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第9話 僕は自分の手で自分の前世を汚してしまいました

 僕が初めてオクタウィアが父親である皇帝クラウディウスに悪意を持っていると知ったのは彼女と結婚式を行った日の夜のことだった。だがそれは反抗の延長線上の話だと思ったのが間違いだったのだ。


 新居を構え、結婚式を行う。何も知らない女性と結婚するということが、こんなにも苦痛だったなんて思わなかった。


 彼女は12歳とは思えないほど女性として成熟していたが、日本人としての僕からしてみれば『幼女趣味』という言葉が頭から離れず、同じベッドには入ったが当然手を出さずに寝ようとした。


「貴方も父と同じなのね。」


 オクタウィアが僕を無理矢理、自分のほうを向かせて髪をかきあげて扇情的なポーズをとる。吃驚した。普段は口数少なく大人しいので、昼と夜の顔がこんなに違う女性とは思わなかったのだ。


「それはどういう意味だい。」


 それでもまだ僕は12歳というところに引っ掛かりを感じており、彼女と視線を合わせられない。


「性的不能なのか。淡白なのか知らないけれど、私は違うってことよ。」


 侮辱された気がするが気のせいだろう。彼女が圧し掛かってくる。アクテに聞いたことがあったが皇女は性的教育を受けており、処女なのに男の悦ばせ方を知っているというのは事実だった。


 でも逆レイプは勘弁して欲しい。


 僕はクルリと体勢を入れ替え、彼女に圧し掛かる。ここまでされれば僕も男だ。行為自体は何も問題なかった。


 気付いたときには、2人ともぐったりしていた。


「何よ。ちゃんと女の悦ばせ方も知っているじゃない。」


 悲鳴を押し殺し続けた所為か。彼女の息は上がっている。痛みの中に快楽を求めるとは、今まで抱いた女性の誰よりも淫乱なタイプのようだ。昼は貞淑、夜は淫乱。まるで男の理想のような女だ。


 だが気持ち悪い。彼女の本心がまるで見えないのだ。こんな女性と一生を共にしなければいけないのか。いささか、げんなりする。


 彼女とは快楽だけを求める仲になった。本当言えば抱きたくもないが、クラウディウスをこれ以上不幸にしたくないという思いだけで帰宅する。帰宅すれば当然のように身体の関係を求めてくる。それならばと割り切って快楽だけを貪りあうだけにしたのだ。


「大丈夫?」


「何が?」


「随分、痩せたように見えるわ。」


 心が寂しくなれば、アクテの屋敷に向かい彼女を抱き締める。彼女の心遣いひとつひとつが僕の冷え切った心を溶かしてくれる。


「オクタウィアは絶対、母親似だな。一晩中、求められれば痩せもするさ。」


「夜もこっちにくればいいのに。」


 そんな睦言を聞かせないで、と言われると思ったのに返ってきたのは労りの言葉だった。調子が狂うな。


「お誘いは嬉しいが、この場所は無くしたくないからな。君のことを元老院に認めさせるまでは大っぴらに出来ない。」


 今日も慎重に慎重を期して、セネカの家から走って来ている。『強靭』スキルの効果なのか。50メートル走の速度で1時間走り続けられるから、誰にもつけられてはいないはずだ。


「本気で私を側室にする気なの? 絶対に無理よ。今までの皇帝の誰も正式な側室を持っていないのよ。認められるわけが無いわ。」


 これには僕も驚いた。皇帝と言えば後宮を持ち、次代を残すという大前提があると思っていたからだ。この時代の皇帝は一夫一妻制の只のローマ市民であり、多くの役職を持つことで権力を集中させているだけなのだ。


 その所為なのか歴代の皇帝は息子に次代を継がせられた例は無く、血縁はあるものの大甥だったり伯父だったりしているらしい。


 皇帝を決める権限を持つのは軍だ。だからローマ軍司令官のコルブロが野心を持てば次期皇帝にもなれるかもしれないらしい。それが僕についてくれたのは大きいということだった。


     ☆


「私じゃないっ。信じて!」


 アグリッピナがすがりついてくる。


 義弟の成人を直前に控え、皇帝クラウディウスが暗殺されたのだ。


 彼女じゃないのはわかりきっている。彼女も皇后という地位を失ったのだ。皇帝の権力を自由に振るえる立場を手放してまで僕を皇帝に押し上げる理由がない。遅かれ早かれ、僕に皇帝の地位が転がり込んでくるのはわかっていたのだ。


「わかっている。クソッタレ! 一体誰なんだ。」


 ハッキリ言って毒殺は気をつけていた。僕が同席した食卓は『鑑定』スキルを酷使して、何度も毒殺を逃れていたのだ。それが偶然、僕が居ないときに家族だけの食卓で毒が盛られたのだ。


 皇帝の食卓は幾重にも毒見役が存在し、調理段階から毒物を盛るのが難しい。直前に誰かが毒を盛らないかぎり無理なのだ。


 犯人は、僕が皇帝に即位した日の夜にわかった。


「やっと邪魔者がいなくなったわ。これでこの国は私たちのものよ。」


「オクタウィア。まさかお前が毒を盛ったのか?」


「そうよ。母の仇を取ったの。悪い? それに小心者の弟にすべてを取りあげられるなんて有り得ないわ。いいタイミングだったでしょ。貴方は皇帝に、私は皇后になれたわ。」


 その日の夜、自分の家になった皇帝の邸宅のベッドの中でオクタウィアが堂々と自分が犯人だと自白したのだ。


「お前、誰に唆されたんだ。毒なんて何処で入手したというんだ。」


 いくらなんでも、13歳の娘の考えじゃない。僕の頭が考えることを拒絶する。


 実の娘に毒殺される父親。それも善政を行っていた皇帝。何処を探しても彼に落ち度なんか無い。ローマ帝国の皇帝を恨んでいる人物なら沢山いるだろう。それなら解る。避けられない事実。それなのに実の娘が・・・。


「毒は母に貰ったものよ。母の結婚を知って、父が血相返って戻ってきたときに使おうと思ったんだけど無理だったわ。そのときに成功していればすべての罪を負わされていた。母に嵌められるところだった。」


「それなら何故、仇討ちなんてしたんだ。」


「私を填めようとした母、そんな女を皇后にした父が許せなかった。だから毒は自分のために使ったの。」


     ☆


 許せなかった。


 もう何もかも、どうでも良かった。これで僕が皇帝から引きずり降ろされても構わない。


 そのつもりで僕はオクタウィアを元老院議員たちの前に引きずり出し、自白を強要した。


 こんなことに使いたくなかったが、過眠症の目覚まし薬を過剰摂取させて自白を引き出したのだ。


 興奮剤の一種だった薬を悪用した。自分が汚れたという思いよりも、オクタウィアを許せないという思いの方が強かったのだ。


 元老院が出した結論は幽閉だった。帝政の権威が失墜し過ぎるという理由らしい。とにかくオクタウィアの顔が見たくなかった僕にとっては好都合だった。このままでは次代が生まれないと思ったのか、アクテがオクタウィアの解放奴隷だったという事実が消され、側室という地位を得られたことだけが救いだった。

後世の歴史家の話だと皇帝クラウディウスを暗殺したのはアグリッピナの仕業となっているようですが彼女の失うものが多すぎます。

そこまで追い詰められる要因が彼女にあったというのならわかるのですが何も説明されて無い。

自分の息子のネロを皇帝にしたあと、政に口を出そうとしていることを鑑みても矛盾の幅が大きすぎる。

それなら暗殺などせずに皇后としての地位を守ればいい。どう考えても別人に行き着く、あとは動機の問題でしょう。

あのタイミングではならなかった人物はこの人しか思い浮かびませんでした。


ちなみに後世の歴史家というのが西暦55年生まれらしくて当時生まれてもいなかったらしいです。どうやってそんな国家機密をしったのでしょうね。

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