第18話:英雄たちの疑心暗鬼。そして、別世界への逆侵攻計画
王都の中心にそびえ立つ王城。その最上階にある、王族と一部の特権階級しか立ち入ることの許されない「円卓の会議室」。
何重もの防音と対魔の結界が張られたその部屋は、今、これまでにないほど重く、息苦しい沈黙と焦燥感に支配されていた。
円卓を囲むように座っているのは、魔王を討伐し、この王国で絶大な権力を手に入れた「英雄」たち。
だが、かつて10人いたその席は、今や6人にまで減っていた。
「……ふざけるな。たった数日の間に、4人だぞ。4人の英雄が、一瞬にして社会的に抹殺されたというのか!」
重い沈黙を破ったのは、一騎当千の武を誇る【剣聖】ライオネルだった。
彼は苛立ちを隠せない様子で、分厚いオーク材の円卓を拳で激しく叩いた。
「ザンクは広場で未知の幻術によって不正を暴かれ、民衆の目の前で発狂した! ゲイルは全裸で裏帳簿と共に騎士団本部に放り出され、今や地下の拷問室行きだ! ……挙句の果てに、セリアとロイドの二人は、自らがスラムに撒いた病のウイルスに感染し、大聖堂の地下で廃人となって発見されただと!? こんな馬鹿な話があるか!!」
ライオネルの怒号が部屋に響き渡るが、他の英雄たち――【拳闘士】や【精霊使い】たちは、顔面を蒼白にして震えるばかりで何も答えられない。
彼らが直面しているのは、単なる暗殺や襲撃ではない。
相手は彼らが最も大切にしていた「地位」と「名誉」、そして「富の源泉(利権)」をピンポイントで完膚なきまでに破壊し、群衆の前にその醜い本性を引きずり出したのだ。
殺されるよりも残酷な、完全なる「社会的抹殺」。
「落ち着きたまえ、ライオネル。喚いたところで、あの4人が戻ってくるわけではない」
顔の半分を不気味なローブで隠した【黒魔術師】モルガンが、しゃがれた声で口を開いた。
「問題は、これが『誰の仕業か』ということだ。ザンクの魔導ゴーレムを指一本で粉砕し、ゲイルの究極の隠密を見破り、大聖堂の絶対防壁を無傷ですり抜ける……。これほど規格外の魔力と、我々の『裏の顔』を完璧に把握している手口。……思い当たる人物が、ただ一人いるのではないか?」
モルガンの言葉に、円卓の空気がさらに数度、凍りついた。
誰もがその名に行き着きながらも、口に出すことを極端に恐れていた「禁忌の名」。
「……大賢者だ。あいつが、生きている」
「ありえないッ!!」
モルガンの言葉を真っ向から否定し、立ち上がった男がいた。
光り輝く純白の鎧を身に纏い、腰に国宝の聖剣を帯びた男――かつて俺たちを率い、民衆から絶大な支持を集める【勇者】アレンだ。
アレンは美しい顔を憎悪と焦りで醜く歪ませ、血走った目でモルガンを睨みつけた。
「あいつは死んだ! 5年前のあの日、この俺の聖剣で確実に背後から心臓を貫いた!! この俺が、この手で確実に殺したのだ! 生きているはずがないだろう!!」
勇者の口から放たれた、あからさまな「自白」。
だが、円卓に座る他の5人は誰も驚かない。大賢者を暗殺した実行犯が勇者であり、彼らがそれを黙認し、死体を隠蔽した「共犯者」であることは、彼らの中での公然の秘密だったからだ。
「ならば聞くが、アレン。この国で、我々英雄の裏の顔を全て知っていて、かつ我々を赤子のように捻り潰せる力を持った人間が、あの大賢者以外に存在するのか?」
「それは……っ!」
モルガンの理詰めの追及に、アレンはギリッと歯噛みした。
「それに、奴が生きている証拠はもう一つある」
モルガンは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、円卓の上に投げ出した。
それは、大聖堂から発見されたという「黄金のポーション」の成分解析結果だった。
「セリアたちが倒れた翌日、王都中の患者の枕元に無償で転送配備されたという、未知の完全特効薬。……宮廷魔術師団に解析させた結果、この薬のベースとなっている魔力構造式は、かつて大賢者が好んで使っていた術式のクセと『完全に一致』したそうだ」
「な、なんだと……!?」
「そんな……じゃあ、本当にあいつが復讐に来たっていうの!?」
精霊使いの女が、恐怖のあまり両手で顔を覆って悲鳴を上げた。
大賢者の圧倒的な魔力と、底知れない知略。それを一番身近で見て、頼り切っていた彼らだからこそ、彼が本気で自分たちを殺しに来た場合の「絶望」を誰よりも理解していたのだ。
「ふ、ふざけるな……! 俺は勇者だぞ! 魔王を倒した、この世界でただ一人の真の英雄だ! 今更あいつが生き返ったところで、返り討ちにしてやる!!」
アレンが虚勢を張って叫ぶが、その声の裏には隠しきれない震えが混じっていた。
「まあ、そう怯えるな。奴が生きているのは確定的だが、我々もただ指をくわえて待っていたわけではない」
黒魔術師モルガンが、不気味な笑みを深めながら言った。
「ザンクの広場、ゲイルが捕縛された路地裏、そしてセリアたちの大聖堂。……奴が転移魔法を使ったであろう全ての座標に、私は『高位時空探査』の術式を罠として仕掛けておいたのだ。そして昨日、ついに奴の『時空の痕跡』を捉えることに成功した」
「本当か、モルガン! 奴は今、どこに潜んでいる!?」
剣聖ライオネルが身を乗り出す。
「驚くなよ。奴が転移魔法で渡った先は、このグランツヴァル大陸のどこでもなかった。……なんと、時空の狭間の先にある『全く別の異世界』に繋がっていたのだ」
「べ、別世界だと……?」
「ああ。空間の波長から推測するに、魔力の濃度は極端に薄いが、見たこともない奇妙な構造物と光に溢れた世界のようだ。……奴はそこを拠点にして、この世界へと復讐にやってきているらしい」
モルガンの解析結果は、俺がダミーの座標で完全に巻ききれなかった、ほんのわずかな「現代日本へのパス」の残滓を執念で拾い上げたものだった。
「別世界が拠点……。なるほど、だから宮廷魔術師団がいくら王都を捜索しても、奴の尻尾すら掴めなかったというわけか」
腕組みをして黙っていた屈強な男――【竜騎士】のバルトが、そこで初めて口を開いた。
彼は凶暴な笑みを浮かべ、円卓をバンッと叩いた。
「いいことを聞いたぜ、モルガン。奴がその『別世界』とやらを安全な隠れ家にしているというなら、話は簡単だ」
バルトは立ち上がり、円卓の英雄たちを見回した。
「モルガン、お前の魔法でその『別世界の座標』に向かって、強引に次元のゲートをこじ開けろ。……俺が率いる王国最強の『飛竜部隊』数百騎を、そのゲートに送り込んでやる」
「なっ……! 異世界へ、直接軍隊を送り込むというのか!?」
「ああ! 奴がどこに潜んでいようが、その別世界の街ごと、飛竜のブレスで火の海にして焼き尽くしてやる! そうすれば、奴も隠れ家を失って必ず炙り出されるはずだ!!」
竜騎士バルトの残虐極まりない提案に、会議室は一瞬静まり返った。
未知の世界への侵攻。そこにどんな人間が住んでいようと、自分たちの保身のために無差別に虐殺を行うという、英雄らしからぬ悪魔のような作戦。
だが。
「……いいだろう。やれ、バルト」
勇者アレンが、狂気に満ちた笑みを浮かべてそれを承認した。
「大賢者がどれほど強かろうと、守るべき拠点や無関係な人間を盾にされれば、必ず隙ができる。……奴の潜伏先を徹底的に蹂躙し、絶望の中で再び俺の聖剣の錆にしてやる!!」
かくして。
追い詰められ、恐怖と保身で完全に狂気を帯びた異世界の英雄たちは、「大賢者の帰る場所」――すなわち現代日本の東京へと、無差別の逆侵攻を仕掛けるという、取り返しのつかない最悪の決断を下してしまったのだった。
それが、大賢者(冴島)の『逆鱗』に触れる、決して犯してはならない禁忌であることも知らずに。




