに小さい。だとすると、もしや自分は相当に幼いのではないだろうか。……それとも、単に発育が悪いだけか。


 考えたところで、以前の少年を知る者がいない限りは正確な情報は得られない。

 今はとにかく加賀美と律花に会う事が最優先だ。彼らへの連絡手段が無かったため、昨晩帰らなかった理由は伝わっていないのだ。加賀美の性格からすると、心配になって山まで捜索に繰り出す可能性すら無くはない。


 不規則な間隔で民家が並ぶ区域に入り、加賀美の家を目指して歩く。まだ彼の家までは距離がある。

 人通りの少ない道を往き、少年は改めてこの村の規模の小ささを痛感する。

 真昼。通りを行き交う者が最も多いはずの時間帯であるにも拘わらず、少年の視界に映る範囲では両手で数えられる程度の者しか見当たらない。

 先日の賭弓には多くの見物客が来ていたため、村全体で見ればそれなりの民がいるのだと思っていた。だが今になって考えると、それこそ加賀美の言っていた通りで、あの場に村民の殆どが集結していたのかもしれない。だとすると、一つの村落に暮らす者の数としては、やはり多いとは言えなかった。


 少年は辻を曲がる。ここを進んだ先に加賀美の所有する家がある。と――、


 家の前には既に、目尻の吊り上がった人物が不機嫌そうに腕を組んで待ち構えていた。

 果たして、その人物は加賀美だった。



        ×     ×     ×



 案にたがわず、加賀美は店の方ではなく自身の家にいた。


 高々五日間程度の付き合いだが、彼の性格についてなら少年はある程度掴めてきている。思うに、彼は自身の被る不利益を省みずに他人の利益を優先する――と言うより、他人を心配している際には自分の事まで頭が回らない、そんな種の人間だ。詰まる所、『お人好し』と呼ばれる類に分けられるだろう。


 だから彼が自分に説法するとすれば、それは自分を思っての事なのだろうと少年は考えていた。いや、実際にはそうなのだろう。しかし――、


 それがかれこれ四半刻も続いていると、しもの少年も苦痛を感じてくる。


「雪正さん、それくらいにしておいたら……? 本人も反省していると思うし……」


 その声に反応して正面に座している加賀美が視線を外した隙に、少年は律花へ向けて目線のみで必死に礼を伝える。そしてその目には、もっと言ってくださいという要望も込めてある。


 少年の願いも虚しく、律花は小首を傾げるのみ。

 伝わらなかったのなら何の反応もしないでいてくれた方がありがたい。その反応を見咎めた加賀美が、少年が無言で何らかの意思表示をしているのでは、と感付く可能性があるからだ。


『何か言いたいの?』と今にでも口にしそうな雰囲気の律花に、少年は全力で首を左右に振って制止を図る。

 開き掛けた口を閉じ、再び首を傾げる律花。それを見た加賀美が若干の反応を示した時は、少年は相当に肝を冷やした。


「いいや駄目だ。反省の念があったとしても、その場限りのものじゃ意味が無い。また暫くして、同じ事を繰り返すかもしれんぞ」


 加賀美は再び、少年へと向き直る。


「大体、村を出る際に俺の同行を断ってひとりで向かっておいて、結局帰って来られずに相手を心配させるようじゃ世話がないだろう」


「……すみません」


 律花はこの件に於ける少年の気遣いを察していたのか、些かばつの悪そうな表情になった。


「もういいじゃない。そもそも、彼がこの辺りの地形に詳しくないのは当然なんだから、ひとりで行く事を容認した貴方にだって落ち度はあるわ」


「それは、こいつが頑なに断ったから……」


 いや、と、そこで加賀美は言葉を切った。


「確かに、多少強引にでも俺が同行するべきだったのか……」


「いや! 無理を言ってひとりで向かったのは僕ですから……本当に、すみませんでした」


 今日で何度目かも分からないが、少年は深く頭を下げる。

 その態度と律花の言葉が影響してか、加賀美はこれ以上の叱責は止める事にしたようだった。

 一度深く嘆息し、加賀美はその口を開く。


「危ないところだったんだぞ。その老鬼ろうじんが家に入れてくれたからよかったものの、それが無ければお前はひとりで山を越えようとしていたんじゃないのか?」


 図星だ。昨晩は丘から激しく転がり落ちて全身を強く打ったが、それでも少年はあの初老の鬼族がいなければ単身で村まで戻ろうとしていたかもしれなかった。それ以外に、行く当てが無いからだ。


「今回はよかったが、その相手も本当に善意だけで動いてくれているとは限らない。のこのこと家に上がるなど、あまりに警戒心を欠いているんじゃないか」


「はい……」


「気を付けろ。――お前にもしもの事があれば、悲しむ者がいる」


 ふと、加賀美の声色が僅かに変わったような気がし、半鬼の少年は顔を上げる。

 そこには、不安の色を湛えた加賀美がいた。横合いに控えていた律花も、同じような表情を浮かべていた。


「…………」


 少年はどうやら、浅薄に過ぎたようだ。

 少年はどこか、大変な目に合ったのは自分のみであるから、他者から必要以上の説法を受ける筋合いは無いと思っていた。――だが、違う。


 少年は、あろう事か自らの恩人に本来であれば必要の無い心配を掛けさせてしまった。

 良かれと思ってやった行いが、見事なまでに裏目に出てしまった。


(こんなんじゃ、駄目だ)


 自分は何処どこから来たのかも分からない。だからそれが分かるまでの至上の目的は、恩に報いる事ではなかったか。今目の前にいる、二名の恩人に対して。


 深く反省すると共に、少年は心の奥底に得も言われぬ安心を感じていた。それはまず間違い無く、彼らが本気で少年の心配をしていた事を知れたためだろう。


 本当に自分は幸運だと、少年は思う。たとえ記憶を失くしていようと、これだけの人格者に真っ先に出会う事ができた。それだけでも僥倖と言って差し支え無い。


 少なくとも、当面の間少年はこの家、引いてはこの村にて暮らす事になるだろう。

 ならば店の手伝いのみならず、なにがしかの手段で恩に報いる事ができるはずだ。


 結局、鷹取へ向かったところで少年の素性については一切の情報が得られなかった。自分がこれからどう動くべきかはまだ分からない。

 ならば暫くの間は、彼ら夫婦に恩を返す事が第一の目的だ。その目的は、少なくとも今の少年では達成し得ないだろう。相手に対し良い事をしたつもりでいながら、その実迷惑を掛けているような少年では。


「鷹取では、何の情報も得られませんでした」


 何の脈絡も無く切り出した少年に、加賀美夫妻は揃って目を瞠る。


「僕は、もしかするとこの辺の出じゃないのかもしれません」


 少年は、真っ直ぐに両者の顔を見据える。


「でも、大丈夫です。僕、暫くは八狩ここで頑張ってみますから」




 村の民家で妖狐の変死体が発見されたのは、この次の日の朝方だった。

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