間話(1)
気づけば、エリアスは彼女の小屋を訪ねるようになっていた。王都周辺の見回りのついでにわざわざ森へ寄り道をし、理由を聞かれてもいつも曖昧に誤魔化す。自分でもうまく言葉にできないのだ。ただ気づけば足が向いていて、気づけば声を聞きたくなっていて、気づけば彼女の笑顔を探している。
「……また来たのですか、エリアス」
エルシリアは、呆れたように言った。しかしその声には本気の拒絶は込められていない。それが分かっている彼は、つい甘えてしまうのだ。
彼女は窓辺で薬草を束ねていた手を止め、少しだけ肩をすくめる。エリアスはそんな彼女を見ながら、平然と椅子を引いて座った。
「悪いか」
「悪いとは言っていませんよ。お仕事は大丈夫なのですか? もしかしてあなたは相当お暇なのですか?」
「これでも俺は忙しくしている。時間管理が上手いだけだ」
そう言うと、彼女はくすくすと笑った。その笑顔を見るたびに、エリアスの胸の奥がどうしようもなく痛む。
なぜ、この人はこんな顔で笑えるのだろう。誰にも理解されず、誰にも感謝されていないのに、それでも彼女は誰かを助け続けている。普通ならとっくに人を憎んでいてもおかしくないのに。普通なら、もう少し自分を守ることを覚えてもいいのに。それなのに彼女は、いつも変わらない。優しくて、静かで、少し不器用で。
まるで、自分が傷つくことを当然だと思っているかのように、諦めたように笑っている。
「エリアス」
エルシリアが薬草を整理しながら言う。細く綺麗な指が乾燥させた葉を丁寧に揃えていて、その横顔は、窓からの光を受けて淡く透けているようにも見えた。
「どうしてあなたは、大して面白くもない私のところへ来るのですか?」
彼女の言葉にエリアスは黙った。
本当の理由はあまりにも単純だ。彼女に会いたかったから。だがそんなことをそのまま口にできるほど彼は器用ではない。まして相手はエルシリアだ。少しでも踏み込み過ぎれば、彼女はきっと困ったように笑って、何事もなかったかのように距離を取るだろう。
「……監視だ」
考えた結果、口から出た言葉はひどく冷たいものだった。エルシリアは瞬きをする。
「……まだ私を疑っていらっしゃるのですか?」
「違う」
自分でも驚くほどに言葉が突いて出た。彼女は目を丸くして、それから困ったように眉を下げる。
「では、どうしてですか?」
エリアスは視線を逸らした。小屋の中にいても、風に揺れる木々がざわざわと鳴っている音はよく聞こえてくる。その音に紛れれば、少しは誤魔化せる気がした。
「……気になるんだ。君のことが」
そう言いかけて止める。喉の奥で言葉が引っかかった。
「私が?」
「……いや、忘れてくれ」
エルシリアは首を傾げながら、にこりと笑みを浮かべる。
「エリアスは変な人ですね」
そんな彼女の言葉を聞いて、エリアスはなぜか嬉しくなった。変だと言われたのに、胸の奥がふっと軽くなる。彼女が自分を拒絶していないと分かるだけで、十分だった。
……十分だと、思いたかった。
◇ ◇ ◇
休暇を取ったエリアスは、エルシリアと共に王都の外れにある市場へ出歩いていた。
「一人で行くとまた無茶をするだろう」と言い同行を申し出ると、彼女は困った顔をしていたが、最後には折れて断られることはなかった。断る理由がなかったのかもしれないし、あるいは彼がついてくることを嫌だと思わなかったのかもしれない。後者ならば、かなり嬉しい。
「私は無茶なんかしていませんよ。自分で好きなことを好きなようにしているだけですし」
「そうか? 一昨日も先週もしていたように思うが」
「……記憶違いでは?」
「君のそういうところは良くないと思うぞ。自分のことを軽く扱う癖は止めた方がいい」
エルシリアは言葉を止め、それから何でもないように微笑んだ。
「気を付けますね」
彼女はそう返したが、きっと本気で気を付けようとはしないだろうと直感した。
市場は賑やかだった。王都の暗い喧騒とは違い、生活の温度がある。エリアスは当然のようにエルシリアの荷物を持ち、彼女は当然のようにそれを受け入れていた。髪や瞳の色を変えているということもあるのだろうが、彼女に人目を気にする様子はない。二人で並んで歩いていると、傍目では恋人のように見えているのではないか……という思いは封じることにした。
歩いている途中に焼き菓子を売っている露店を見つけたエリアスは、彼女に少し待つように言って二つ買う。
「エリアスが甘いものを好むとは知りませんでした。意外です」
「別に好きではない。これは……君が食いたそうな顔をしていたから買っただけだ」
「私、そんな顔してました? ありがたくいただきますが」
エルシリアは目を細めて、焼き菓子を受け取った。その仕草が妙に丁寧で、エリアスの胸の奥がまたざわつく。
彼女は、何をされても遠慮しがちだということに気が付いたのは最近だ。何か贈り物をしたり手伝いをしたりすると、まず礼を言う。当然のように受け取ろうとしない。まるで自分が何かを受け取る側にいることに全く慣れていないかのようだ。……それは、事実なのだろう。




