第34話:打ち上げのカラオケ。響き渡る「大人の歌声」
御門グループの買収完了と、今期の目標達成を祝し、俺たちのチームは盛大な打ち上げを行った。
一次会のお洒落なダイニングバーでの食事を終え、若手社員たちを中心に二次会の「カラオケ」へと流れることになった。
「宗くん、今日は一番の功労者で主役なんだから、いっぱい歌ってね!」
「あ、いえ。俺は最近の曲には疎いので、聴く専門で……」
俺は隅の席に座り、ペリエを片手にやり過ごそうとしたが、現代の若者たちのノリを回避することはできなかった。
若手社員たちが最新のJ-POPやアップテンポな曲を入れて大いに盛り上がる中、結衣がマイクを持って俺の隣に座り込んできた。
「宗くん、逃がしませんよ。はい、マイク」
「結衣先輩……俺、最近の流行りの歌は本当にわからなくてですね……」
「じゃあ、なんでもいいから宗くんの『十八番』を入れてください! ほら、デンモク渡しますから!」
結衣に強引にデンモク(電子目次本)を渡され、俺は観念した。
(仕方ない。ここは無難なバラードでも選んで、適当にやり過ごすか)
大賢者の【思考加速】で最新の曲を検索しようとしたが、音楽のトレンドまでは魔法で把握しきれていなかった。結果として、指が無意識のうちに「かつての冴島宗一」が一人でジャズバーやスナックで好んで歌っていた、少し前の時代の大人の名曲を辿ってしまった。
『♪〜〜〜』
イントロが流れた瞬間、カラオケルームの空気が一変した。
重厚なサックスの音色と、ピアノが刻む落ち着いたメロディ。画面に映し出されたのは、アップテンポな最新曲とは対極にある、酸いも甘いも噛み分けた大人の色気が漂うジャズ・バラードの名曲だった。
「……えっ?」
「ウソでしょ、社長……選曲が渋すぎない!?」
若手社員たちがポカンとする中、俺は静かに立ち上がり、マイクを握った。
そして――二十代の若者が出すような軽快な高音ではなく、腹の底から響くような、低く深みのあるバリトンボイスで歌い始めた。
「〜〜♪」
(しまった! 無意識に魂に刻まれた昔の十八番を選んでしまった上に、力が入ってしまった!)
しかし、一度歌い始めた大人の魂は止められない。
俺は目を閉じ、人生の哀愁や悲哀、そして大人の余裕を乗せた完璧なピッチとビブラートで、一曲を見事に歌い切った。長年人生の荒波を越えてきたベテラン歌手のような、重厚な歌声だった。
「…………」
歌い終わると、部屋は奇妙な沈黙に包まれた。
しかし次の瞬間、「す、すげぇ!!」「社長、歌声が渋すぎるっす!!」「プロみたい! 大人の色気やばい!」と、割れんばかりの大歓声と拍手が巻き起こった。
俺が照れくさそうに席に戻ると、結衣が肩を震わせて笑いを堪えていた。
「ふふっ……あははは! 宗くん、最高! 二十六歳の若者が歌う選曲じゃないし、何より歌い方が完全に『人生を悟った大人の男』だったよ! どこでそんな哀愁を身につけたの?」
「お、お恥ずかしいところを……。叔父のレコードを聴いて育った影響が……」
「でも……すごく、カッコよかった。あの冴島さんが歌ってた時と同じくらい、胸の奥に響いたよ」
結衣は俺の耳元でそっと囁き、悪戯っぽく、けれど優しく微笑んだ。
その瞳には、もはや俺の正体への疑惑ではなく、全てを受け入れたような確かな「愛情」が宿っていた。
だが、この甘く幸せな時間の裏側で――。
俺たちが盛り上がるカラオケ店の外、暗闇に包まれた路地裏には、御門一族が放った「十人の呪殺部隊」が、冷たい殺気を放ちながら完全に包囲網を敷き終えていたのだった。




