第35話:夜の帰り道と、ラブコメを切り裂く殺意
カラオケでの打ち上げがお開きになり、すっかり深夜になった東京の街。
若手社員たちを全員タクシーに乗せて見送った後、俺は結衣と二人で、少し冷たい夜風にあたりながら歩いていた。
「はぁ〜、楽しかった! 宗くんの大人のバラード、もっと聞きたかったな」
「勘弁してください。あの後、みんなから『社長、人生何回目ですか?』ってイジられ倒したんですから」
俺が苦笑すると、結衣は楽しそうにクスクスと笑った。
少しお酒が入っているせいか、彼女の頬はほんのりと赤く染まり、街灯の光に照らされてハッとするほど魅力的に見える。
「……ねえ、宗くん」
不意に結衣が足を止め、俺のスーツの袖をそっと掴んだ。
「はい、どうしました?」
「私、今日確信したんだ。……宗くんは、私の大好きな『冴島さん』だって」
「……っ」
結衣は真っ直ぐに俺の目を見つめ上げてきた。
その瞳にはもう、一切の迷いもない。あるのは、俺という存在の全てを受け入れようとする、強く純粋な愛情だけだった。
「顔が若返ってイケメンになっても、魔法使いみたいに何でも完璧にできても。不器用で、世話焼きで、過保護なくらい私を守ってくれる……その中身は、絶対にあの優しい冴島さんだよ。ねえ、本当のこと、教えて……?」
結衣が背伸びをして、俺との距離を詰めてくる。
甘い香水と、ほんのりとしたアルコールの香りが鼻腔をくすぐった。
(……もう、誤魔化しきれないな)
大賢者の知略をもってしても、この真っ直ぐな想いから逃げることはできない。俺はついに観念し、すべてを打ち明けようと口を開きかけた。
――その瞬間だった。
ピリッ。
大賢者の魂に刻まれた『絶対魔力感知』が、背筋を凍らせるような、強烈で淀んだ「殺意」を捉えた。
(……チッ! せっかくのムードをぶち壊しやがって!)
「結衣先輩、下がって!!」
俺は結衣の腰を力強く腕の中に抱き寄せ、その場から後方へ大きく跳躍した。
直後。俺たちが先程まで立っていたアスファルトに、無音で「何か」が直撃し、すり鉢状のクレーターを穿った。
「えっ……!? きゃあっ!」
「静かに。目を閉じて、俺から絶対に離れないでください」
俺は結衣を背後に庇い、暗闇に包まれた路地裏を冷徹な目で睨みつけた。
周囲のビル風に混じって、焦げた紙のような、あるいは血の錆びたような嫌な呪力の匂いが漂ってくる。
「……コソコソと隠れるのはやめたらどうだ? 虫の羽音のように耳障りだぞ」
俺が虚空に向かって声をかけると、路地裏の影から、黒装束に身を包み、特殊な銃や禍々しい刃物を構えた十人の男たちが、まるで空間から染み出すように音もなく姿を現した。
「気づいていたか。だが、もう遅い。我らは御門の暗部、呪殺部隊。貴様と、その背後にいる女の命……ここで貰い受ける」
リーダー格の男が、感情の一切こもっていない冷酷な声で言い放つ。
御門一族が放った、現代の物理兵器と古来の呪術を極めた最強の暗殺者たち。
しかし、結衣を背後に庇った俺は、彼ら以上の絶対的な強者のプレッシャーを放ち、底冷えするような声で言い返した。
「俺の平和な日常を邪魔し、俺の女に手を出そうとしたこと。……死んで後悔させてやる」




