第6話:ざまぁ完了。そしてイケオジはさらに若返る
「豪徳寺社長。ウチの会社との契約は、現在の条件より二十パーセント引き下げて継続しろ。もちろん、今後一切の不当な接待は不要だ。……それと、社長職は今月末で辞任してもらう。異論はないな?」
「ひっ……は、はいぃっ!! もちろんでございますぅっ!」
俺の淡々とした、しかし絶対的な力を持った言葉に、先程まで傲慢に振る舞っていた社長が、高級料亭の畳に額を擦り付けて無様に土下座した。
会社の過半数の株を握られ、重大な犯罪の証拠まで押さえられている彼に、拒否権などという甘えた権利があるはずもない。
「そして課長。お前が今まで会社経費を巧妙に横領し、私的な飲み代やゴルフコンペに使っていたデータも、当然このスマホに入っている」
「なっ……!? そ、そんな馬鹿な……!」
「明日の朝一番で、お前のデスクに辞表を置いておけ。さもなければ、このデータを社長室と警察署に同時に送る。特別背任罪で刑務所に入りたいなら止めはしないが?」
「……っ! わ、わかりましたぁ……!」
課長もまた、絶望に顔を歪め、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。
完全に勝負はついた。大賢者の魔法と知略、そして現代の圧倒的な財力の前に、自らの保身しか考えない小物たちが勝てる道理はない。
「行くぞ、佐々木くん。空気が濁っていて、こんな酒は不味くて飲めない」
「あ……はいっ!」
俺は呆然とその光景を見つめていた結衣の手を優しく引き、怯える二人を残して料亭を後にした。
◇ ◇ ◇
夜の東京。煌びやかなネオンが輝く大通りを、俺たちは並んで歩いていた。
涼やかな夜風が、料亭にこもっていた嫌な熱気を心地よく冷ましてくれる。
「あの……冴島さん。今日は、本当にありがとうございました。冴島さんが来てくれなかったら、私、どうなっていたか……」
結衣が立ち止まり、深々と頭を下げる。
街灯に照らされたその瞳には、安堵の涙がうっすらと浮かんでいた。
「気にするな。あんな連中がのさばって偉そうにしているのは、俺にとっても不愉快だからな」
「でも……冴島さん、投資で会社の株を買い占めるとか、あんな裏のデータを手に入れるとか、一体どうやって……?」
当然の疑問だろう。一介の中堅社員が、たった数日で上場企業の筆頭株主になり、極秘の裏帳簿を手に入れるなど、常識的に考えてあり得ないことだ。
「少し前に、優秀な情報屋と投資のプロを個人的に雇ってね。彼らに動いてもらっただけだよ」
俺はスマートに微笑み、適当な嘘でごまかして見せた。
まさか『異世界から転生した大賢者で、魔法とハッキングを駆使し、自分の隠し資金で会社を乗っ取った』などと言えるはずもない。
結衣はしばらく俺の顔をジッと見つめていたが、やがて心からの安堵とともに、パッと花が咲くような明るい笑顔を見せた。
「……やっぱり、冴島さんはすごいです! 頼りになるし、なんでも知ってるし……私、もっと冴島さんのこと、尊敬しちゃいました!」
「そ、そうか。買い被りすぎだよ」
二十四歳のうら若き女性から真っ直ぐに向けられる、純粋な好意と尊敬の眼差し。
長年、薄暗い部屋で魔法の深淵を探求する研究と、血みどろの戦いに明け暮れていた俺にとっては、少しばかり眩しすぎる光だった。
「あっ、そうだ! もしよかったら、この後少しだけ飲みに行きませんか? 私、冴島さんにお礼がしたいです。ご馳走させてください!」
「ん? まあ、俺は構わないが……俺のようなおじさんと飲んで楽しいか?」
「何言ってるんですか! 今の冴島さん、全然おじさんなんかじゃないですよ! むしろ……すごく、かっこいいです……」
最後の方は頬を赤らめ、蚊の鳴くような小さな声だったが、魔力で強化された俺の聴覚はしっかりとその言葉を捉えていた。
(……ふむ。どうやら『肉体改造魔法』の効果が、かなり顕著に表れてきているようだな)
ふと、歩道の脇にある高級ブランドショップのショーウィンドウのガラスに目を向ける。
そこに映っているのは、数週間前まで病気で枯れ木のように痩せ細っていた、白髪混じりの五十八歳の姿ではない。
背筋はピンと伸び、オーダーメイドのスーツ越しにもわかるほど胸板は厚くなっている。肌のツヤは若々しく、白髪は完全に消え去り艶やかな黒髪へと変わっていた。今の俺は、誰の目から見ても「四十代前半の、働き盛りで精悍な大人の男」にしか見えなかった。
「ふっ……悪くない人生だ」
俺は結衣の歩幅に合わせて、再び夜の街へと歩き出した。
異世界で俺を刺した裏切り者への復讐は、決して忘れていない。
だが、焦る必要はない。この肉体が完全に細胞レベルで再構築され、全盛期である二十代の『不老の肉体』へと進化を遂げるまで、今は現代日本というこの平和な世界で、少しだけ羽を伸ばさせてもらおう。
大賢者と天才投資家。二つの力を持つ最強のイケオジの現代無双生活は、まだほんの序章に過ぎないのだから。




