第10話 何故こうなってしまうのだろう
コルブロとセネカとブッルスには、ことの次第を説明した。
こんなことはアグリッピナにもアクテにも言えやしない。
「コルブロ。なあ本気で皇帝になる気は無いのか。セネカ。僕はどうすれば引退できるんだ。ああブッルスは何も言うな。わかっているよ。わかっているさ。僕は逃げている。ここから逃げ出したいだけなんだ。」
これだけ引っ掻き回しておいて、僕は無責任にも逃げ出そうと思っているのだ。
「「・・・・・・。」」
セネカとブッルスは何も言ってくれない。
「無理だな。もう少し待て、俺が血筋のいいやつを婿に迎えるからよ。」
コルブロだけが答えてくれるが怪しすぎる。今、考え出した答えだ。
「もう少しって、いつだ? 1年か2年か?」
「20年、いや最低でも15年は必要だ。」
「それまで、僕はどうやって生きて行けばいいんだ。」
オクタウィアと顔を合わせなければなんとかなると思っていたのだが、ひたすら焦燥感に苛まれている。今の僕を繋ぎとめているのはアクテへの思いだけだ。
「ネロ祭も準備を進めていますし、オリンピアへの出場も必ず実現しますから、それまで頑張ってください。」
何を言われても心が動かなかった僕が古代オリンピックに言及されると少なからず動いた。この期に及んでも、まだ僕はオリンピックに出場したいらしい。
☆
「何を考えているの?」
「喜んでくれないのか。」
アクテを正式に側室としたものの、喧嘩が絶えなくなってしまった。今日も僕が買った彼女の母親を彼女が買ったことにする書類を持ってきたのだが、喧嘩になってしまう。本当のことを言えば彼女自身がキズつく。言えるはずも無いのだ。
しかも公式の場に連れて行こうとすると彼女自身が拒絶する。未だにオクタウィアの解放奴隷という意識が強いのである。
結局何も言えずに彼女の傍を離れるしか無かった。
僕は孤独だった。あれだけ多くの友人を持っていたはずなのに皇帝になった途端、全てを失ってしまった。そして僕はアグリッピナにオクタウィアの代役を求めるに至ったのだった。
そして彼女と同衾する仲に戻ることになった。
「それは止めておけ、セネカが煩いぞ。」
彼女は当然のように政に口を出そうとしてくるが諌める。もう皇后ではないのだ。皇帝の母でしかない。公式の場に彼女を連れていくだけでも煩いのだ。
母親に頼る皇帝では困るらしい。
「アクテはどうしたのよ。何故、オクタウィアは公式の場に出てこないの?」
「そんなことはどうでもいいじゃないか。政に口を出したいのならベッドの中で言え。どんなことでも適えてやる。」
「一体、どうしたというのよ。もしかしてクラウディウス暗殺はオクタウィアだったの?」
アグリッピナがズバリと突いてくる。予感があったのかもしれない。
「どうしてそう思うんだ。彼女は体調を崩しているだけなんだ。」
「声が震えているわ。本当なのね。それで逃げ出しもせずに留まっているのは・・・私のため?」
「そ・・・そ・・んな訳が無いだろう。」
声が震えるのが止められない。知られた。
「なんてこと。何も関係無い貴方に全ての責任を押し付けて、悲劇の主人公になったつもりだったなんて。アクテにも話してないのね。」
何も言えず頷くことしかできなかった。
「そう。辛かったね。偉かったね。もういいわ。全てをブリタンニクスに返そう。」
「それでいいのか?」
クラウディウスが嫌っていたブリタンニクスに皇帝の地位を渡すという選択肢は考えに無かった。
「いいわ。クラウディウスも、もういいって言ってくれるわよ。本当に貴方のことを大切に思っていたもの。こんな重荷を押し付けたと知ったら、死に切れないでしょうね。」
結局、落ち着くところに落ち着いたのだろう。そう思い、全て想いを開放することができた。
☆
はずだった。
何故だ。
ブリタンニクスが成人する前の晩のことだった。
全てを譲り渡すと決めていたからか随分と気持ちが楽になっていた。
彼の友人が幾人かお祝いに駆けつけていた。
僕はまさかそんなことになるとは思わなかったのだ。
2人きりになったところを見計らって、彼に伝えたのである。オクタウィアが皇帝クラウディウス暗殺の犯人だと、僕は彼女の夫として責任を取って引退したいと、あとは頼むと。
全てを伝え終わった途端、彼は発作を起こしたのだ。まるで僕の過眠症の発作のように意識を失い、そのまま逝ってしまった。
すぐに医者を呼んだが遅かった。
こうして僕は、後を託す相手にも死なれてしまったのだった。




