第40話:大妖怪の召喚。大賢者、それを「ペット未満」と一蹴する
「驕るなよ、若造……! 貴様の力がどれほど理不尽なものであろうと、これだけは相手にできまい……!」
超重力に這いつくばったまま、長が自身の懐から、ドス黒い瘴気を放つ黒い水晶を取り出した。
それは、一族が長年かけて呪力を注ぎ込んできた封印の要。長はそれを、血のにじむ手で力任せに握り潰した。
鋭い破片が長の掌を深く切り裂き、溢れ出した大量の血と混ざり合う。自らの血肉と命を代償にした召喚の儀式。息もできないほどの、ヘドロの中に突き落とされたような凄まじい瘴気が、大広間を急速に満たしていく。
「この地下深くには、我ら御門が一千年にわたり封印し、呪力を注ぎ込み続けた『災厄』が眠っている……! 我が命を喰らい、今こそ目覚めよ!!」
空間がドス黒く染まり、大広間の奥の壁が轟音と共に物理的に崩落した。
土煙と瘴気の渦の中から現れたのは、巨大な四つ足の獣……いや、三つの首と九つの尾を蠢かせる、山のように巨大で禍々しい妖気の塊だった。
「食い殺せェ! 封印指定の大妖怪、『九頭妖狐』よ!! その圧倒的な力で、この小憎らしいガキを塵一つ残さず消し去れ!!」
『ギャルルルルルァァァァァッ!!!』
九頭妖狐が鼓膜を破るような咆哮を上げた。三つの巨大な口の奥で、周囲の酸素を奪い尽くすほどの地獄の業火が渦巻き、放たれようとしている。
その圧倒的な質量と恐ろしい妖気に、床に倒れている呪術師たちでさえ恐怖に顔を歪め、泡を吹いて気絶する者が出るほどだった。
しかし。
「……なんだ。散々勿体ぶるから、長い年月をかけて熟成されたヴィンテージワインでも出てくるのかと少しは期待したのに。ただ腐っていただけの泥水じゃないか」
俺は、本当に心底ガッカリしたように、深いため息をついた。
「これのどこが大妖怪なんだ? 異世界で魔王が飼っていた地獄の番犬の方が、まだ毛並みが良くて賢かったぞ。これではただの、狂犬病に罹った野良犬じゃないか」
『グルル……!?』
見下されたことを本能で察知したのか、九頭妖狐が激怒して巨大な爪を振り上げ、俺を喰い殺そうと飛びかかってくる。
「躾がなってないな。『伏せ』だ」
俺が右手を無造作に前に突き出した、その瞬間。
「【極光殲滅】」
俺の掌から放たれた、極太の純白の閃光が、大妖怪の巨体を完全に飲み込んだ。
轟音すら発生させない、恐ろしいほどの静寂。それは熱や物理的な破壊をもたらすものではない。呪力と瘴気で構成された妖怪の存在そのものを、細胞の隙間から完全に「浄化」し、宇宙の彼方へ消し去る、大賢者の究極の殲滅魔法。
『――ッ!?』
大妖怪は、断末魔の悲鳴を上げる暇すら与えられなかった。
純白の光が完全に収まった後、そこには妖怪の姿はおろか、焦げ跡一つ、瘴気の欠片一つ残っていなかった。
ただ、大広間の奥の壁と、その上にある何十メートルもの分厚い地層が、巨大な円筒状に綺麗にくり抜かれて消滅し……遥か上空にある東京の夜空と、冷たく瞬く星々がぽっかりと見えているだけだった。
「…………え?」
長が、ポカンと間抜けに口を開けて虚空を見つめている。
一千年の封印。一族の悲願。自らの命を懸けた最終兵器。
それらが、二十六歳のスーツ姿の若者によるたった「一撃」で、文字通り音もなく消し飛んだのだ。
「さて、狂犬の処分も終わったことだし。……お前たちの処遇を決めようか」
俺がスーツのネクタイを締め直し、冷たい視線を落とすと、長は「ア、アァァ……ッ」と情けないうめき声を上げ、そのまま完全に精神を崩壊させて白目を剥き、気絶した。
日本の裏社会を牛耳ってきた最大の闇・御門一族。
彼らが、大賢者という絶対的な理不尽の前に完全降伏を遂げた瞬間であった。




