第22話:現代兵器の魔法的再現。数万の軍勢を「無血制圧」する
ドドォォォォォォォンッ!!!!!
空が真っ赤に染まる。
城壁の前に布陣した数千人規模の宮廷魔術師たちが放つ、炎、氷、雷、岩の巨大な魔法の雨。
それが、平原に立つ俺というたった一つの点に向け、まるで天変地異のような豪雨となって降り注いできた。
直撃すれば、巨大な山ですら跡形もなく消し飛ぶほどの圧倒的な破壊力。王国軍の誰もが、そして城壁の上で震える英雄たちも、これで全てが終わると確信したはずだ。
だが。俺はポケットに手を入れたまま、頭上に降り注ぐ魔法の雨を退屈そうに見上げた。
「……この程度の花火で、俺を殺せると思ったのか?」
俺は右手をゆっくりと持ち上げ、空に向けて指をパチンと鳴らした。
「【空間歪曲】――および、【全方位・魔力反射】」
俺の周囲数十メートルの空間が、まるで巨大なシャボン玉に包まれたようにゆらりと歪んだ。
直後、空を埋め尽くすように降り注いできた数万発の攻撃魔法が、俺の展開した不可視のドームに激突する。
しかし、爆発は起きない。
俺の魔力障壁に触れた炎も雷も、すべてが「反射鏡に当たった光」のように、その威力を100パーセント保ったまま、不自然な鋭角を描いて遥か上空やあらぬ方向へと弾き返されたのだ。
ズドドガァァァァァァンッ!!!!!
弾き返された数万発の魔法が、遙か上空で互いに衝突し、巨大な花火大会のように連鎖爆発を起こす。
王都の空が七色に発光し、凄まじい爆風が平原を吹き抜けた。だが、爆心地に立つ俺の漆黒のローブは、風に僅かに揺れるだけで、焦げ跡一つ、埃一つついていない。
「……は?」
「う、嘘だろ……? 魔術師団の総攻撃が……全部、弾かれた……?」
最前列で盾を構えていた重装歩兵たちが、空中で繰り広げられた理不尽な光景に、絶望の声を漏らした。
城壁の上のアレンたちも、目を見開き、顎を外れんばかりに落として硬直している。
「防御魔法というものは、ただ耐えるだけでは三流です。相手の攻撃エネルギーをベクトル変換でそらし、相殺させるのが現代物理学と魔法の最も効率的な融合なんですよ」
俺は誰に言うともなく呟き、ゆっくりと一歩、王国軍の陣形へ向かって歩みを進めた。
ズシン、という俺の静かな足音が、なぜか数万の軍勢全ての耳に不気味な死の足音として響き渡る。
「ヒィッ!?」
「く、来るぞォ! 撃て! 次の魔法を撃てェェェッ!!」
パニックに陥った魔術師団が、再び魔力を練り上げ、新たな魔法陣を虚空に展開し始める。
俺は小さくため息をつき、首を振った。
「あなた方のような末端の兵士を殺す趣味はありませんが……俺の道を塞ぐのなら、少し眠っていてもらいましょう」
現代日本における暴徒鎮圧や、拠点制圧の基本。
それは相手を殺すことではなく、相手の「戦闘継続能力」を根こそぎ奪い取ることだ。
「まずは、その目障りな魔法陣を無力化します。……現代における『EMP(電磁パルス)兵器』の概念。電子機器を破壊するパルスを、魔力波長に置き換えさせてもらおう」
俺は右手を前に突き出し、指先から透明な魔力の波動を解き放った。
「【広域魔力干渉】」
ブォォォォォン……ッ!!
俺の指先から、音を置き去りにした青白い波動が、光の速さで平原全体へと広がっていく。
それは物理的な破壊力を持たない。だが、波動を浴びた魔術師たちの間で、異変は瞬時に起きた。
「なっ……!? 魔力が、練れない!?」
「魔法陣が、霧散していくぞ!? 杖の魔導回路もショートした!!」
彼らが空中に描いていた数千の魔法陣が、まるで水に落ちたインクのようにボヤけて消失した。
さらに、彼らが持っていた魔力増幅の杖や、魔導具のすべてが、プツンと音を立てて機能を停止する。
俺が放った特殊なジャミング波長が、彼らの体内の魔力回路と外部の魔導具のリンクを強制的に遮断させたのだ。
これで、数万の王国軍から「魔法」という攻撃手段は完全に失われた。
「ま、魔法が使えなくなっただと!? ならば突撃だ!! 騎馬隊、歩兵隊、あの男を槍で串刺しにしろォォォッ!!」
騎士団長が血を吐くような声で号令をかけ、数万の物理部隊が一斉に地響きを立てて俺に向けて突進してきた。
盾を構え、槍を突き出し、馬の蹄が平原を揺らす。
圧倒的な質量の暴力。
だが、俺はポケットに手を入れたまま、その突撃を退屈そうに眺めていた。
「魔法がダメなら物理で突撃ですか。全く学習能力がありませんね。……ならば、こちらも『非致死性兵器』の最大火力を披露しましょう」
俺は左手を高く夜空に掲げ、魔力を極限まで高圧縮した。
現代の特殊部隊が使用する「スタングレネード(閃光音響弾)」による視聴覚の奪取と、「クラスター爆弾」による広域制圧の概念を融合させたオリジナル魔法。
「【分裂式・極光爆音弾】」
俺の左手から打ち出された、ソフトボール大の強烈な光の球が、数万の軍勢の頭上、上空百メートルの位置へと打ち上がった。
そして、最高到達点に達した瞬間。
パキィィィンッ! という音と共に、その光の球は空中で数万個の『極小の光球』へと分裂し、王国軍の頭上に雨のように降り注いだのだ。
「な、なんだあれは……? 光の、雨?」
「直撃を防げ! 盾を構えろォ!」
兵士たちが巨大な鋼鉄の盾を頭上に掲げ、防御姿勢をとる。
だが、その光の雨は物理的な破壊力を持っていない。
彼らの頭上わずか数メートルの位置で、数万の光球が『一斉に炸裂』した。
ピシャアァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!!
「「「「ギャアアアアァァァァァァァァァッ!!!!!?」」」」
その瞬間、グランツヴァルの空に「第二の太陽」が落ちたかのような、眼球を焼き尽くさんばかりの強烈な閃光が炸裂した。
同時に、大気を引き裂くような鼓膜を破る爆音が、数万の兵士たちの聴覚と三半規管を物理的に破壊する。
強烈な光による視覚の完全なホワイトアウト。
凄まじい爆音による聴覚の喪失と、平衡感覚の破壊。
それは、いかに分厚い鋼鉄の鎧を着込み、巨大な盾を構えようとも、絶対に防ぐことのできない「生物としての機能」に対する直接攻撃だった。
「ガァッ……! 目が、目がぁぁっ!」
「あ、頭が割れる……っ! 吐き気が……オロロロロッ!」
馬はパニックを起こして泡を吹いて倒れ込み、重装歩兵たちも剣や槍を取り落とし、耳を塞いで地面にのたうち回る。
一滴の血も流していない。物理的な破壊も起きていない。
だが、たった一発の魔法で、王国の誇る数万の軍勢は、嘔吐感を催し、気絶し、あるいは地に這いつくばり、完全に戦闘継続能力を喪失したのだ。
「……あ、あぁ……」
その地獄のような光景を、城壁の上から見下ろしていた勇者アレンや英雄たちは、恐怖で完全に言葉を失っていた。
数万の軍隊が、文字通り「赤子のように」一瞬で無力化された。
大賢者の力は、彼らが記憶していた5年前のものとは次元が違った。圧倒的で、理不尽で、あまりにも絶望的すぎた。
「……さて。無駄な露払いは終わりましたよ」
数万の兵士たちが気絶し、呻き声を上げる平原の中央。
俺は漆黒の魔導ローブを翻し、倒れた兵士たちの隙間を縫うように、まるで休日の公園を散歩するかのような悠然とした足取りで、王都の正面ゲートへと向かって歩みを進めた。
立ちはだかる者は、もう誰もいない。
巨大な城門が、堅く閉ざされて俺の行く手を阻んでいる。
「開けゴマ、なんて可愛い呪文で開く扉ではなさそうですね」
俺は巨大な城門の前に立ち、右手を軽く触れた。
「【構造分解】」
サラサラサラ……ッ。
数十センチの厚みを持つ鋼鉄と魔石で補強された城門が、俺の手が触れた場所から一瞬にして『細かい砂』へと変化し、風に吹かれて跡形もなく崩れ去った。
俺は砂塵の舞う中を通り抜け、城壁の上でガタガタと震えている5人の英雄たちを見上げた。
俺の顔は若返り、現代日本のスーツを着ている。だが、その冷酷な目つきと、圧倒的な魔力の波動は、彼らが誰よりもよく知る男のそれだ。
「待たせましたね。……さあ、最高の『宴(処刑)』を始めようか」
大賢者の死刑宣告が、絶望に凍りつく英雄たちに突きつけられた。




