第28話:結衣の揺れる心と、暗闇の歯ぎしり
「あー、お腹痛い。笑いすぎちゃった。ごめんなさい、宗くん」
ショッピングの合間の休憩。モール内にあるお洒落なオープンカフェで向かい合って座り、ラテアートが描かれたコーヒーを飲みながら、結衣がまだ思い出し笑いをしてクスクスと肩を揺らしている。
俺は居心地の悪さを誤魔化すように、静かに咳払いをしてアイスコーヒーのストローを咥えた。
「……叔父は、地に足のついた堅実な生き方を好む人でしたからね。幼い頃から一緒にいた俺にも、すっかりその価値観が移ってしまったんですよ。若気がないと笑われても仕方ありません」
「ふふっ。でも、いいです。私、嫌いじゃないですよ。仕事の時はあんなに完璧で隙がない宗くんが、そういう実用性重視のベテランみたいな発言をしたり、不器用な一面を見せたりするの……私、なんだかすごく安心しますから」
「結衣先輩……」
「仕事の時は本当に凄くて、どんなトラブルも魔法使いみたいにパパッと解決しちゃうのに。普段はちょっと抜けてて、誰よりも優しくて、私のことをいつも気遣ってくれる……。それって、私がずっと尊敬してたあの冴島さんと、本当にそっくりだから」
結衣は温かいコーヒーカップを両手で包み込みながら、少し潤んだ、けれど真っ直ぐな瞳で俺を見つめた。
(見た目は20代のイケメンで、中身はおじさんの冴島さん……。やっぱり、宗くんの中に冴島さんを感じちゃう。もし、本当にそうだったとしたら……)
俺の【読心】の魔法が、彼女の胸の奥底で渦巻く感情を掬い上げる。
かつての上司に対する深い尊敬と、目の前の青年に対する恋心。それらが複雑に混ざり合い、彼女の中で一つの「確信」へと近づこうとしているのが手に取るようにわかる。
俺の正体がバレるのも、もはや時間の問題かもしれない。
だが、今のこの甘く穏やかな、一人の男として向けられる温かい好意の時間を、俺はもう少しだけ手放したくなかった。
◇ ◇ ◇
俺と結衣が、光溢れる表の世界で平和な休日を謳歌していたその頃。
東京の地下深く。何百年も前に呪術によって作られた、御門一族の隠れ里である巨大な地下空間では、凄まじい怒声が反響していた。
「我らの表の企業が完全に潰されただと!? 隠し口座も全て凍結され、特捜のメスが入っただと!? ええい、何百年もかけて築き上げた我ら御門一族の表の顔が、たかが数日で崩壊するとはどういうことだ!!」
和風の豪奢な広間の中央で、一族の長である白髪の老人が、怒りに任せて神聖な祭壇を蹴り飛ばしながら絶叫する。
周囲に平伏して控える数十人の高位呪術師たちも、予想だにしなかった一族の危機と、長が発するおぞましい呪力のプレッシャーに、恐怖と焦燥で顔を青ざめさせていた。
「お、長。このままでは一族を維持するための資金が完全にショートしてしまいます! 警察やメディアへの情報漏洩の手際、そして市場での株の空売り……あの冴島宗という若造の個人ファンドが、裏で完全に糸を引いているのは確実です!」
「わかっておるわ!! 我ら大御門をコケにし、一族のシノギを根こそぎ奪い取ったあの小憎らしいガキ……もはや、間接的な呪いなどという生温い手段は使わん!」
長は血走った目をギラギラと輝かせ、ギリギリと歯が砕けんばかりに歯ぎしりをした。
「我らにはまだ、古来より伝わる強力な『式神』と、選りすぐりの暗殺者を集めた呪殺部隊がおる。……物理と呪術の両面から、あの若造を、そして奴の周囲にいる女もろとも、確実に呪い殺して肉片に変えてくれるわ!!」
大賢者の無慈悲な「ビジネス包囲網」によって経済的に完全に干上がった現代日本の闇が、ついに手段を選ばない実力行使へと打って出ようとしていた。




