第33話:結衣のカマかけと、ボロを出す大賢者
翌日のオフィス。
午前中の業務を終え、昼休みに自分のデスクでお弁当を食べていた時のことだ。隣の席の結衣が、不意に思い出したように話しかけてきた。
「そういえば宗くん。以前、冴島さん(おじさん)が担当していた『星野リゾート』の大型案件の資料、どこにあるか聞いてませんか? 今回のプロジェクトの参考に、過去のデータも見ておきたいんですけど」
「星野リゾートの案件ですか? ああ、それなら……」
俺は【記憶検索】の魔法など使うまでもなく、冴島宗一として現場で働いていた当時の鮮明な記憶を、スラスラと口にしてしまった。
「俺のデスクの二段目の引き出しの、一番奥にある青い背表紙のファイルにまとまっていますよ。あの時は先方の担当者が途中で急に変わってしまい、予算の再計算と図面の修正で連日徹夜が続いて、本当に苦労しましたからね。特に、プレゼンの前日の深夜にオフィスのプリンターが紙詰まりを起こして完全に壊れた時は、もうダメかと目の前が真っ暗になりましてね。結局、近くのコンビニまでUSBメモリを握りしめて全力で走って――」
「…………」
「……あ」
俺が意気揚々と当時の血の滲むような苦労話(おじさんだった頃の実体験)を、重みのある実感とともに熱く語り終えた時、結衣が弁当の箸を置き、ニヤニヤと口角を上げながら俺を見ていた。
「へぇ〜。その星野リゾートの案件って、たしか『8年前』の話ですよね?」
「ええ、まあ。そうですね」
「宗くん、今26歳ですよね? 8年前って、宗くんはまだ高校生のはずですけど。……どうして、そんなリアルな徹夜の苦労話や、深夜にプリンターが壊れてコンビニに走った時の絶望感まで、まるで『自分の体験談みたいに』知ってるんですか?」
「っ!!」
背筋に冷たい汗がツーッと流れた。
完璧なトラップだった。結衣はわざと過去の俺自身の案件を持ち出し、俺が「体験談」として語ってしまうよう、見事なカマをかけたのだ。
「そ、それは……! 叔父から、まるで昨日のことのように熱く語り聞かされていたので! ビジネスマンとしての教訓として聞いておけと言われて、つい深く感情移入して語ってしまったと言いますか……!」
「また叔父さんですかぁ〜? 宗くんの叔父さん、本当に何でもかんでも甥っ子に話しすぎじゃないですか? プリンターの紙詰まりの愚痴や絶望感まで共有するなんて、いくらなんでも仲良すぎですよ?」
結衣はジト目で俺を責め立てながらも、その口角は完全に楽しそうに上がりきっている。
「宗くん……ううん。あなた、本当は……」
「ゆ、結衣先輩! 午後の会議の準備をしましょう! ほら、もうすぐ昼休みが終わりますよ! 資料の最終チェックが残っています!」
俺は立ち上がり、必死に話題を逸らしてPCの画面に逃げ込んだ。
心臓がバクバクと早鐘を打っている。大賢者の数百年単位の知略をもってしても、恋する乙女の「観察眼」と「鋭すぎる直感」の前には、どんな防御の魔法陣すら役に立たなかった。
結衣が抱いていた「宗くんの中身は冴島さんだ」という疑惑は、この一件でほぼ確信に近いものへと変わっていた。
圧倒的な力でビジネスや裏社会を無双する大賢者も、現代日本のオフィスラブという戦場においては、完全に彼女の掌の上で転がされているのだった。




