7-2
新月の闇に包まれているはずの館。
その三階にあるホールは昼間のように煌々と光を放っていた。
静かに炎が燃え広がって煙で視界がきかない中、魔物たちの襲撃から少年たちが逃げ回っていた。
先陣を切っていたダイス・グストフが、ハンカチで覆った口元で呻いた。
「ゲホッ、ゴホッ……くそっ、出口どこだ?」
「アモルさん……お父様! どこ?」
「魔物に追われるうちにはぐれちゃったね……でも、今は僕たちの安全を確保しないと」
不安がるティナを励ましながら、しかし、マクウェルも不安を募らせるばかりだった。
ベシルバードやエルバンス魔法学院の教師たちに対抗していたアモルは、異界のエネルギーを使って極限まで自分の身体を酷使していた。
ベシルバードが水龍の魔法を放ったときには、立ち上がることもできないほど疲弊していた。
それは一方のベシルバードたちも同じだろう。
異界のエネルギーを使ったアモルの攻撃に対して、自分たちの魔力を使って限界まで抵抗していたのだ。
魔法使い協会の上議員長といえど、身体に蓄積したダメージは相当だったはず……。
(無事でいて……アモル。頼むから……!)
「なぁ。今、この館にいる魔物たちが外に解き放たれたら、俺たち、どうなっちゃうんだ? 学校のみんなは? スラムのガキどもは? この世界は──……」
いつになく切羽詰まった顔のダイスが言った。
その背後、炎に紛れて、蛇の尻尾をうねらせた怪鳥たちの群れが急降下で近づいてくるのを見て、マクウェルは叫んだ。
「……っ! 二人とも、逃げ……!」
異形の猛禽類たちがぞろりと牙を生やしたくちばしで若い新鮮な肉をついばもうとした刹那。
「グギャアッ!」「ギャーアッ!」
「……!?」
折れた机の脚でぶん殴られて、怪鳥たちが宙に飛び去っていく。
ダイスたちをその身でかばったのは、白髪頭を引っ詰めた眼鏡の女教師だった。
「せ、先生……教頭先生! 背中から血が……」
「情けない声を出すんじゃありません。たいした傷ではありません……っ。それに──……生徒を守るのは教師の務めです」
肩で息をしながら、フロリンズが言う。
魔力切れを起こしかけて立っているのもやっとのはずだった。
「たとえこの世界が魔物の恐怖に脅かされたとしても、貴方たちのことは守ります。それが大人たる者、力ある者の責務です」
「……いやぁ、かっこいいね。いいとこ、取られちゃったな」
場違いな拍手の音がした。
見れば、こちらも満身創痍の紳士がたたずんでいる。
「お父様!」
「……ベシルバード! 生きていたのですか……」
「力ある者の責務、ね。君、学級委員長のときも同じこと言ってなかった?」
「な、何十年前の話ですかっ」
「ベシルバードさん、アモルは?」
マクウェルが勢い込んで言うと、ベシルバードは片眉を上げた。
「途中ではぐれてしまった……君たちの方に行ったんだと思っていたんだが」
「……っ! くそっ。どこ行ったんだよ、あいつ」
ダイスが悪態をつくのに、ベシルバードが苦々しい表情をちらつかせる。
だが、すぐにその苦渋を引っ込めた。……後悔するのは、後だ。
「さて。君のように勇敢な女性は僕が守ろう」
「……っ! 相変わらず、浮ついたひとですね」
手近な棒を掲げて怪鳥たちに向かって宣戦布告したベシルバードとフロリンズが背中合わせで共闘する。
お互い、魔力が底を突いて、もうろくに魔法も使えない。
それでも背中を守り合うことぐらいはできる。
「抗いましょう……この命ある限り」
フロリンズの年月を経ても凛とした声に応えて、ベシルバードが口元に笑みを刻んだ。
ひとと魔物──絶望的な彼我の戦力差を知りながら……。




