第12話:社会的な完全抹殺。そして、大賢者の帰る場所
気絶したまま白目を剥き、口から涎を垂らしてピクリとも動かなくなった暗殺者ゲイル。
俺はその無様な姿を見下ろしながら、現代日本のビジネスで培った「もっとも冷酷で効果的な社会的抹殺」の準備に取り掛かった。
「まずは、奴の『裏の顔』を裏付ける決定的なエビデンス(証拠)の回収だな」
俺はスマートフォンを取り出し、上空に待機させていたドローンに新たな座標を指示した。
向かわせたのは、先ほどゲイルの脳から【記憶解析】で直接引きずり出した、王都の地下水路のさらに奥深くにあるという「第三アジト」だ。
ドローンが音もなくアジトの入り口に到達したことをカメラの映像で確認すると、俺はそのドローンを媒介として、大賢者の時空魔法を発動させた。
「【物質転送】」
俺が指定した空間の座標と、目の前の虚空が魔法陣によって直結する。
アジトの奥に隠されていた強固な魔法金庫。ゲイルの記憶から引き出した『栄光の光』などという滑稽なパスワードを念じるだけで、金庫のロックはあっさりと解除された。
そして、金庫の中に保管されていた大量の羊皮紙の束が、空間を飛び越えて俺の手元へとボサリと音を立てて落ちてきた。
「さて、中身の確認と行こうか」
俺はパラパラと羊皮紙の束に目を通した。
そこには、ゲイルがこれまで請け負ってきた裏稼業の全てが克明に記されていた。
政敵である貴族の毒殺依頼と、その報酬額。平民の子供を誘拐し、人体実験の素体として悪徳魔術師に売り捌いた取引記録。さらには、王国の治安を乱すためにわざと盗賊団を裏で支援していた資金の横流し記録まで。
「ご丁寧に、依頼主である悪徳貴族たちの署名や、家紋の入った蝋封まで残してある。……自分が用済みになって消されそうになった時の、脅迫用の保険のつもりだったのだろうが。これがそっくりそのまま、お前と顧客全員を破滅させる最強の証拠になるとは皮肉なものだな」
現代の国税庁の査察官や、特捜部の検事が見れば狂喜乱舞しそうな「完璧な裏帳簿」だ。
これさえあれば、暗殺者ゲイル本人はもちろん、彼に裏仕事を依頼し、甘い汁を吸っていた王国の上層部の腐敗貴族どもを一網打尽にできる。
「よし。これで物理的な証拠は揃った。……次は、お前の『自白映像』の作成だ」
俺は気絶しているゲイルの胸ぐらを掴んで無理やり上半身を起こさせ、再び彼の脳に【精神支配】の魔法を流し込んだ。
意識は気絶させたまま、口と声帯だけを操り、真実を語らせる。俺はスマホのカメラをゲイルに向け、録画ボタンをタップした。
『私は……金をもらい、反対派の〇〇伯爵を毒殺しました……! 依頼主は〇〇公爵です……!』
『スラムの平民を攫い、違法な実験の材料として売り捌いたのも私です……! 私の裏帳簿を見れば、全てがわかります……!』
焦点の合わない目を剥き出しにしながら、ゲイル自身の口から次々と語られるおぞましい罪の告白。
俺はそれを4K画質でしっかりと録画し、昨夜のザンクの時と同様に、わかりやすい**【赤と黄色のデカ文字テロップ】**と、悲壮感を煽るBGMをアプリでサクッと編集して追加した。
「完璧だ。……さあ、舞台を移そうか」
俺はゲイルが身につけていた魔法の黒装束や凶器を全て剥ぎ取り、彼を文字通り「パンツ一丁」の全裸状態にした。
そして彼と大量の裏帳簿を抱えたまま、【空間転移】で王都の中心部へと跳躍した。
◇ ◇ ◇
夜明け前の王都。
空が白み始め、朝もやが立ち込める頃。俺は王都の治安と防衛を司る『王国騎士団本部』の巨大な正門前の広場に立っていた。
俺はパンツ一丁で気絶しているゲイルを、広場の中央にある石畳の上に無造作に転がし、その周囲に回収してきた「裏帳簿」と「依頼書」の束をこれ見よがしにばら撒いた。
「仕上げだ。派手に行こうか」
俺はスマートフォンを操作し、騎士団本部の上空数十メートルに、縦十メートル・横二十メートルの【超巨大ホログラム・スクリーン】を展開した。
そして、拡声魔法と広域音響魔法を使い、王都中に響き渡るような「けたたましい大音量のアラーム音」を鳴り響かせた。
ジリリリリリリリリリリリッ!!!!
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
「おい、空を見ろ! 何か光の巨大な絵が浮かんでいるぞ!!」
早朝の警備に当たっていた騎士たちや、近くの市場へ向かおうとしていた平民たちが、爆音と空の異変に驚いて、続々と広場に集まってきた。
彼らが寝ぼけ眼で見上げた巨大なスクリーンには、魔王討伐の英雄であるはずの暗殺者ゲイルが、自身の犯した極悪非道な罪の数々を、泣き叫ぶように自白している映像が大音量で上映されていた。
『金貨千枚で、〇〇男爵の馬車に細工をしました!』
『私は英雄の特権を利用して、王都の裏社会を牛耳っていました!』
画面の下部には、ご丁寧に関与した貴族の実名がテロップでバンバン表示されている。
「ほ、本物のゲイル様だ……! まさか、本当に裏でこんな非道なことを……!?」
「おい! 広場の中央に倒れているあの男……スクリーンに映っているゲイル本人じゃないか!?」
騎士団の兵士たちが、パンツ一丁で泡を吹いて転がっている男を囲み、騒然となる。
そこに、騒ぎを聞きつけた騎士団長が、鎧をガチャガチャと鳴らしながら血相を変えて駆けつけてきた。
「何事だ! ……なっ!? なぜゲイル殿がこんな姿で! そして空のあの幻術は一体……!」
「団長! これを見てください! ゲイルの周囲に散らばっている書類を!」
部下の騎士が拾い上げた羊皮紙の束を受け取った騎士団長の顔が、みるみるうちに蒼白になっていく。
「こ、これは……貴族からの暗殺依頼書!? 賄賂の記録まで……家紋の蝋封まで本物だ! スクリーンで語られている罪の全てを裏付ける、完璧な証拠ではないか!!」
騎士団長は正義感の強い男だった。彼は震える手で裏帳簿を握りしめ、怒りに顔を真っ赤にして怒号を上げた。
「英雄の立場を悪用し、裏でこれほどの悪逆非道を尽くしていたとは……! 断じて許さん!! すぐにゲイルを捕縛し、重罪人として地下の特別牢へ投獄しろ! そして、このリストに載っている悪徳貴族たちを片っ端から拘束しろ!!」
「「「ハッ!!」」」
王国の正義を司る騎士団が、一斉に動き出した。
ゲイルは太い粗縄で何重にも縛り上げられ、群衆からの怒号と罵声を浴びながら地下牢へと引きずられていった。
彼の暗殺者としての絶対的な名声も、これまで血に染めて稼いできた莫大な富も、この一瞬で全てがドミノ倒しのように崩壊したのだ。
◇ ◇ ◇
「ふむ。これで裏稼業のインフラも完全に停止したな。……英雄たちの組織は、もはや風前の灯火だ」
俺は広場から遠く離れた時計塔の屋上の縁に座り、その様子をスマホのズーム機能で確認しながら、満足げに頷いた。
錬金術師ザンクと、暗殺者ゲイル。
この二人を完膚なきまでに破壊し、大衆の前で社会的に抹殺したことで、俺の異世界での復讐の「第1フェーズ」は完璧な形で完了した。
「……だが」
俺は時計塔の冷たい石積みに背を預け、小さく息を吐き出した。
異世界『グランツヴァル』に降り立ち、ドローンでの情報収集から始まり、二人の標的を追い詰めるまで。体感ではあっという間だったが、すでにこちらに来てから『丸三日』が経過していた。
復讐は極めて順調だ。しかし、かつての仲間を追い詰め、彼らの醜い本性や見苦しい命乞いを見るたびに、俺の心の中にはドロドロとした黒い澱のような精神的疲労感が溜まっていくのを感じていた。
「復讐というものは、味が濃すぎて胃にもたれるな。……それに、結衣に留守を頼んでからもう三日か。会社のことまで一人で背負い込んで、無理をしていないといいが」
これ以上、この血と魔力に塗れた異世界に居続ければ、俺自身がただの冷酷なバケモノに成り下がってしまいそうな気がした。
俺は夜空の二つの月を見上げ、指先で空間の座標を指定した。
「【次元跳躍】」
空間がガラスのように割れ、眩い光の扉が現れる。
俺は迷うことなくその扉をくぐり、異世界の冷たく淀んだ空気を背にした。
◇ ◇ ◇
光の扉を抜け、現代日本の俺のタワーマンションのリビングに降り立つと、そこには息を呑むほど温かい光景が待っていた。
時間は、現代日本の深夜二時を回ったところ。
薄暗いリビングの、間接照明だけが灯る最高級のソファの上。
結衣が厚手のブランケットにすっぽりと包まりながら、会社のノートパソコンを開いたままウトウトと船を漕いでいたのだ。
そして、ダイニングテーブルの上には、ラップがかけられた手作りの料理が二人分、綺麗に並べられていた。
(……俺がいつ帰ってくるか分からないからと、毎日こうしてご飯を作って、リビングで起きて待っていてくれたのか)
胸の奥が、熱く締め付けられるようだった。
俺が異世界で冷酷な復讐鬼として暗躍している間、彼女は俺の帰る場所をこうしてひたむきに守り続けてくれていたのだ。
俺が足音を殺して近づき、そっとノートパソコンを閉じようとした時。
結衣が気配に気づき、ハッと目を開けた。
「……んっ、宗くん……?」
寝ぼけ眼で俺の顔を見上げた結衣は、一瞬それが夢ではないかと自分の目をこすり、それからポロポロと大粒の涙を溢れさせた。
「宗くん……! 冴島さん……っ!!」
「ただいま戻りました、結衣。三日も家を空けて、寂しい思いをさせましたね」
結衣はソファから跳ね起きると、俺の胸にドンッと飛び込んできた。
俺は思わず彼女の細い腰を抱きしめる。
彼女のシャンプーの甘い香りと、伝わってくる確かな体温、そして布越しに伝わる涙の温かさが、異世界の冷たい空気で凝り固まっていた俺の心を、一瞬にして解きほぐしていく。
「おかえりなさい……っ! よかった、無事に帰ってきてくれて……。毎日、もしかしたらって思って、すごく怖かった……」
「ごめんなさい。でも、約束通り無傷で帰ってきましたよ。留守番、本当にありがとうございました」
「ううん。会社のこと、ちゃんとやってたよ。でも……やっぱり宗くんがいないと、部屋が広すぎて……」
結衣が俺の胸に顔を埋めたまま、上目遣いでそう言った。
「お腹、空いてない? 毎日、宗くんがいつ帰ってきてもいいように、ハンバーグ仕込んでたんだよ。温め直すから、いっぱい食べてね」
ハンバーグ。それは、どんな高級フレンチにも、異世界の豪華な宮廷料理にも勝る、俺にとっての最高のご馳走だ。
「ええ。ハンバーグは大好物です。今すぐにでもお腹が鳴りそうですよ」
俺がふっと自然な笑みをこぼすと、結衣も涙を拭って嬉しそうに微笑み、「待っててね!」とキッチンへと小走りで向かっていった。
カチャカチャと食器が触れ合う音と、デミグラスソースのホッとする匂いがリビングに漂い始める。
「やはり、ここ(現代日本)は最高だな」
二つの世界を股にかける、大賢者の極上のデュアルライフ。
次のターゲットを血祭りに上げるための活力を、俺は結衣の真っ直ぐな愛情と極上の手料理から、たっぷりと補給させてもらうのだった。




