↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いと業火の娘  作者: 深月(由希つばさ)
第6章 断罪の鎌

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/61

6-2

 放課後──

 リリーとティナは街外れにある幽霊(ゆうれい)館(やかた)を訪れた。

 陽の光の下で見ると、館はいかにも廃墟(はいきょ)然として荒廃(こうはい)しきっている。

 錆(さ)び付いて傾きかけた鉄柵(てつさく)が風が吹くたびに揺れてキィキィと嫌な音を立てるのをやり過ごして、二人は草が伸び放題の中庭に足を踏み入れた。



「こ、ここって、女の子の幽霊(ゆうれい)が出るって噂(うわさ)があるとこですよね。ティナさん、こんなところに来たんですか?」



 我ながら白々しいと思いながら、リリーは目当ての人形を探して草を掻き分けた。

 リリー自身は「女の子の幽霊」の正体を知っている上、この館には毎晩のように通っている。

 けれど、それをティナに知られるわけにはいかない。



「いえ。私じゃなくてランちゃんが……うぅ、やっぱりなんでもないですっ」


「……?」



 少し離れたところで枯れ井戸の中を覗(のぞ)き込んでいたティナはぽつりと呟(つぶや)いた。



「……それに、幽霊(ゆうれい)じゃなくて、アモルさんとリリーさんが逢(あ)い引きしてるとこです……」



 少女の声は風に掻き消されて、リリーの耳には届かなかった。

 女子二人で探すには広い中庭で小さな人形を探し回って、そろそろ腰も痛くなってきた頃、二人は建物の裏手に回ることにした。

 一日一日と、日照時間がだんだん短くなってきて、太陽は傾き始めている。

 気の早い虫の鳴き声がそこかしこから聞こえてきた。

 ティナの制服は土と泥(どろ)だらけになっている。一緒にいるリリーも似たようなものだった。

 リリーが持ってきた水筒から水をもらって、少女は一息ついた。



「……リリーさんって、いいひとですね」


「?」


「ランちゃんのこと、必死に探してくれていいひとです。……私、ちょっと誤解(ごかい)してました」


「……誤解(ごかい)、ですか?」



 リリーは目を瞬いた。

 誤解(ごかい)も何も、リリー自身は、自分のことを「いいひと」だと思ったことはない。

 そういうのはダイスとかマクウェルとか、気のいい級友たちのための言葉だと思っている。

 きょとんとしているリリーの様子に、ティナはくすくす笑った。



「リリーさんのこと、もっと近づきがたいひとだと思ってたんです。アモルさんとお似合いの才女で、二人とも、私なんか逆立ちしたって手の届かない雲の上のひとだって」


「……えぇ?」



 ……そんなふうに思われていたのか。

 そういえば、初対面で握手を求められたことをリリーは思い出した。

 でも、アモルはともかく、自分のことを雲の上だと思うひとがいるなんて夢にも思わない。

 ティナは秋晴れの空を見ていた。夕暮れの前の、ひとときの輝きを。



「勝手にイメージを膨(ふく)らませて、勝手に憧(あこが)れて。もっと普通のひとだったらよかったのに。そしたら、私も想いを伝えられたのにって嫉妬(しっと)して……でも、それって結局、ただ自分が傷付きたくなかっただけなんですよね……」


「……ティナさん……」



 妙(みょう)に大人びた淋(さみ)しげな微笑みで言うのを見て、さすがのリリーも朧気(おおろげ)ながら事情を悟った。



(この子、やっぱりアモル様のことが……?)



 ──そして。……確(・)か(・)に(・)何(・)か(・)誤(・)解(・)さ(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)、とも思った。

 アモルとは一緒にワーグナーの屋敷で過ごした幼なじみで、エルバンス魔法学院に来てからも何かと一緒にいたり、黒魔術の研究を手伝ったりしている。

 仲睦(なかむつ)まじく見えるのもある意味、仕方ないのかもしれない。

 が、それ以前に、主人と使用人という主従関係なのだ。

 そのことを、学年の違うティナは知らない。



『何か勘違いしてませんか。私はアモル様の使用人です。使用人は雇い主に対して特別な感情は持ちません』



 ──そう言い放ってしまえばいいのに……。



「……」



 そのことをティナの前で言うのは、なぜか、はばかられた。

 胸の中のモヤモヤとした感情を、リリーは持て余した。

 自分自身の気持ちが、よくわからない。

 何か釈然(しゃくぜん)としないものを抱えながら、館の裏庭を歩いていたとき──

 風に乗って女の笑い声がした。

 リリーとティナは、ゼンマイ仕掛けの人形よろしく、ぎくしゃくしながら歩みを止めた。



「リ、リリーさん。何ですか、今の。誰かいる……?」


「こんなところに、私たちの他にですか?」


「じゃ、じゃあ……まさか、ほ、ほんとに幽霊(ゆうれい)?」


「えぇ? まだ陽も暮れてないですしそんなことは……」



 言いながら、リリーの声も半ば上擦っている。

 なまじ、「女の子の幽霊(ゆうれい)」の正体を知っていると思っていただけに、今の笑い声に対する疑念が、どうしても膨(ふく)れ上がってしまう。



(この館に来るのは、おらとアモル様しか……)



 ごくり、と恐怖を飲み下して、リリーは踏み出した。

 笑い声は、裏庭に張り出したテラスから聞こえていた。

 かつて貴婦人たちが優雅な午後のお茶を愉しんだ装いそのままに、ガーデンテーブルで二人の人影が談笑している。



「え? あれって……」



 ティナが目を疑って言いよどむ。リリーも同じものを見て──



「……え?」



 ──すべての思考が吹っ飛んだ。



「……アモル様……どうして、こんなところに……?」



 けれど、それよりも衝撃的だったのは、一(・)緒(・)に(・)い(・)る(・)少(・)女(・)の(・)存(・)在(・)だ(・)っ(・)た(・)。



(なんで、ガブリエラなんかと笑ってるの……?)



 リリーはこの目で見ていることが信じられずに立ち尽くした。

 どす黒い感情が胸の中に渦巻(うずま)いて息が詰まった。

 どうしてガブリエラと一緒にいるのか。

 学校を休んで、いったい今まで何をしていたのか。

 ……なんでそんなに楽しそうなのか。

 ガブリエラの目配せにアモルが気付いて──……満面の笑みを向けた。



「リリー、来てたのか!」


「……アモル、様……?」



 リリーはわけもなく立ちすくんだ。

 リリーが知っているアモルは、いつもどこか薄暗い陰(かげ)を帯びている少年だった。

 幼い頃から魔法使いのさだめを背負い、世界の理不尽さを憂(うれ)えて、それでも諦(あきら)めない不屈の精神を持っている少年。

 だが、それは常に微妙な平衡(バランス)を保っているように、リリーには見えた。

 親友のダイスやマクウェルたちとふざけているときでさえ、完全には拭い去れなかった苦悩と痛み。

 今のアモルはすべての悩みから解放されたように晴れやかに笑っている。



「ここで逢(あ)えてよかった。聞いてくれ。ついに黒魔術が完成したんだ!」


「……え……?」



 とっさにガブリエラとティナを窺(うかが)った。

 魔法使い協会が禁止している魔法はダイスとマクウェルにも言っていないのに……。

 だが、アモルはそんなことすらどうでもいいと言わんばかりに笑っている。



「今夜がちょうど新月でよかったよ。これで異界から魔物を召喚(しょうかん)することができる。母さんを殺した魔法使い協会に──この世界に復讐(ふくしゅう)することができる」


「……何を。何を、言ってるんですか! アモル様……私たちはみんなの幸せを願って……そのために、魔法使い協会が禁止している魔法を……研究し、て」



 ──アモル様、私は。

 今でも、貴方の夢を……覚えて……──



 言い募(つの)るリリーに、アモルはただ不審な顔をしただけだった。

 すみれ色の瞳が冷徹(れいてつ)にリリーを突き放して、まるで駄々(だだ)っ子に当たり前のことを言い聞かせるかのように、言った。



「──み(・)ん(・)な(・)が(・)幸(・)せ(・)に(・)な(・)る(・)こ(・)と(・)な(・)ん(・)か(・)で(・)き(・)な(・)い(・)」



 リリーは緋色(ひいろ)の瞳を見開いた。

 ──それは、これまでの自分たちのすべてを否定する言葉だった。

 アモルの口から一番聞きたくなかった台詞(せりふ)だった。



「リリーも黒魔術の完成を心待ちにしてただろう? ようやく叶うんだ、僕たちの悲願が!」


「……違っ! ……そんなの、望んでな……っ」



 立っている地面が、足下から、崩れ去る気がした。

 それまでテラスで傍観(ぼうかん)していたガブリエラが近づいてきて、アモルの手を引いた。



「──行きましょう、アモル様。時間の無駄だわ」


「……っ! 待って!」



 アモルはガブリエラと親しげに腕をからめて歩み去っていく。

 リリーは泣きながら追いすがった。



「アモル様、待って。行かないで……!」


「──危ない!」


「……っ!?」



 ティナが押し倒してかばった直後、リリーが直前までいた場所に小さな雷鳴が爆(は)ぜた。

 魔法の遣い手はアモルでもガブリエラでもない。

 二人ともそんな動作は微塵(みじん)も見せなかった……。



「……何……?」


「リリーさん、あれ!」



 ティナが指さした塀(へい)の上に、黒猫と魔術人形がいた。

 リリーたちを威嚇(いかく)するように振り向き、どこかに去っていく。

 廃墟(はいきょ)然としたツタのからまるテラスに、乾いた風が吹き荒れた。

 アモルとガブリエラの姿はどこにもなく、ガーデンテーブルの上に、冷め切った紅茶の入ったカップがふたつ、むなしく置き去りにされている。

 ティナと二人で取り残された裏庭に、リリーの身を切るような泣き声だけが響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=669333695&s
― 新着の感想 ―
[一言]  うわぁ……完全に闇落ち、と言うか洗脳されてますねアモル君。  ところで、黒猫(あもる)は母様だと思うのですが、ティナの人形は一体誰が入っているのでしょう?  これまでにヒント、ありましたっ…
[一言] 廃病院じゃなくて幽霊館(いつものところ)だった!(*´ω`*)(笑) いやー、展開すごいですねー。先が気になる気になる……! 誤解? 使用人と雇い主だけの関係? んんー??(すっとぼけ笑…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。