第5話:大賢者、財力と魔法で小悪党を蹂躙する
接待の当日。
舞台は都内でも有数の格式を誇る老舗の高級料亭。磨き抜かれた白木が美しい広々とした個室には、最高級の料理と酒が並べられていた。
しかし、その場に漂う空気は決して風雅なものではない。
上座で下卑た笑いを浮かべながら杯を傾けているのは、豪徳寺不動産の社長。そして、その横で揉み手をして卑屈に媚びへつらっているのは、ウチの無能な課長だ。
彼らの視線の先、対面の席では、結衣が血の気の引いた青い顔で身を縮こまらせていた。
「いやあ、佐々木くんは本当に美人だねえ。写真で見るよりずっといい。どうだい、この後、おじさんと二人で『良いお店』に飲みに行かないか? 業界の先輩として、色々と指導してあげよう」
「あ、あの、それは……申し訳ありませんが、明日は朝から業務が……」
「おい佐々木! 社長のせっかくのお誘いだぞ! ありがたくお受けしろ! 君の返事一つで、ウチの会社の未来が決まるんだ!」
課長が怒鳴りつけ、豪徳寺社長がニヤニヤと笑いながら結衣の震える手に触れようと身を乗り出した。結衣が絶望に目を閉じた、まさにその時だった。
スパーンッ!
個室の襖が、木枠が軋むほどの勢いで開け放たれた。
室内にいた三人の視線が一斉に戸口へ向く。そこには、高級スーツを隙なく着こなし、冷たい眼差しを向ける俺が悠然と立っていた。
「な、なんだお前は!? 冴島!? なぜ窓際の平社員のお前がここにいる! 誰が呼んだ!」
「誰だね、この無礼な男は! 警備を呼べ!」
狼狽してわめき散らす二人を空気のように完全に無視し、俺は静かな足取りで室内へ足を踏み入れた。そして、強張る結衣の隣に腰を下ろす。
「遅れてすまなかったな、佐々木くん。道が少し混んでいてね」
「さ、冴島さん……! ほんとに来てくれた……」
結衣は張り詰めていた糸が切れたようにホッとした表情を浮かべ、涙ぐみながら俺のスーツの袖をギュッと掴んだ。その小さな手は、まだ微かに震えている。
「き、貴様! 取引先の社長の前で何て無礼な真似を! すぐに出て行け! 明日付けで懲戒免職にしてやるからな!」
顔を真っ赤にして唾を飛ばす課長に、俺はゆっくりと冷酷な視線を向けた。
そして、ほんの少しだけ――気休め程度に、魔力を込めた『威圧』を放つ。
「ヒッ……!?」
「あ……う……」
途端に、課長と豪徳寺社長の顔が恐怖に引きつり、呼吸が止まったかのように硬直した。
現代社会でぬるま湯に浸かってきた彼らには到底理解できないだろう。目の前に座る男が、かつて数万の魔王軍をたった一人で殲滅し、数多の巨大な魔竜を地に這わせてきた絶対的強者だということが。
魂の格があまりにも違いすぎる。彼らの本能は今、「目の前の存在に逆らえば、次の瞬間には命がない」とけたたましく警鐘を鳴らしているはずだ。
「さて、豪徳寺社長。ウチの可愛い後輩にずいぶんと無理を強いているようだが? ビジネスの場に個人的な欲望を持ち込むとは、感心しないな」
「な、何を言うか! 私は正当なビジネスの話を……」
「ビジネス、ね」
俺は内ポケットからスマートフォンを取り出し、磨き上げられたテーブルの上を滑らせた。
画面には、幾重にも連なる複雑な数字と、数枚の決算書類の画像が表示されている。
「これは……!?」
「おたくの会社が裏で長年行っている、反社会的勢力との違法な土地転がしと、悪質な脱税の決定的な証拠だ」
昨晩、俺は【情報解析】と【電子潜入】という二つの魔法を組み合わせた。それは現代で言うところの高度なハッキングに似た手法だが、魔法の力はファイアウォールなどの物理的・電子的な防壁を完全にすり抜ける。豪徳寺不動産の最深部にある隠しサーバーから、すべての裏帳簿と不正な取引データを一瞬で引っこ抜いておいたのだ。
「ば、馬鹿な! そのデータは完全に暗号化して、外部から絶対にアクセスできないオフラインの金庫で保存されているはず……! き、貴様、これをどうするつもりだ!」
「どうもしないさ。ただ……『豪徳寺不動産の筆頭株主』として、雇われ社長の不祥事は見過ごせないと思ってね」
「……は?」
豪徳寺社長がポカンと間抜けに口を開けた。
「ひ、筆頭株主だと? ウチは一部上場企業だぞ! 個人の株主でトップは……まさか、最近市場でウチの株を異常なペースで買い占めていた、正体不明の海外投資ファンドの正体は……」
「俺の個人資産の運用口座だ」
冴島宗一が密かに残していた数十億ドルという莫大な資産。それを元手に、俺は【未来予測】や【思考加速】といった大賢者の魔法を駆使し、現代の複雑な株式市場を完全に読み切った。結果、わずか数日でその資産をさらに数倍に膨れ上がらせていたのだ。
その潤沢な資金力をもってすれば、コンプライアンスに隙のある不動産会社の株の過半数を握るなど、造作もないことだった。
「つまり、俺は今、お前の会社の事実上のオーナーだというわけだ。お前の社長のクビを物理的……いや、社会的に飛ばすことも、その違法データを警察や国税庁、メディアに一斉送信することも、俺の指先一つで決まる」
「あ……あぁ……っ」
豪徳寺社長はガタガタと全身を震わせ、ついに椅子の背もたれから滑り落ちて床にへたり込んだ。
「か、課長! なんなんだこの男は! お前のところの平社員じゃないのか!?」
「わ、私にもさっぱり……ひぃっ! 冴島、お前一体……!」
俺は、這いつくばって恐怖で縮み上がる小悪党二人に、氷のような冷酷な宣告を下した。




