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第5話 魔女と騎士の再会(1)


 森の奥の小さな小屋がエルシリアの新しい住処になってから、数か月が経った。

 「王都から追放された魔女」と聞けば、多くの者は魔女が復讐に燃え、禁忌の魔法を研究し、人間を憎んでいると想像するだろう。しかし、現実のエルシリアとはいうと。


「……薬草が足りないわね」


 朝から庭で植物の世話をしていた。魔法を使えば一瞬で育てることもできるのだが、彼女はそうしない。魔法を使わない生活を楽しみたいというのは大きな理由の一つだが、やはり一番は、万が一にも魔法を使うところを誰かに見られてはたまらないからである。

 近頃、魔法を使える者への風当たりは、以前とはくらべものにならないほどに強くなっている。王都で起きた王女の首飾り盗難事件を皮切りに、魔女に対する人々の恐怖が爆発した。魔力を持つ者はそれだけで疑われ、小さな村では少し魔法を使っただけで追放される者もいるらしい。中には捕えられ、死刑を受ける者もいるそうだ。

 エルシリアはその話を聞いた時、目を伏せて深々とため息を吐いた。やはり人間は、弱い存在だとしみじみと実感したのだ。



 昼になると、エルシリアは変装をして近くの街へ向かう。髪と瞳の色を変え、魔力の気配を隠すのは造作でもないこと。ただの薬師として、彼女は街へ行く。


「お姉さん、ありがとう!」


 小さな村の少年がそう言って笑った。熱を出していた彼の弟のために、エルシリアが薬を作ったのだ。ちなみにこの薬は、魔法を一切使わずに、薬草を調合して一から自分の手だけで作ったものである。


「ちゃんと飲めば、すぐに元気になるはずよ」

「分かった!」


 少年は嬉しそうに笑う。その笑顔を見ると、彼女の胸は温かくなった。確かに昔は、こういう瞬間を求めていたのだろう。誰かの役に立って、「ありがとう」と言われることを。今は、感謝されなくてもいいから、目の前の人々が笑っていれば良いと考えるようになっている。

 それでも……こうして感謝の言葉を伝えられて、悪い気持ちにはなるはずがなかった。






「助けて!」


 帰り道、森の中から子どもの叫び声が聞こえた。自らにかけた変装魔法を解いている途中だったエルシリアは、反射的に足を止める。


「……」


 彼女は少し考えた。魔法を使わないという制限の中危険に対処すると、面倒なことに繋がる可能性がある。聞かなかったことにして通り過ぎることはできたのだが、やはり彼女は優しすぎた。


「……本当に、私って学習しないわね」


 ため息を吐いて、声の方へ走る。しばらく進むと、そこには小さな少年が倒れていた。彼の目の前には、牙を剥いた魔物がいる。巨大な狼型の魔物だ。子どもでは歯が立たない相手だろう。大人であっても苦労するかもしれない。

 少年は彼女に気が付くと、大きな目に涙を溜めながら叫んだ。


「お姉ちゃん、助けて!」

「ええ、もちろんよ」


 エルシリアは少年を背後に庇う。たとえ少年であっても魔法を使うところを見られるわけにはいかないので、普通の戦いをすることにした。

 懐に隠していた短剣を抜く。魔物はエルシリアに狙いを定めたのか、彼女に向き直っていた。彼女よりも遥かに大きな巨体を前にしても彼女は一切怯まない。視線を外さず、呼吸を整えながら、魔物の急所を見極める。


 魔法だけで戦うのは簡単だ。しかし魔力が尽きた時に死ぬのは自分だと分かっている。そのため、彼女は剣や身体の使い方、逃げ方を覚えてきた。生き残るために必要なことは、一応身に着けている。

 魔物が飛びかかってくるが、彼女は半歩だけ横にずれた。鋭い爪が頬を掠めるが気にすることはない。短剣を握る手に力を込め、迷いなく魔物の首に向けて突き出す。刃が皮膚を裂いて、深く食い込む感触がした。暴れようとする巨体の抵抗に負けじとさらに短剣を押し込む。

 そして、首の中央辺りにある魔核を刃が斬った時、魔物の巨体がぐらりと揺れ、そのまま地面へ崩れ落ちた。


「……ふう」


 エルシリアが息を吐いて、少年に向き合おうとしたその瞬間。


「そこまでだ!」


 声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。嫌な予感がして、恐る恐る声が聞こえた方向を見る。するとそこにいたのは、黒い髪と蒼い瞳を持つ一人の騎士……過去に二度遭遇した、あの男だった。


「……また、あなたですか」

「それはこちらの台詞だ」


 騎士は眉を寄せ、エルシリアと少年を交互に見る。


「ここで何をしている」


 彼女は心の中で舌打ちをした。面倒な人に見つかった。どうにかしてこの場を脱したいと考えている時、彼女が助けた少年が口を開いた。


「あの……この人が、僕を助けてくれたんです。大きな魔物を、倒してくれました」


 余計なことを言わないでほしいと思ったが、少年の涙で濡れた顔を見ていると何も言えなくなる。


「まあ、そういうことです。少年、一人で危険な場所には来てはいけないよ。それじゃあ私はこれで」


 正義の味方のように自然と立ち去ろう。そう考えた彼女は、少年に微笑みかけてから背を向けて、全力で走る。


「…………」


 しかし数秒後には、あっさりと例の騎士に捕まっていた。エルシリアの腕を掴んだ彼は、呆れた顔をしている。


「足は遅いんだな」

「失礼ですね。本気を出していないだけです。あなたは騎士なのに、こうして女性を拘束するんですか」

「怪しい女性を放置する奴の方が騎士とは言えないだろうな」


 逃亡は叶わなかった。

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