三章六
めっちゃ久しぶりです。
芳子は唇を噛んだ。
何故だろうか。涙が出てきた。
苑萊も蒼鴛も誰でも良かった?
じゃあ、緋嚥はどうなのだろうか。きりのない考えに浸ってしまいそうになる。
ぼろぼろと敵の前なのに涙は溢れてきて止まらない。ひっくとしゃくり上げてすらいた。
「…芳子。あんた、もし良ければ俺と来ないか?」
「うっ。何で命を狙っているあんたと行かなくちゃいけないの」
芳子が泣きながら答えると伎炎はいきなり彼女の腕を掴んだ。無理に引き寄せて抱きしめた。
「そりゃ。あいつらに対しての当てつけだよ。それはいいとして」
芳子は抵抗する気力すら湧かない。どうせ、自分は替えのきく存在だった。だとすれば、苑萊にも蒼鴛にもこれ以上義理立てする必要はないのだから。もう伎炎と二人で旅をしながら過ごすのも悪くないのではないだろうか。
「蒼鴛でもなく。苑萊でもなく。俺を選ぶかい?」
ストレートな言葉に芳子は目を見開いた。伎炎は真面目な表情をしている。
「あんたをね。けど、私は…」
「まあ、選べないよな。芳子、俺はあんたを狙ったが。蒼鴛はああ見えてかなり冷徹な男だ。あんた、男を見る目ないよ」
「そこまでいわなくても良いじゃない。でもごめん。あんたとは行けない」
きっぱりと言うと伎炎は仕方ないかとため息をついた。抱きしめる腕を緩めて芳子を解放する。
「仕方ないか。あんたが断るのは何となくわかっていたよ。芳子、苑萊を選びな。蒼鴛はやめた方がいい」
「何でよ」
「あいつはあんたを選ばない。たぶんだけど。それに蒼鴛は芳子をいずれ傷つける。苑萊だったら懐の深い男だから。他の男を好きだったあんたでも受け入れるだろうよ」
何が言いたいのかと芳子は訝しむ。だが伎炎は答える気はないようだった。
先ほどは誰でも良かったなどと言っていたのに。どういう心境の変化だろうか。芳子はさてどうしたものかと思案するのだった。
ふと、芳子は目が覚めた。だが、側にいたはずの伎炎の姿がないのに気づく。
辺りを見回してみた。真っ白な空間らしく物質といえそうな物は何もない。
芳子は不可思議に思いながらも空間の中を歩いた。どこまで行っても人に会わないのだが。
次第に自分はあの世に行ってしまったのかと思う。だが、それにしては手や足の感覚はしっかりとある。ここはどこなのだろうか。
そう思っていたら目の前に苑萊にそっくりの真っ赤な髪と黄金の瞳の男性と対といえる黒髪に銀の瞳の女性が燐光と共に現れた。女性は芳子にそっくりだった。
「…あの。誰ですか?」
芳子は知らない間に問いかけていた。男性が口を開いた。
「我はシュホウだ」
女性もにっこりと笑いながら答えた。
「わたくしはシュオウよ」
二人が話にはよく聞いていた朱鳳と朱凰だという事は芳子にもわかる。朱鳳が説明を始めた。
「我らは元は朱国の守護神にと呼び出された鳳凰よ。そなたの世界でいうとエジプトとかいう国の霊鳥をさすか。別名をフエニックスという。鳳凰とフエニックスは呼び名が違うだけで元は同じなんだがな」
「そうなんですか。私が選ばれたのはどうしてなんだろう…」
芳子が言うと黒髪の女性ー朱凰が近づいてきた。気がつくとふわりと抱き締められていた。
「芳子。そんなに落ち込まないで。わたくしの魂をあなたは確かに受け継いでいるわ」
「朱凰様」
「大丈夫よ。伎炎に何か言われたのね?」
朱凰に言い当てられて芳子は驚きのあまり目を見開いた。
「それくらいはわかるわ。何といっても伎炎はわたくしと朱鳳との子ですもの。今は破壊神の元に行ってしまって敵対しているけど」
「え。伎炎って朱鳳様と朱凰様のお子さんだったんですか?」
「そうだ。が、伎炎はもう生きてはいない。死した身だ。破壊神に魅入られて転生もできずにいる。芳子、そなたに頼みたい事があってな。だからこちらに呼んだのだが」
朱鳳がそう言ってため息をついた。
「どうかなさいましたか?」
「芳子。先ほど言った事を苑莱達に伝えてほしい。伎炎はそなたに一緒に来るように言ったが。もし頷いていれば、この世には戻れなかったかもしれない」
朱鳳が真面目な表情で告げる。芳子は言われた事の意味がわかるとぶるりと震えあがった。
伎炎を選んでいたら死んでいたかもしれない。断ってよかったのだと思ったのだった。




