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3-39:微笑む案内人⑦

「ちょっと待って。流石にこの怪我で動かれたら、メルキュリアがさらに漏出しちゃうから…」


 言い終えるより早く、レミナは膝をついていた。

 迷いのない手つきでメイズとリュードの損傷を確かめ、そのまま応急処置へ移る。


「メイズはともかく、リュードは本当に無茶な戦い方するわよね」


 呆れを含んだ声とは裏腹に、その動きに一切の淀みはない。

 小瓶からメルキュリアを吸い上げ、躊躇なくリュードの腹部へ針を差し込む。


「………」


 リュードは何も言わない。

 ただ、下唇を噛み締めていた。

 回復してもらう立場だという自覚も、感謝もある。

 ――それでも、この場は妙に落ち着かない。

 脳裏にこびりつくのは、つい先ほどの出来事。

 ロキシィに身体を操られた感覚。

 そして現れた、同じ“ガデンツァ”所属を名乗るエルドとジュノ。

 しかも――全員がサイベリオン社製。


(……信用できるかよ)


 疑念は消えない。


(まあでも……メイズもサイベリオン社か…)


 横目で見る。

 変わらぬ冷静さを湛えた横顔。

 サイベリオン社――“風雅なる死神”。

 選び抜かれた高性能ドールズのみを輩出する異質な企業。

 燕尾服、スーツ、メイド服。

 統一された意匠が、その存在を否応なく際立たせていた。


「終わったか?」


 注入が進むにつれ、感覚が戻ってくる。

 損傷は残る。だが――戦える。

 続いて、メイズにも同様の処置が施される。


「いつも苦労をかけます」


 申し訳なさそうな微笑み。


「リュードもメイズみたいに、お礼くらい、言おう?」


 テルルが頬を膨らませて詰め寄る。


「……助かったよ」


 短く、ぎこちない一言。

 レミナは小さく息を吐き、口元を歪めた。


「私が居なかったら、三十回は死んでるわよ〜」


 軽口。だが、事実だ。

 リュードは肩をすくめるしかなかった。

 ――処置が終わる。

 六人は焼け焦げた広場を後にした。

 崩れた構造物の隙間を縫うように進む。

 響くのは足音と、遠くで爆ぜる金属音だけ。

 先頭はメイズ。

 その半歩後ろにエルド。

 視線は交わらない。

 だが、互いに“見ている”。

 探り合い。均衡。

 リュードは苛立ちを押し殺し、何度も舌打ちを飲み込む。


(気に食わねぇ……)


 背後へ鋭い視線を投げる。

 ――だが、理解もしている。

 敵であれば、すでに終わっている。

 あの圧。完成度。

 隙のない動き。

 それが分かるからこそ、腹立たしかった。


「……前方、反応がありますね」


 ジュノが足を止める。

 その手は、わずかに震えていた。

 だが、声は正確だ。

 メイズが即座に手を上げる。


「数は?」


  「三……いや、四。移動速度から見て、ζ型でしょう」


「距離は?」


「およそ三百。こちらへ接近してます」


 空気が一変する。

 レミナとテルルが後方へ。

 メイズは無言で周囲を把握し、退路と遮蔽物を瞬時に組み立てる。

 エルドが前へ出た。


「ここは私が――」


「待ってください」


 即座に制止。


「単独行動は避ける約束です」


「……失礼しました」


 わずかな沈黙。


「では、私たちで迎撃させてください。メイズ様とリュード様は完治ではありませんので」


「ええ。戦力の把握も兼ねて、見せてください」


 メイズの言葉に、エルドとジュノが静かに頷く。

 ――直後。

 瓦礫の影から、ζ型が姿を現した。

 歪んだ装甲。損壊したフレーム。

 だが、その動きは鋭い。


「来るぞ!」


 リュードの声と同時に――戦闘が始まった。

 最初に動いたのはエルド。

 発砲。

 先頭の頭部が消し飛ぶ。


「まずは一体」


 だが、残る三体が即座に散開。

 ――銃声。

 気づいた時には、ジュノが背後を取っていた。

 正確すぎる一撃。関節が砕け、崩れ落ちる。


「……速ぇ」


 リュードの呟き。

 だが、見惚れる暇はない。間髪入れず次が来る。

 二体同時の特攻。

 エルドが跳躍した。

 次の瞬間――地面が抉れる。

 踏み込み。

 加速。

 抜き放たれた銃剣が閃く。

 二体まとめて吹き飛ぶ。

 装甲が砕け、内部フレームが露出する。

 間合いを詰める。

 連撃。

 重い。速い。正確。

 ――破壊が、積み上がる。

 数秒後。

 動くものは、何も残っていなかった。

 沈黙。


(……バケモンかよ)


 リュードは歯を食いしばる。

 ジュノも強い。

 だが、エルドは――別格。

 ジェンと同じ。

 いや、それ以上とさえ感じる圧倒的な戦闘力。

 一連の動きを見届け、メイズは納得したように頷いた。


「お見事ですね」


「恐縮です」


 エルドは頭を下げる。

 誇りも慢心もない。

 ――それが、異様だった。


「はぁ…怖かった……」


 その隣で、ジュノが小さく息を吐く。

 震えは、まだ消えていない。

 対比が際立つ。


「……これで分かっただろ」


 リュードが低く言う。


「こいつが敵に回ったら、終わりだ」


 否定はない。

 メイズは静かに目を細めた。


「ええ。だからこそ――今は味方である価値がある」


 エルドへ向き直る。


「改めて確認します。あなたは我々と行動を共にする意思がある」


「もちろんでございます」


 一歩、踏み出す。


「では――海側へ向かって、ジェンと合流しましょう」


 空気が、わずかに揺れる。


「ジェン……無事かな……」


 テルルの声。

 レミナがその肩に手を置く。


「大丈夫。ジェンの強さは、テルルが一番分かっているでしょ。うちのリーダーなんだから」


 エルドが静かに言う。


「ジェン様……私と同じγ型個体ですね」


「知っているのですか」


「ええ。情報を持っております」


「――γ型と戦ったことは?」


 短い沈黙。


「いえ。ですが――」


 視線が遠くへ向く。


「一度手合わせ願いたいですね」


 その言葉を、誰も軽く受け取らなかった。

 味方。

 だが――同格。

 張り詰めた均衡は、まだ崩れない。

 それでも。


「行きましょう」


 メイズが歩き出す。

 誰も止めない。

 瓦礫の街を抜け、六人は海へ向かう。

 疑念を抱えたまま。

 それでも――歩みだけは止まらなかった。


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