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3-40:合流

 重い。

 腕の中のオルダは、想像以上に軽い。

 ――それが、余計に重かった。


「……オルダ、すぐ治療するから…待っててね」


 返事はない。

 かすかな駆動音と、不規則に明滅する視界表示だけが、かろうじて“生”を示している。

 中央ラボまで、あとどれくらいか。

 距離の感覚は、すでに曖昧だった。

 瓦礫を踏み越える。

 崩れた壁を、肩で押し退ける。

 そのたびに、オルダの身体が小さく揺れた。


「……っ」


 わずかに、反応。


「……大丈夫だ。もう少しだ」


 言い聞かせる。

 自分にも、オルダにも。

 ――メルキュリアの漏出。

 ――フレーム損壊率、限界域。

 ――内部機構、複数箇所で機能停止。

 冷静な分析が、淡々と並ぶ。

 だが――

 遅れるな。

 止まるな。


「……絶対に死なせない」


 その言葉だけが、異様な熱を帯びていた。

 遠くで、爆ぜる音。

 足が止まる。

 反射。

 周囲を走査。

 ……敵性反応、なし。

 だが――


「……近いな」


 金属音。

 規則的な破壊音。

 戦闘。

 仲間か。

 それとも――敵か。

 一瞬の逡巡。

 だが、即座に切り替える。


「……合流する」


 中央ラボへ直行するよりも、安全圏の確保が先だ。

 この状態で奇襲を受けるわけにはいかない。

 進路を変える。

 音の方へ。

 見えた。

 崩れた建造物の隙間。

 揺れる煙。

 ――六人。

 テルル、レミナ、メイズ、リュード。

 そして――見知らぬ男女のドールズ。


「……誰だ?」


 意匠で分かる。

 サイベリオン社製。

 敵意は――薄い。

 だが、断定はできない。

 ジェンはオルダをそっと地面へ寝かせる。

 同時に、短剣アスペラを握る。

 男型。無駄のない構え。

 女型。しなやかで鋭い重心。

 ――強い。

 明らかに猛者。


(……だが、今は)


 レミナと合流する方が先だ。

 不用意な戦闘は避ける。

 判断は一瞬。


「皆、こっちだ!」


 右手を大きく振る。

 アスペラが青白く発光する。


「……ジェン……!」


 テルルの声。

 一直線に駆けてくる。


「ジェン、会いたかった……!」


 その身体は、ひどく傷だらけだった。

 ジェンは、そのまま抱き止める。


「テルル……僕も、会いたかった……」


 細い身体の震えが、伝わる。

 レミナも、その後ろに続く。

 メイズは一歩引いた位置。

 視線だけで全体を測っている。

 そして――


「……ジェン様、お初にお目にかかります」


 初対面の声。

 整いすぎた立ち姿。

 隙のない姿勢。

 ――エルド。


「……君たちは、誰?」


 短く問う。


「同行者です」


 メイズが即答する。


「敵ではありません。現時点では」


 “現時点では”。

 ――十分だ。


「……そうか」  


 深くは聞かない。

 今、優先すべきは一つ。


「レミナ」


 呼ぶ。

 即座に彼女は前へ出た。


「オルダが……」


 その視線が落ちる。

 次の瞬間――


「……嘘……」


 レミナが崩れた。

 ずっと張り詰めていたものが、一気に切れる。


「オルダ……嘘でしょ……」


 ボロボロと、メルキュリアの銀の涙が零れ落ちる。

 震える手で、頬に触れる。

 大好きな存在。

 その無惨な姿。

 Δ型である自分でも――修復できるか分からない損傷。

 それでも、なお“生きている”。 


「……これは、いけませんね」


 メイズの声。

 エルドとジュノへ、わずかな視線。

 ジュノがすぐに動く。

 取り乱したレミナを支え、ゆっくりと立ち上がらせる。


「レミナ、中央ラボに戻りましょう。気持ちは分かりますが、今すぐにあなたの治療が必要です。泣いている暇が惜しい」


 メイズの冷静な言葉。

 だが、乱暴ではない。


「うん……うん……私が、しっかりしないと……」


 鼻をすすりながら、白衣の袖で涙を拭う。

 テルルも、それを見て涙をこぼす。

 リュードは――何も言わない。

 ただ、黙って見ていた。

 言葉が出ない。 


「私が担ぎましょう」


 エルド。

 迷いのない動きで、オルダを持ち上げる。

 ジェンも手を貸す。

 胴体を支える。

 脚部をエルドが担ぐ。


「君たちは、多分ガデンツァだよね。二人とも、名前は?」


「私はエルド。彼女はジュノです」


「そっか。君たちがテルルたちを助けてくれたの?」


「そうです」


 短い肯定。

 ジェンは、テルルを見る。


「エルドさんと、ジュノさん、すっごく強いよ!長い銃で、バーンって!」


 涙を拭いながら、それでも笑う。


「そっか。テルルを助けてくれて、ありがとう」


 まっすぐな感謝。


「あなたは……我々を疑わないのですか?」


「いや、怪しいと思っているよ」


 ジェンが少し、笑う。


「でもさ、大事な仲間を守ってくれた人たちに、すぐ敵意を向けるなんて僕には無理だ。何か狙いがあるのだろうけど、それでも助けられた事実は変わらない」


 数秒の沈黙。


「……そうですか」


 背中を向けているため、その表情は分からない。

 エルドの声は、わずかに低かった。 


「僕はジェン。ジェン・アルタイル。この島のリーダーだ。どうぞ、よろしく」


「光栄でございます、ジェン様」 


 そのやりとりを、全員が静かに聞いていた。

 中央ラボまでは、まだ遠い。

 それぞれが、それぞれの思いを抱えたまま――

 足を進める。

 振り返らない。


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