第23話:ラブコメを阻む巨大百足と、極小の断絶魔法
夜の静寂に包まれた公園。先程までの甘い雰囲気を文字通り食い破るように現れたのは、無数の人間の怨念を寄り代にして作られた、数メートルに及ぶ巨大な百足の怨霊だった。
『グル、ルルル……! ミカドニ、サカラウモノ……クイツクス!』
無数の足をわさわさと蠢かせ、ギリギリとガラスを引っ掻くような不快な音を立てながら、百足の怨霊が巨大な顎を大きく開き、俺たち目掛けて一直線に飛びかかってくる。
背後に庇われた結衣は、恐怖で固く目を閉じながらも、俺のスーツの背中をギュッと強く握りしめていた。その手が小刻みに震えているのが伝わってくる。
(……よりによって、こんな下等な代物が俺の時間を邪魔をするとはな)
俺は結衣を片手で背後に抱き寄せたまま、もう片方の手を、迫り来る怨霊へと無造作に向けた。
こんな都心の目立つ場所で派手な炎や雷の魔法を使えば、現代社会の厄介な騒動になりかねないし、何より結衣を怖がらせてしまう。ここは、音も光も出ない洗練された魔法で瞬時に処理する。
「【極小・空間断絶】」
誰にも聞こえないほどの小声で呟いた、その瞬間。
俺の頭を食いちぎろうと迫っていた巨大百足の動きが、空中でピタリと停止した。
直後。空間そのものを極薄の刃で切り裂く大賢者の魔法によって、怨霊の巨体が「縦・横・斜め」の何十ものブロック状に音もなく切断され、ボトボトと無様な音を立てて地面に崩れ落ちた。
「ギ、ギャアアアァァァァァッ!!?」
細切れにされた怨霊が、断末魔の不気味な悲鳴を上げながら、黒い霧となって霧散していく。
しかし、ただ倒して終わらせるほど、大賢者は甘くない。俺は霧散していく呪力の「繋がり(パス)」を魔力眼で瞬時に逆探知し、遠く離れた地下にいるであろう術者に向かって、強烈な『大賢者の魔力波動』をほんの少しだけ送り込んだ。
それは、相手の精神を直接恐怖で殴りつける、強烈な警告の波動だ。今頃、これを遠隔で操っていた御門の術者は、脳髄を焼かれるような激痛に白目を剥いて泡を吹き、気絶していることだろう。
「……終わりましたよ、結衣先輩。もう目を開けても大丈夫です」
「え……?」
結衣が恐る恐る、ゆっくりと目を開ける。
そこには、先程まで彼女を恐怖させていた巨大な化け物の姿は跡形もなく消え去っており、ただ静かで平和な夜の公園の風景が広がっているだけだった。
「あの……さっきの、すごく大きな虫の化け物は……?」
「ああ。少しばかりタチの悪い野生動物が迷い込んでいたようですが、叔父から譲り受けた『強力な護身用フラッシュライト』の光で追い払いましたよ。最近は都心にも厄介な獣が出ますからね」
「そんな光だけで追い払えるような生き物じゃなかったですよ!? 地面までえぐれてたのに!」
結衣の涙声混じりの的確なツッコミが、夜空に響き渡る。
まだ少し震えている彼女の肩をそっと抱き寄せ、俺は安心させるように落ち着いた声で囁いた。
「大丈夫です。どんな危険が迫ろうと、俺が必ずあなたを守りますから」
「宗くん……」
俺の真っ直ぐな言葉に、結衣はホッとしたように少しだけ頬を赤くし、ギュッと俺のスーツを掴む手に力を込めた。
邪魔に入ったオカルトの襲撃すらも、吊り橋効果という名のスパイスに変えて。二人の関係は、確かな信頼と愛情のもとに深く進行しつつあった。




