第48話:後顧の憂いを断つ。そして別れの朝
それから数日後。
俺は現代日本における全ての「足場固め」と、自分が不在となる間の「事後処理」を完璧に完了させていた。
俺の個人ファンドの天文学的な資産運用と、会社の巨大プロジェクトの指揮は、大賢者の【疑似人格付与】の魔法を組み込んだ高度なAIプログラムと、俺の右腕として完璧な実務能力を身につけた結衣に一任した。
さらに、裏社会を牛耳っていた御門一族には「結衣の絶対守護」を最優先事項として魂に刻み込んでいる。表のビジネスでも裏のオカルトでも、結衣を脅かすものはもはやこの日本に存在しない。
そして、俺がいよいよ過去の因縁を断ち切るため、異世界へ旅立つ日。
澄んだ朝の光が差し込むタワーマンションの自室の玄関には、俺を見送りに来てくれた結衣の姿があった。
「本当に、準備はこれでいいの? なんだか手ぶらみたいで荷物が少ない気がするけど……忘れ物ない?」
「ええ。大抵の必要な物資や装備は、すべて【空間収納】の魔法空間に詰め込みましたからね。現代のスマートフォンや高性能ドローン、小型のソーラーパネルに予備のバッテリーも大量に持っていきますよ」
俺が仕立ての良いオーダーメイドのロングコートを羽織りながら笑うと、結衣も少し寂しそうに、けれど力強く微笑んだ。
「そっか。剣と魔法の異世界でスマホやドローンが飛んでるなんて、想像すると変な感じだけど……何事も抜け目なく合理的に準備する、冴島さんらしいね」
「向こうの世界に電波塔やインターネットはありませんが、俺の魔力を変換して無理やりローカルネットワークを構築しますから問題ありません。広域の地形把握や敵の動向の記録、それに……帰ってきた時、向こうでの景色を君に見せるためにも、カメラ機能は必須ですよ」
「うん……! 楽しみにしてるね」
俺の言葉に、結衣はパッと顔を輝かせた。
俺は磨き上げられた革靴を履き、最後に結衣と真っ直ぐに向き合った。
「結衣。少しの間、会社を空けます。……留守を頼めますか?」
「うん。任せて。冴島さんの『帰る場所』は、私がちゃんと完璧に守っておくから」
結衣は両手で俺の右手を包み込み、ギュッと力強く握りしめた。
その小さな手の温もりが、これから過酷な復讐戦へと赴く俺の心に、無尽蔵の活力と安らぎを与えてくれる。
「いってらっしゃい、私の大賢者様。……絶対に、無事に帰ってきてね」
「ええ。行ってきます」
俺は結衣の腰を引き寄せ、その額にそっと、誓いのキスを落とした。
そして、彼女の温もりを胸の奥に確かに刻み込み、振り返ることなく、広々としたリビングへと足を踏み入れた。




