第22話:抑えきれない恋心と、迫り来るオカルトの影
超高級フレンチレストランでの夢のようなディナーを終えた後。
俺たちは酔い覚ましも兼ねて、東京の夜景が綺麗に見渡せる静かな公園の遊歩道を並んで歩いていた。
火照った頬を撫でる秋の夜風が心地よく、二人の間には、言葉にするのももどかしいような、甘く柔らかな沈黙が流れている。
「……宗くん」
不意に、結衣が歩みを止め、俺のスーツの袖をギュッと力強く掴んだ。
「はい、どうしました?」
「私、最初はあなたのこと、本当にただの『冴島さんの優秀な甥っ子さん』だとしか思ってませんでした。仕事が完璧にできて、かっこよくて、超一流のエリートで……私なんかとは住む世界が違う、絶対に釣り合わない人だって」
結衣は俯いたまま、ぽつり、ぽつりと、心の奥底に秘めていた想いを吐露し始めた。
「でも、一緒に仕事をしていくうちに……あなたが時々見せる、20代とは思えないほどの深い包容力や、私のちょっとした体調の変化にまで気づいてくれる過保護なまでの優しさを見て……ずっと、思ってたんです」
彼女はゆっくりと顔を上げた。街灯のオレンジ色の光に照らされたその瞳はうっすらと潤みを帯び、俺の目を真っ直ぐに、逸らすことなく見つめ上げてくる。
「宗くんの中身は、本当は、私を助けてくれたあの『冴島さん』なんじゃないかって」
「……っ」
俺は思わず息を呑んだ。
大賢者の完璧な魔法の偽装と、戸籍すら書き換えた現代の電子偽装。それら全てを、目の前にいるうら若き乙女の「直感」と「想い」は、いとも容易く凌駕してしまったのだ。
「もし、私の勘違いじゃなかったら。……もし宗くんが、おとぎ話に出てくるような魔法使いや、全然違う世界の誰かだったとしても……私は……」
結衣が背伸びをして、俺との距離を一歩、また一歩と詰めてくる。
ふわりと、彼女の髪から香る甘い香水と、先程飲んだヴィンテージワインの芳醇な香りが鼻腔をくすぐった。
(いかん! 外見は20代の青年でも、俺の中身は長年孤独だった58歳の男だぞ。こんなに真っ直ぐな想いを向けられて、俺の心臓が持つだろうか)
この純粋な想いに、どう答えるべきか。
大人の男として、彼女を傷つけない最適解を探し求め、激しく葛藤していた――まさにその時だった。
ピリッ。
俺の魂に刻まれた大賢者の『絶対魔力感知』センサーが、背筋を凍らせるような――いや、下水溝の泥とヘドロを煮詰めたような、強烈で淀んだ「悪意ある気配」を突然捉えた。
(……!! なんだ、このどす黒い気配は。以前、俺の周囲を嗅ぎ回っていた下級の式神とは比べ物にならない。強大で、おぞましい呪力の塊……!)
「結衣先輩、俺から離れないで!!」
俺は結衣の細い腰を力強く腕の中に抱き寄せると、その場から後方へ向かって大きく跳躍した。
直後。俺たちが先程まで立っていたコンクリートの地面が、見えない「巨大な獣の顎」によって、音もなく、ごっそりと抉り取られたのだ。
「えっ……!? きゃあっ!」
何が起きたのか理解できず、結衣が俺の胸の中で悲鳴を上げる。
「チッ……。せっかくの良いムードだったというのに、無粋にも程がある」
俺は結衣を背後に庇い、冷たく研ぎ澄まされた視線で暗闇の奥を睨みつけた。
公園の鬱蒼と茂る木々の影から、ズルズル、カサカサと不快な音を立てて這い出てきたのは、全長数メートルはあろうかという、巨大な「百足」の形をした怨霊の集合体だった。
『……ミツケタ、ゾ……。ミカドノ、テキ……コロス……』
「御門一族……か。どうやら、先日放ってきた偵察の式神をデコピンで潰してやっただけでは、俺との実力差を理解できなかったようだな」
俺は深くため息をつき、スーツのネクタイを少しだけ緩めた。
「結衣先輩。怖いでしょうから、少しだけ目を閉じていてください。……すぐに、この不快なゴミを掃除しますから」
最高潮に達しようとしていた時間を、こんな薄汚い呪術で邪魔されたことへの静かな怒り。
大賢者の絶対的な『怒りの魔力』が、秋の夜の公園を冷ややかに包み込み始めていた。




