第9話:現代兵器 vs 異世界魔法
「ちょっと、離してください! 誰か、助けて――!」
薄暗く、排気ガスとカビの匂いが立ち込める高架下の駐車場。
結衣の悲痛な叫び声が、冷たいコンクリートの壁に虚しく反響した。
彼女を取り囲んでいるのは、腕や首に品のないタトゥーを刻み、金属バットや折りたたみナイフを弄ぶ半グレ集団の男たち五人だ。彼らは怯える獲物を囲むハイエナのように、下劣な笑いを浮かべていた。
「うるせえアマだ! 喚いてねえで大人しく車に乗れ!」
「この女が、あの『冴島』ってオッサンのお気に入りなんだろ? たっぷり可愛がって動画を送りつけてやれば、あのオッサンから豪徳寺の株と権利を全部吐き出させることができるぜ」
「ヒャハハ! その前に俺たちが少し味見して――」
男の一人が舌舐めずりをし、結衣のブラウスに汚い手をかけようとした、まさにその瞬間だった。
「――そこまでにしておけ。三流のゴブリン共」
「「「!?」」」
絶対零度の声が、湿った空気を切り裂いた。
結衣と半グレたちの間に広がる何もない空間が、蜃気楼のように歪む。次の瞬間、そこに【空間転移】を果たした俺の姿が、音もなく現れた。
「さ、冴島さん……!?」
「どうしてこんな所に!? いや、どこから湧いて出た!?」
男たちが慌てて結衣から距離を取り、俺に向かって金属バットやナイフを構える。彼らの顔には、理解不能な現象に対する本能的な恐怖と、暴力でそれを塗り潰そうとする粗暴さが入り混じっていた。
「オッサン、どうやって現れたかは知らねえが、ちょうどいい。テメェからノコノコやってくるとは手間が省けたぜ……ぶっ殺せ!!」
リーダー格の男が怒声を発すると同時、筋骨隆々とした一人の半グレが金属バットを高く振りかぶり、俺の頭部めがけてフルスイングした。
「危ないっ!」と結衣が悲痛な叫びを上げる。
ガィィィィィンッ!!!!
駐車場に、鐘を突いたようなけたたましい金属音が響き渡った。
だが、俺の頭が砕け散ることはない。
男の全力で振り抜かれた金属バットは、俺の顔に触れる数センチ手前で展開された透明な壁に弾き返され、無残にひしゃげて「へ」の字に折れ曲がっていたのだ。
「は……? え?」
「【物理無効】。俺の魔力障壁は、魔竜のブレスすら弾き返す。その程度の貧弱な打撃力では、障壁は一ミリも揺るがないぞ」
手にかかる反動で手首を脱臼し、うずくまる男を一瞥もせず、俺はポケットに手を入れたまま無造作に歩み寄る。
「な、なんだコイツ!? バケモンか! 撃て! チャカ使え!!」
狂乱したリーダーが、懐から黒光りする拳銃を引き抜き、俺の眉間へと真っ直ぐに銃口を向けた。
パンッ! パンッ! と、火薬の爆発音とともに二発の銃弾が放たれる。
現代兵器。魔法の存在しないこの世界における、究極の殺傷力。
だが――。
「な……銃弾が、止まった……?」
放たれたはずの鉛の弾丸は、俺の目の前でピタリと空中に静止していた。
回転する弾丸が、見えない力場に阻まれて虚しく空回りしている。
「現代の遠距離兵器か。運動エネルギーとしては悪くないが、俺の【重力操作】の前では豆鉄砲にも劣るな」
俺が指先を軽く下に向けると、静止していた弾丸は鉛直方向に凄まじい重力を受け、カランカランとアスファルトに落ちてめり込んだ。
それと同時に、五人の男たち全員に、自重の数十倍の重力がのしかかる。
「グアァァァッ!?」
「お、重い……! 体が、潰れ、る……ッ!!」
見えない巨大な掌で押し潰されるように、男たちは全員、コンクリートの床に這いつくばった。内臓が圧迫され、眼球が飛び出んばかりに悲鳴を上げている。
「異世界で魔王の親衛隊と戦った時に比べれば、欠伸が出るほど退屈な戦闘だな。お前たちのような薄汚い輩には、少しだけ『本物の恐怖』というものを教えてやろう」
俺は冷酷に見下ろし、彼らの脳髄に直接【精神支配】の魔法を流し込んだ。
彼らの意識の最深層に、「冴島という存在に逆らえば、魂が擦り切れるほどの永遠の地獄を味わう」という絶対的なトラウマの楔を打ち込む。これで彼らは、二度と俺や結衣に近づくことはできないし、今日の出来事を誰かに話そうとしただけで発狂するだろう。
白目を剥き、口から泡を吹いて完全に気絶した男たちを確認し、俺は結衣の元へと振り返った。
「怪我はないか、結衣くん」




