第20話:大賢者の逆鱗。東京上空の完全殲滅戦
休日の穏やかな朝を迎えていた東京、新宿の上空。
ポッカリと空いた巨大な次元のゲートから湧き出した百頭以上の飛竜の群れが、眼下に広がる高層ビル群と数百万の命が息づく街へ向け、その喉の奥に灼熱のブレスを蓄えていた。
『焼き尽くせェェェッ!!』
飛竜騎士団の部隊長の号令と共に、百の顎から一斉に業火が放たれようとした、まさにその瞬間だった。
「――俺の街で、汚い息を吐き出すな」
虚空を切り裂くような低く冷たい声が響いたかと思うと、飛竜の群れとビルの群れの間の空中に、漆黒の魔導ローブを纏った一人の男――俺が音もなく浮遊していた。
大賢者の全魔力を解放したことで、俺の全身からは黄金のオーラが太陽のように立ち昇り、周囲の空気をビリビリと震わせている。
「【広域・次元隔離結界】――および【完全認識阻害】」
俺が両手を水平に広げた瞬間、東京の上空数キロ四方の空間が、薄いガラスのような不可視のドームで完全に覆い尽くされた。
これにより、この上空の空間は一時的に現実世界から「切り離された」状態となる。さらに認識阻害の魔法により、下界を歩く一般の現代人からは、上空に突然分厚い雨雲がかかったようにしか見えず、飛竜の咆哮も一切届かない。
これで、下界の人間がパニックを起こすことも、物理的な被害が及ぶことも完全に防がれた。
ドォォォォォォォォンッ!!!!!
直後、百頭の飛竜から放たれた灼熱のブレスが雨のように降り注いだが、それらは全て俺が展開した次元の壁に衝突し、まるで水面に落ちた火の粉のように「ジュッ」と音を立てて無力化され、空間の彼方へと消散していった。
「なっ……!?」
「ブ、ブレスが消えた!? バカな、何が起きた!?」
眼下の街が火の海になる光景を期待して下劣な笑いを浮かべていた騎士たちが、信じられないものを見たように目を見開いた。
「おい、あそこを見ろ! 誰か浮いているぞ!」
「あんな奇妙な黒いローブを着た男……まさか、あいつが魔法でブレスを防いだとでも言うのか!?」
ざわめく騎士たちの中で、部隊長が手綱を引き絞り、飛竜を操って俺の正面へと進み出てきた。
彼は俺の若々しい顔を見て、鼻で嘲笑った。
「貴様が、バルト様や英雄殿たちをコケにしたという『幻術士』か。たかが人間一人が空を飛んで結界を張った程度で、我ら王国最強の飛竜騎士団を止められると思っているのか!」
「……幻術士?」
俺は黄金の魔力を滾らせたまま、虫ケラを見るような目で部隊長を見据えた。
今まで俺は、復讐を冷静に完遂するために、無駄な怒りや感情を抑え込み、ビジネスライクに「監査」と「処刑」を行ってきた。
だが、今は違う。
こいつらは、俺の結衣がいる世界を、俺がようやく手に入れた平和な居場所を、自分たちの保身と八つ当たりのためだけに無差別に焼き払おうとしたのだ。
俺の魂の奥底で、かつてないほどの激しい怒りの業火が、どす黒く、そして白く燃え上がっていた。
「貴様らは、絶対に越えてはならない一線を越えた。……お前らの血の一滴、肉の一片たりとも、この世界の空から降らせることは許さない。チリ一つ残さず、消滅させてやる」
「ほざけェッ!! 全機、あの小賢しいガキを食い殺せ!!」
部隊長の号令で、百頭の飛竜たちが一斉に翼を羽ばたかせ、俺に向かって全方位から殺到してきた。
鋭い爪、巨大な顎、そして騎士たちが構える魔力で強化された長槍。
空中戦において無敵を誇る彼らの突撃は、城壁すらも容易く粉砕するほどの威力を持っている。
だが、俺は一歩も引かず、ただ右手を高く掲げた。
「【超重力・圧殺領域】」
ズガァァァァァァァンッ!!!!!
「「「ギャアアアァァァァァッ!?」」」
俺を中心に半径数百メートルの空間の重力が、突然『数万倍』に跳ね上がった。
俺に向かって突撃してきていた飛竜たちは、見えない巨大な隕石に衝突したかのように空中で完全に静止し、次々とその巨体を「グチャァッ」という嫌な音を立てて自重でひしゃげさせていく。
「な、なんだこれは!? 飛竜が、潰れ……ッ! ギャアァァッ!」
背中に乗っていた騎士たちも例外ではない。彼らが纏っていた強固な鎧ごと、内臓と骨がペシャンコに圧縮され、血の雨となって空中に飛び散る。
だが、その血の一滴すら、俺の展開した隔離結界を抜けて下界へ落ちることはない。
「さらに、【真空断層】」
重力で身動きが取れず、空中で塊のようになっている飛竜の群れに向かって、俺は左手を水平に薙ぎ払った。
空気が極限まで圧縮された目に見えない『真空の刃』が、空を幾重にも切り裂いていく。
ズパパパパパパパンッ!!!!
「「「ギィィィヤアアアァァァッ!!!」」」
硬い鱗を誇る飛竜の翼が、首が、胴体が、まるで豆腐でも切るようにいとも容易く細切れに切断されていく。
空中は瞬く間に、百頭の飛竜と騎士たちの肉片と鮮血が飛び交う地獄のミキサーと化した。
「ヒィィッ……!? バ、バカな、こんな魔法……人間が使えるはずが……ッ!」
部隊長は、奇跡的に重力領域の範囲外にいた数頭の飛竜と共に、その凄惨な光景をただ震えながら見ていることしかできなかった。
王国最強と謳われた飛竜騎士団が、たった一人の魔術師の手のひらの上で、抵抗すら許されずに文字通り「挽肉」に変えられていく。
「あ、ありえない……。こんな、神の如き理不尽な力……まさか、お前は……ッ!?」
部隊長の顔から血の気が引き、その目に浮かんでいた傲慢さが、完全な『絶望』と『恐怖』へと塗り替えられた。
俺の顔は若返っていても、この圧倒的で規格外の魔力の波長と、複数の最高位魔法を無詠唱で同時に操る異常なスキル。
彼ら王国軍の人間なら、その力を持つ存在の伝説を嫌というほど聞かされているはずだ。
「大、大賢者……ッ!? い、生きて……バカな、あの方は5年前に……ッ!」
「お前たちのような虫ケラに、俺の名を呼ぶ資格はない」
俺は空中に漂う飛竜と騎士たちの肉片に向け、両手を組んで魔法陣を展開した。
このまま肉片を落とせば、いくら結界があるとはいえ、後始末が面倒だ。俺の街の空気をこれ以上汚させるわけにはいかない。
「【極光殲滅】――拡散」
カァァァァァァァァァッ!!!!!
俺の全身から放たれた純白の光の奔流が、無数のレーザーとなって東京の空を縦横無尽に駆け巡った。
それは熱を持たず、ただ対象の存在そのものを細胞の隙間から「浄化」し、宇宙の彼方へ消し去る究極の殲滅魔法。
光のレーザーに触れた飛竜の肉片も、飛び散った血も、騎士たちの死体も。
一瞬にしてチリ一つ、焦げ跡一つ残すことなく、文字通り『無』へと還っていった。
「あ、アァ……ァァ……」
光のシャワーが収まった後、上空に残っていたのは、部隊長とその取り巻きの数騎だけだった。
彼らは自分たちの部隊が、たった数秒の間に「最初から存在しなかった」かのように消し飛んだ現実を理解できず、ただ呆然と空中で立ち尽くしている。
俺はゆっくりと空を歩き、震える部隊長の目の前へと距離を詰めた。
大賢者の黄金の魔力が、彼の肌をヒリヒリと焼き焦がすほどの威圧感を放っている。
「ヒィッ……! く、くるな! 悪魔ァッ!!」
部隊長が半狂乱になって槍を突き出そうとするが、俺はそれを指先で軽く弾き折り、彼の首ぐらを魔力の手で鷲掴みにした。
「ガハッ……!?」
「よく聞け、クズども」
俺は部隊長の目を見据え、地獄の底から響くような声で告げた。
「お前らをここに送ったバルトと、あの円卓に座る全ての英雄どもに伝えろ。『俺の帰る場所を脅かした罪は、決して死だけでは償わせない。お前らが最も恐れる絶望を与えに、俺が直接そっちへ行ってやる』とな」
俺は部隊長の脳内に、直接その言葉を【精神刻印】の魔法で焼き付けた。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!」
部隊長は発狂したように絶叫し、飛竜の首にしがみついた。
俺が魔力の手を離すと、残された数騎の飛竜たちは、俺という存在に対する本能的な恐怖から悲鳴を上げ、尻尾を巻いて一目散に次元のゲートへと逃げ帰っていった。
彼らがゲートに飛び込んだのを確認し、俺は指を鳴らして空間の亀裂を完全に塞ぎ、修復した。
「……ふぅ」
東京の上空に、再び平和で静寂な青空が戻る。
隔離結界と認識阻害を解除すると、下界では何事もなかったかのように車が行き交い、人々が休日の朝を楽しんでいる姿が見えた。
俺の愛する「帰る場所」は、傷一つ、血の一滴すら落ちることなく守り抜かれたのだ。
俺はゆっくりと高度を下げ、タワーマンションの自室のベランダへと舞い降りた。
「宗くん……っ!!」
ベランダに着地した瞬間、リビングの中から結衣が飛び出してきて、俺の胸に強くしがみついてきた。
俺がかけた【絶対守護】の結界の中で、彼女はずっと俺の戦う姿を、祈るように見守ってくれていたのだ。
「大丈夫ですか、結衣。怖かったでしょう」
「ううん……! 宗くんが無事で、本当によかった……! あんな化け物がいっぱい出てきて、私、どうなっちゃうのかって……」
涙ぐむ彼女の背中を、俺は優しく、だが力強く抱きしめ返した。
(……やはり、このままではダメだ。奴らを一人ずつ社会的に抹殺するなどという悠長な真似をしていては、また結衣に危険が及ぶかもしれない)
俺の心の中で、復讐のフェーズが完全に切り替わった。
もはや、彼らをコンプライアンスで追い詰めるような生温い方法は取らない。
彼らが武力を誇示し、俺のテリトリーを侵したのなら。俺もまた、大賢者としての圧倒的な『暴力』と『絶望』をもって、彼らの本拠地に正面からカチコミをかけ、全てを終わらせる。
「結衣。……少しだけ、俺に時間をください」
俺は結衣の肩を優しく離し、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめた。
「俺の帰る場所を脅かした愚か者どもを、完全に、根絶やしにしてきます。……今度こそ、これが最後です」
「宗くん……」
結衣は一瞬だけ不安そうに目を揺らしたが、すぐに俺の決意を読み取り、力強く頷いてくれた。
「うん。……いってらっしゃい。絶対に、私のところに帰ってきてね。約束だよ」
「ええ。必ず」
俺は彼女と指切りを交わし、再び魔導ローブを翻した。
次に俺が開く次元のゲートの行き先は、隠れ家の地下室ではない。
かつての仲間たちがふんぞり返る、グランツヴァル王国の『王城の正面玄関』だ。
大賢者の真の怒りが、異世界の全てを焼き尽くす「総力戦」へと向かおうとしていた。




