第6話 魔女と騎士の再会(2)
エルシリアは、騎士を自らの小屋に案内するはめになった。机を挟んだ向かい側に座る騎士は、正面からじっと彼女を見つめている。
「…………」
「…………」
沈黙。あまりにも居心地の悪い沈黙。先に耐えられなくなったのはエルシリアだった。
「すぐに帰ってくださいよ」
「お前が質問に答えたらな」
痛いところを突かれ、彼女は小さく息を吐いて紅茶を口に含んだ。
「騎士様。あなた、お仕事は大丈夫なのですか?」
「今まさに仕事をしているところだ」
「そうでしたね。森の奥に住む怪しい女を尋問することも、騎士様のお仕事の一つですよね」
「……」
彼女の言葉に、彼は口を閉じる。少し意地の悪いことを言ってしまっただろうか。ただ、彼の反応が面白くて、エルシリアは口元を緩めた。
「冗談ですよ」
「……君は意外とよく喋るんだな。初めて会った時は、もっと掴めない人だと思っていた」
「今はもう掴めました?」
「掴むために、聞きたいことが多々ある」
迷いのない彼の言葉に、エルシリアはため息を吐く。本当に、面倒な騎士だ。疑問を持った人間は、納得するまで追いかけてくることが多い。それに、こういう人間ほど厄介である。
「では、どうぞ。質問を聞きましょう」
そう言うと、彼は驚いた顔をした。
「いいのか?」
「『聞きたいことがある』と言ったのはあなたの方ですよ。それに、すべてに答えるつもりはありません。でも聞くだけなら」
「君は何者だ」
食い気味に尋ねられる。エルシリアは小さく笑い、首を傾けて髪を揺らした。
「ただの薬師です」
「薬師? 以前は魔女だと言っていただろう」
「あら。よく覚えておいてですね。ですが今はただの薬師です」
「……君はどこで魔法を学んだんだ?」
「魔法学院に通っていましたから、大部分はそこで学びました。他の魔術師よりも秀でているのは才能ですね」
「君は普段何をしているんだ?」
「最近は庭の薬草の世話をして、薬を作っています。この薬もそこら辺のものより遥かに効能は良いはずですよ。一つ要ります?」
「必要ない。……君はいつも、あのように魔物を倒しているのか?」
「さあ? どうでしょう」
笑みを浮かべながら、エルシリアは内心で息を吐いた。質問に答えることには慣れていないし、あまり答えたくはない。だが彼があまりにも食い気味なので、面白さや興味深さが勝ってしまう。
「そういえば、あなたの名前を聞いていませんでした」
尋問にも似た質問の合間に、ふとエルシリアは問いかける。彼は目を瞬き、眉を寄せた。
「今更だな。だが……そうか。俺はエリアス・レイン、王国騎士団に所属している」
「エリアス様」
「呼び捨てで構わない」
「では、エリアスと」
名前を呼んだだけだったが、騎士——エリアスは柔らかく目を細めた。今までに見たことのないような優しい表情に、エルシリアの胸は変な音を立てる。
「君の名前は?」
問い返され、エルシリアは少し迷った。真名を告げると契約を結ばれる等といった危険がある。しかし彼女の魔力量を上回る者はそうそういないだろうし、それに宮廷魔術師として仮にも名を馳せていたのでとっくに知れ渡っているものだ。
「……エルシリアです」
「エルシリア」
確認するように呼ばれただけだったが、涙が出そうになった。長い間、名前を誰かに呼ばれることが少なかったからだろうか。
「エリアス。あなたは暇なのですか? こんなに私に時間を費やしていて、別の仕事が滞ることはないのですか?」
「今の俺の最優先事項は、君の正体を暴き出すことだ」
「怖いですね」
エリアスは真剣な顔を崩さない。冗談を言っているわけではないらしい。困ったものだ。人に質問されることには慣れていなくても、追及されることには慣れている。しかしこの騎士の厄介なところは、悪意を感じ取れないことだ。
「君は何者なんだ」
再び同じ質問をされ、エルシリアは思わず笑ってしまった。
「それ、何回目の質問ですか?」
「君が答えないからだ。なぜ、君は自らのことを隠そうとする」
その問いに、エルシリアは目を伏せて考える。そして、わざとらしく肩を竦めてみせた。
「あなたも騎士なら、今王都で何が起こっているかご存じでしょう?」
エリアスの表情が変わった。魔女への迫害、魔力を持つ者への疑い、魔法を使える者が理由もなく捕えられ暴行される事件。彼が知らないはずがないだろう。彼の変化に気づかないふりをして、彼女は言葉を続ける。
「魔女狩りですよ。悲しいことに私は魔女ですから、自分のことを知られたら殺されてしまうかもしれないではないですか」
できるだけ感情が籠らないように淡々と話していると、エリアスが目を見開いてまじまじと彼女を見つめていることに気が付いた。
「……そんな顔をしないでください。ほら、私は魔女ですから、人よりも心が強いですし。でも困っているのですよ」
「……困る?」
「ええ。私は、私が魔女であることを知られたくない。魔女だと知られて、面倒なことになるのが嫌なんです」
エリアスは黙って聞いていた。エルシリアは、暖炉の火を確認しながら話を続ける。
「あなたも見たことがあるのではないですか? 人が、自分の恐怖を正当化して、他人を傷つけることを”正義”だと思い込むところを。今の王都では、魔女というだけで罪になる」
エルシリアは彼の目を見て、穏やかに笑う。
「私に関われば、あなたも巻き込まれますよ。私はきっと、ろくなことにならない人生を送ります。ですから、放っておくのが一番です」
言い切ると、エリアスはじっと彼女を見ていた。ものすごく、呆れた顔をして。
「……君は、自分自身のことを随分と軽く考えているのだな」
彼の真意を掴みかねたエルシリアが目を瞬いていると、彼は不満そうに眉を寄せて大きく息を吐いた。
「自分を虐げる人間に怒りは抱かないのか? 普通なら、それほどの扱いを受けてきたら、怒りはおろか憎しみをも覚えるだろう」
「まあ、慣れていますからね」
彼女の言葉に彼の表情が曇ったが、すぐに普段の無表情に戻る。
「それより、君は今まで自分がしてきたことを話す気はないのか?」
「私がしてきたこと?」
エルシリアが首を傾げると、エリアスの視線が鋭くなった。
「王城の結界を修繕し、魔物氾濫を事前に止め、今は効能が良い薬を作っているのだったか? 君がただの魔女ではないことくらい、既に分かっている。……君は、自分が成した功績を何だと思っているんだ」
彼女は困ったように笑った。
「本当に、あなたは私の嫌な所を突くのが上手ですね」
「それは褒めているのか?」
「褒めているわけないでしょう。……功績だなんて、そんな大したものではありませんよ。誰かが困っていたから助けただけです」
「それを功績と言うのだ」
「なら、そういうことで。何にせよ話すつもりはありません。だって、面倒なことになるって分かりきっているじゃないですか」
エリアスはしばらく黙り、そして呆れたように言った。
「君は、本当に変わった魔女だな」
「あなたの方が変わっていらっしゃると思うのですけどね」
くすくすと笑ったエルシリアだが、ふと真面目な顔をして唇の前に人差し指を立てた。
「どうか私のことは、誰にも言わないでください。内緒でお願いします」
「……」
騎士ならば魔女のことを黙っていられないかもしれないという考えはある。受け入れられなかったらどうしようかと考えていると、エリアスがジト目で彼女を見ていることに気がついた。
「分かった。……君が何の目的で動いているのかは分からないが、悪意がないことは確かだ。俺は、自分の目を信じる」
その言葉に、エルシリアの瞳が揺れる。あまりにまっすぐな言葉に心が震えたのだ。
「君が話したくないなら、聞き出しても意味はない。だが、いつか君の言葉で教えてもらえることを望んでいる」
「……あなた、人を見る目がないと言われたことはありませんか?」
「ないな」
自信に満ちた断言に、彼女は笑う。今までのように取り繕った笑みではなく、心から零れた笑みだった。
今まで、彼のような人に会ったことはなかった。誰だって彼女を「魔女」として見て、その力を恐れてきた。それなのに、この真面目な騎士は、初めて彼女を「エルシリア」として見てくれたのだ。
彼女は知らない。この男が、彼女の夢に大きく関わってくる人物になるということを。今はただ、「騎士と魔女」というそれだけの関係だった。




