↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鴛鴦の契り  作者: 笹川 歌
二章 一陽来復
36/47

まどい

 夜明け前より、暗く厚い雲からポツポツと雪が降り始める。

 やがてその勢いは増してきて、今では周りの木々を白銀に染めあげていた。


「おいおい、奥方さまよぉ! もっと着込まねぇと寒いだろ! ほれほれ」

 トウシナはどこから持って来たのか、厚手の毛皮を稜迦にぐるぐると巻き付ける。

 その手際が悪いのか、稜迦の顔は毛皮に埋もれて不格好になるが、トウシナは満足そうにウンウンと頷いて、歯を見せて笑う。

 そんなトウシナを見ると、自然と笑みが浮かんだ。


「ありがとうございます……」

 稜迦は、はにかんでトウシナに頭を下げる。


 戯張と話をした時から一夜が過ぎていた。

 あの後、天幕を出て行く戯張に向かって稜迦は声をあげるが戯張の足は止まることなく、一度こちらを振り向くと、そのまま何も言わず静かに外へと出て行ってしまった。


 止まらなかった戯張の背中が稜迦の頭から離れず、トウシナに向けていた笑みもすぐに顔から消え去って、稜迦は知らず知らずの内に顔を伏せてしまう。


 儒郭(じゅかく)から旅立つとき、まさかこんな事になるなど思ってもみなかった。

 ただ一心に義兄が見つかるようにと願っていて、その願いは僥倖の如く叶ったけれど、まだその命は危うい場所にいた。しかもそれが、本人の選んだことだと言う。

 ーー思ってもいなかったのだ。


「おい、奥方さまよ、しんどいのかい? また熱が出てきたのか!?」

 トウシナの大きな声で稜迦はハッと顔を上げる。

 見上げると、その巨体に似つかわしくない様子で、狼狽しながら稜迦を心配げに見つめるトウシナがいた。

「そんな顔してよぉ、辛かったら言ってくれよ! 遠慮なんかしなくていいからよ!」

 トウシナからの言葉に稜迦はグッと唇を噛み締めた。優しい言葉に心が緩む。


 稜迦の様子を見に来たと言って、トウシナが天幕の中に入って来たとき、カガイは入れ違うように天幕から出て行っていた。

 そのカガイの後ろ姿を思い出して、稜迦はぽつりとトウシナに問いかける。


「トウシナ様とカガイ様は……家族、のような存在なのでしょうか……?」

「んん?」

 トウシナがきょとんとした顔を見せる。

「あ……以前に宝鈴さんから聞いたことがあって……トウシナ様とカガイ様、宝鈴さんと覚秦様も昔からの顔馴染みだと……家族のような存在だと言っていました」


 稜迦の言葉を聞いてトウシナはにんまりと嬉しそうに笑った。

「ああ! そうだぁ! 兄ぃも覚秦も宝鈴も俺の家族だ! あっはっはっは!」

 豪快に笑いだしたトウシナだが、突然目を剥いて勢いよく稜迦に顔を向ける。

 あまりの勢いに稜迦は肩を震わせ息を止めた。

「もちろん、奥方さまもだぜ!? 兄ぃの家族はもちろん俺にとっても大事な家族なんだからよ!」

「トウシナ様……」

 必死の形相をして温かい言葉を投げてくるトウシナを見て、稜迦はゆっくり息を吐くと泣きそうになった。

 なんてありがたい言葉だと思う。

「だからよ! 辛かったら言ってくれよな! 家族が困ってたらよ、助けるぜ! 当然だろ!?」

 トウシナの優しい言葉が稜迦の心に突き刺さった。

 その通りだと稜迦も思う。稜迦だって自分の大事な家族に何かあったのなら、その身を呈して助けようと思う。

 ーーけれど。


 戯張を故郷に帰したい。その為にはどうしたらいいのだろう。

 稜迦の声は戯張に届かなかった。変わらない戯張の決意をどうしたら変えられるのだろうか。

 姉である楊翠だったらその方法を知っているだろうか。しかし、ここに楊翠はいないのだ。

 戯張がこの先、もしも怪我を負い、死んでしまうなんてことになったらーー。

 考えただけで身体が冷たくなる。

 止めることができなかった、愚かな自分を恨むだろう。

 稜迦は俯いた。


「……奥方さまよ? どうした? 大丈夫かい?」

 トウシナにしては珍しく、声を抑えて出していた。

 稜迦の様子があまりに沈んで見えたのだろう。声音に少しばかり焦りの色が含まれていた。


「……トウシナ様……」

「お、おう! なんだい!?」

「……大事な家族が死んでしまうかもしれない場所にいて、それを判っているのに、どうしようもできなかったら……どうしたら、どうにかしてその人をそこから連れ出す方法は……ないのでしょうか……?」

「あん? そんなの簡単じゃねぇか! そこまで行って、担いで連れ出して助けりゃいい!」

 稜迦は思わず顔を上げて、苦笑する。

 そのような直接的な方法を問いかけた訳ではなかったが、本当にそうできたらいいと思った。

 そのまま担いで、無理矢理にでも姉たちのもとに戯張を連れて行けたらと。

 そうできたら、どんなにーー。


「まあよ! そんな大事なやつが死んじまうようなところにいるんなら、そいつが死なねぇように俺は側から離れねぇな! 一緒にいるぜ!」

「……はい……」

 稜迦は苦し気に笑う。

 自分にそんな力があればよかった。側にいて大事な人の命を守れる強い力があればよかったのにとーー。

 言葉でさえも戯張を止めることができない己の、なんと無力なことか……。


「お邪魔するよ……って、どうしたんだい? 夫人のその格好は?」

 いきなり声が聞こえて来たと思って、稜迦が顔を向けると、羊雀が天幕の入り口に立っており、怪訝な表情を浮かべて稜迦の姿をまじまじと見ていた。


「あん? なんか変かい?」

 トウシナが素っ頓狂な声を出すと、羊雀は呆れたような笑みを顔にのせて、天幕の中へと入ってくる。


「これじゃあ、夫人の息が詰まっちまうよ。いくら冷えたと言っても、こんなにぐるぐる巻いちゃあね」

 そう言うと、羊雀は稜迦の身体に巻かれていた毛皮を丁寧にほどきだす。

 トウシナの抗議の声が聞こえて来たが、羊雀はまったく気にする様子もなく、手を止めることはなかった。


「あの……色々とありがとうございます、ご迷惑を沢山かけてしまって……どうお礼をすればいいか……」

 トウシナに代わって羊雀に毛皮を掛け直されながら、稜迦は自分より頭ひとつほど背の高い、目の前の凛々しい女を見上げる。

 甲冑を身に纏っているというのに武骨さが感じられない。それどころか女性特有の妖艶さが漂っているとさえ思った。

 なんて綺麗な人なんだろうと、稜迦は思わず見とれてしまう。

 すると、その見とれていた顔が大きく口を開けて笑い出したものだから、稜迦は目を見開いて驚いた。


「いやいや、ごめんよ。まったく夫人と戯張はよく似ていると思ってねぇ……血は繋がっていないのに、家族ってのは不思議なもんだ」

 戯張の名が出て来たので、稜迦はドキリとする。

「戯張もなかなかに謙虚な男だからさ……でもそう畏まらないでおくれ。当然のことをしているだけなんだから」

 羊雀はそう言って稜迦の肩をやさしく擦る。

「傷が残らないといいけど……あちらでもう一度看てもらわなきゃね」

「あちら?」

 羊雀の言葉に、稜迦は疑問を顔に浮かべた。その稜迦の顔を見て、羊雀も「ん?」と同じような顔をする。


「聞いていないのかい? 夫人はこれから青丹将軍が統轄している関所に戻るんだよ。それで、わたしは夫人の準備の為に来たんだ」

 稜迦は「え……?」と息を詰めた。このまま戯張と離れることになってしまう。

 一気に血の気が引いた。

 今、戯張と離れてしまったら、もう次は会えなくなるかも知れない。説得もできず、何もできないまま戯張を死地に向かわす事になってしまう。


 どうしたら、と稜迦が頭に手を置いたとき、ほんの僅かに高揚を滲ませた羊雀の声が聞こえて来た。

「かの有名な怙狼軍の将軍と共に行動できるなんてね。夫人はカガイ将軍と離れて心細いだろうけど、どうか心配せずに関所で待っていておくれ」

 稜迦は再び「え……?」と声を出した。

 それに対して、羊雀も驚いた様子で稜迦とトウシナを交互に見る。

 トウシナは何も判っていないようで、「ん?」と声を出して、稜迦と羊雀に顔を向けていた。


「夫人……カガイ将軍はここに残って、我らと今回の任務に参加するんだよ……聞いていないのかい?」

 羊雀が気遣わしい様子で声をかけてくる。


 何も知らなかった稜迦は、ただ弱々しく頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。