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鴛鴦の契り  作者: 笹川 歌
二章 一陽来復
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再会

 來郷。


 もともと、ソレには古い歴史があった。

 朱国の何代も前の王の時代、双子の太子が生まれる。

 二人の太子は文武両道に優れ、将来を期待される一方、どちらが王位を継ぐのかと杞憂もされた。

 そんな中、国で臣下による乱がおきる。

 父王を弑され、自分たちも窮地に追い込まれるが、見事逆臣を討ち、乱を治めた。


 そして双子の太子の内、一人は王となり、もう一人は共に戦った将を伴い、国の治世を安定させる為の組織を創り、それを率いた。

 それが、今に言う來郷である。


 国の軍隊とは離れ、別の武力を持つ組織である彼らの思想は、初代から変わらず、褪せる事なく、国の安寧と平穏であり、王の影として朱国を護る存在であった。



 ◇



 どこが知らない場所で一人佇んでいる。

 自分の身体は幼い子供だった。もう家に帰りたいのに、帰らなければならない場所がどこなのか分からない。

 辺りはガヤガヤと人の声がするのに、薄暗くて誰も自分を見つけてくれないのだ。

 泣きそうになると、透明な壁の向こうに母や姉たちが居るのが見えた。

 泣き叫びながら母たちの方へ行こうとするが、壁が邪魔で向こう側に行けない。母たちは此方に気付いてくれなかった。

 どこか透明な壁が無くなる場所がないかと、壁伝いに走るのだが、壁は一向になくならない。

 そうしていると母たちの姿は見えなくなってしまった。

 泣いているのに声が出ない。その場にしゃがみこんで、幼い自分はボロボロと声無き涙を流し続ける。

 そこに影が差した。

 顔を上げると、傷だらけの大きな背中を持った男が立っていた。自分はその背中が安心できるものと知っていて、流している涙を止めようとした時、その男の肌は黒いどろどろした塊になり、歪んだ笑いを顔に浮かべながら振り向いて、此方の手首を掴んだ。男の片手には鋭い刃が握られていて、それが大きく振り上げられる。

 大人の姿になった稜迦は鋭い悲鳴をあげた。



 「ーーっやああぁぁぁ……!」

 誰かの悲鳴が聞こえたと思ったら、それは自分の口から出ているものと気付く。ドクドクと心臓の音が煩い。稜迦は自分の悲鳴で目を覚ましていた。

 ハァハァと荒い呼吸を繰り返して、全てが夢だったと分かる。

 横たわっている自分の身体が重くて、気怠さが酷い。細かく震えている手のひらを見てから、目を擦る。夢の中と同じように涙を流していた。


 呼吸が落ち着いて来ると、やっと今の自分の状況を振り返れるようになる。黎国の男たちに拐われて、それから、何者かの襲撃があったはず。そこで、誰かに救い出されて、そして、そして……。

 確かに、この目で義兄の戯張を見た。


 稜迦は痛む頭を抱えながら、起き上がり、辺りを見回す。稜迦が横たわっていた場所は小さな天幕の中のようで、稜迦以外誰もおらず、薄暗いが、今は日中なのだと分かる。

 身体に厚い毛皮が掛けられており、その中にカガイが掛けてくれた毛皮を見つけて稜迦は目を見開いた。自分でも気付かず、手に握っていたのだろうか。そう思ったのと同時に心の奥がズキリと痛んだ。


 稜迦は重い身体を必死に動かして、立とうとする。

 義兄を目にした後の記憶が途切れていた。そこから、何があったのか分からない。此処はどこなのか、義兄はどこにいるのか、稜迦は一気に不安になった。

 もしかしたら義兄の姿は、あの朦朧とする意識の中で自分が見たまぼろしだったのかもしれない。


「あ……!」

 立とうとしたが、全くと言っていいほど足に力が入らず、その場にバタリと倒れ込んでしまう。

 倒れた時、身体を支えようとして両手を地面につけた際、酷く手首が痛んだ。稜迦はその激痛に小さく呻いて、恐る恐る自分の手首を見る。

 ズクズクと痛むそこは、白い布が丁寧に巻かれていた。誰かが手当てをしてくれている。


 稜迦がゆっくりと息を吐き出して、再び身体を動かそうとした時、天幕の外から誰かの足音が聞こえてきた。

 稜迦が足音に気付いて、顔を上げようとした時、慌ただしく一人の男が天幕の中に入ってくる。

 稜迦は息を飲んで、その男を凝視した。

 まぼろしではない。義兄が稜迦以上に目を丸く見開いて、稜迦を見つめていた。

 その愛嬌がある顔を見間違う訳はなかった。正真正銘、義兄の戯張がそこにいる。


「あ、あぁ……義兄(にい)さん!」

 稜迦は立ち上がり、戯張へと駆け寄ろうとするが、足がおぼつかず、その場で転けてしまった。

「あぁ! 稜迦!」

 戯張は他の者が耳にすると気が抜けてしまうような、裏返った声を出して、慌てて稜迦へと駆け寄る。

 その聞き親しんだ声で、稜迦の涙腺は一気に緩んだ。

 信じられない思いと、混乱と、会えた喜びが混じり合って、稜迦は大声で泣き出した。

「うっうあぁ、に、義兄さん! 本当に義兄さんなのね! うぅ、な、なんで!? なんで、こんなっ……ううっう! 生き、生きてっ……! ……うああん!」

 

 稜迦は駆け寄って来た戯張に、座り込んだまましがみついた。

 泣き叫んで、必死に戯張の顔を見る。義兄が生きていたのだと心から実感できた。


 戯張も顔を歪ませて、ボロボロと泣き出す。

 そのまましばらく、二人しておいおいと泣き続けた。



 ◇



「そうか……そんな事が……まさか、お義父上が……そのような人物だったとは……」


 ひとしきり二人で泣いて、人心地が付くと稜迦は自分に起こった今までの経緯を戯張に話した。

 自分の父親の事、鴛鴦之契の事、そして、その政策の為に朱国へと嫁いで来た事。

 神妙な面持ちで稜迦の話を聞いていた戯張は、話の区切りがつくと、重く口を開いて小さく息を吐いた。

 稜迦も目線を手に持っていた椀へと下げる。


 椀の中身は戯張が持ってきてくれた薬だった。

 戯張が言うには、幻姜草と言う毒草を用いた煙を吸った事と、稜迦の身体が衰弱していた事が相まって、戯張と会えた矢先、事切れたように失神してしまったらしい。


 椀の中の薬は、稜迦を捕らえていた男たちに無理矢理飲まされた竹筒の中身と似ていて、苦味が強かったが、稜迦は眉間にしわを寄せて、少しずつ飲んでいった。

 薬のお蔭なのか、先程から感じていた身体の気怠さが薄らいだように思う。


「あの時……」

 戯張がぽつりと喋りだしたので、稜迦は目線を上げた。

「目の前に稜迦が居たもんだから、心底驚いて息が止まりかけたんだ、ハハ……稜迦によく似た別人かと思ってしまって……」

 戯張ははにかんだ笑いを浮かべて、優しい目を向けてくる。稜迦の記憶の中にある懐かしい義兄の顔だった。

「稜迦……大変な思いをしたな……辛かっただろうに、家族と離れるのは本当に……辛い事だから……」

「義兄さん……」


 戯張の言葉で、様々な思いが稜迦の胸の中を駆け回った。

「……義兄さん、生きていてくれて、本当に……本当に良かった……。姉さんも佳毘も……どれだけ喜ぶか……」

 戯張は稜迦の言葉を受けて、優しく、しかし悲しそうに笑う。稜迦は戯張のその表情で一抹の不安を覚えた。

「に、義兄さん……何故……姉さんたちの所に……帰って来なかったの? ここで義兄さんは何を……? 義兄さんと一緒にいた人たちは一体……? 姉さんはずっと義兄さんの帰りを待って……」

 稜迦の胸の中を駆け回っていた疑問が口から飛び出てくるが、戯張の表情が段々と、まるで辛い事を耐えている様に変わっていったので、稜迦は途中で言葉を切った。


 心臓が、大きく鳴る。

 戯張が生きていて心から喜んだが、無事であるなら何故帰って来なかったのか、疑問が渦巻いていた。

 稜迦は顔に不安を浮かべて戯張を見る。

 戯張は重々しく、言葉を迷っているかの様に、口を開いた。

「稜迦……すまない……楊翠にも佳毘にも、腹の子にも……本当に申し訳ない事をしているのは、分かっているんだ……でも、俺は……まだ帰れない……本当に、すまない……」


 稜迦はあまりの事に息が詰まる。戯張の身に何があってこんな事を言うのか。

 稜迦は思わず戯張へ身を乗り出した。

「そんな、義兄さん……何で……」


「邪魔をする」

 稜迦が声を出したと同時に、外から声がかかる。

 戯張と稜迦が天幕の入り口に目を向けると、黒装束を身に纏った男が入ってきた。

 冷たく鋭い氷のような目を持っている黒装束の男は、戯張に目を向けた後、稜迦を一瞥する。

 その目に稜迦の身体はすくんだ。



 ◇



「姐さん!」



 黎国の残党兵が拠点としていた場所に、奇襲を仕掛けてから一日が過ぎていた。

 幻姜草という希少な毒草を用いられていたせいで、連携が思うように取れず、残党兵を掃討できなかった事に対して、羊雀(ようじゃく)は内なる憤りを隠せない。

 女の身でありながら武具を身に纏っているその姿は、羊雀が持つ美貌も相まって、人の目を惹き付けるものだったが、羊雀の苛立ちが漏れて見えるのか、周りの仲間たちは声をかけるどころか、視線を向けようとはしなかった。

 ただ一人を除いて。


 崩れた拠点の中を腹立たしげに見ていた羊雀は、自分を呼ぶ大声に即座に反応する。


「蜘蛛! あんた、今までどこにいたんだい!」

 來郷の斥候を主とする男を目にして、羊雀は鋭い声を出した。

「うっ! すいやせん! 少々、立て込んでしまいまして……!」

 拠点の中の崩れた瓦礫と、呆れたような顔をしている仲間の間を走り抜けて来た蜘蛛は、羊雀の一声に冷や汗を流す。


「まったく……お前が遅いせいで色々と……ん……?」

 羊雀は蜘蛛に歩み寄り、そして蜘蛛の後ろから付いて来ている男に気付いて目を向ける。

 成り行きを見ていた他の面々も、その男の風貌を目に入れると、僅かにその場に緊張が走った。


「蜘蛛、あの御仁はどなただい? どうしてここまで連れて来た?」

 羊雀が訝しむ表情を隠さず、蜘蛛に問う。

「姐さん、実は開拓している例の関所で一悶着があった。それで、あの人は……」


 蜘蛛も振り向いてその男を見る。


 そこには鋭い目をしたカガイが立っていた。

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