二章十
蒼鴛は李兵部尚書をじっと睨みつけていた。
苑萊が厳しい面持ちで質疑を続ける。
「李尚書。白苑を使ってわたしを骨抜きにしようと考えたか。もしくは夜這いと称して寝所に潜り込ませ、寝首を掻こうという気だったのか。どちらでもよいが。本当のところを言え」
「主上。わたしめがそのような事を白苑にさせるはずがありません。何かの間違いです!」
「ほう。間違いというか。では白苑本人に聞こうではないかな。衛士よ、李白苑を連れてこい!」
苑萊が命じると鉄の足枷と手枷を付けられて鎖に繋がれた見るも無残な白苑が謁見の間に連れて来られた。衣服は筆頭女官の物のままだったが所々、破れて手や足などに無数の傷ができている。よほど、抵抗したらしい。手首と足首に擦れた傷があり血が滲んでいた。
衛士の内の一人が躍拝の姿勢を取る。
「主上。連れてまいりました」
「そうか。ではこちらに」
苑萊が命じると衛士が鎖を持って白苑に立ち上がるように言う。白苑は血の滲んだ唇を噛んで拒もうとする。だが、衛士が鎖を強く後ろに引いた。
「…あっ!!」
白苑は掠れた声で悲鳴をあげながら衛士の引いた方に倒れてしまった。だんっと音が謁見の間に響く。
「ちゃんと立たないか。この裏切り者が!!」
「何よ。あたしを裏切り者扱いするんだったらあそこにいる女はどうなのよ!あの女、主上という相手がありながら他の男にうつつを抜かしていたのに。しかもその男が楊将軍だなんて。裏切り者というんだったらあのヨシコもそうじゃないの!」
「うるさい。皇后様を侮辱するのは許さん!」
「うるさいのはそっちの方よ。はん、何が皇后様だか。あのヨシコは楊将軍と恋人同士らしいじゃないの。しかも将来を約束した間柄だったとあたしは聞いた。主上はそれを引き裂いたひどい男だと女官達は噂していたわ」
「…よく喋る口だな」
苑萊は低い声で呟いた。が、芳子は彼がこれまでにない程に怒っているのがわかる。何故かそれがわかった。
嫌々ながらも立ち上がった白苑はぎろりと憎しみの籠った瞳で芳子を睨んだ。
そして、ガチャリガチャリと音を立てながらも玉座のある高座の近くまでやってきた。
「ここであれば、話すこともできよう。白苑。我が妃の事で聞きたい事がある。そなた、兄の李晋央に毒薬を渡されたか?」
「…ええ。確かに渡されました。それを使って藤皇后を弱らせろと命じられましたが」
「そうか。だがそれにしては遅効性ではなく即効性のある毒だったようだが」
苑萊が問うと兄の李兵部尚書がひいと悲鳴をあげた。
「し、主上。妹は嘘を言っているのです!」
「黙れ。わたしは白苑に聞いている。ではもう一つ。そなた、わたしにも遅効性の毒薬を食事に混ぜて飲ませようとしたな?」
「そうです。それはあたしが独断でやりました」
「それは何故かと聞いても良いか?」
「はい。あたしは兄に常々言われていました。この国の朱鳳と朱凰の伝説など馬鹿馬鹿しいと。だったら自分がその伝説を覆してやると言い、あたしに皇后様の暗殺も視野に入れて女官をやれと命じました」
苑萊は白苑の言葉に驚いたのか少し黙った。が、すぐに調子を取り戻して続ける。
「朱鳳と朱凰の伝説が馬鹿馬鹿しいとはな。だがこれらが揃わねば、国の結界が保たぬ。李晋央、そなたはそんな事も忘れたか」
「…兄は結界など無くても何とかなると。ただ、あたしは皇后様が個人的に許せなかった。まさか、国王陛下の正妃に選ばれながら他の男に横恋慕するなどと。それでお化粧水などにも肌を爛れさせたりする毒を混ぜたりしていました」
「ほう。皇后に思い知らせるためにそこまでやっていたとはな。だが、皇后が楊将軍に惹かれるのもわかる。こやつがいなければ、皇后は助からなかった。それに将軍は男ながらに容姿端麗ときた。女子が惚れてしまうのも仕方がない」
「主上。でしたらヨシコ様を廃皇后になさいませよ。幽閉くらいすれば、目も覚めましょう」
李晋央ー兵部尚書がいい事を思いついたとばかりに笑いながら声をあげた。だが、苑萊と蒼鴛の二人が厳しく睨みつけたので黙り込んだ。
「…黙れ。わたしに命令をする気か。ヨシコを廃皇后にするか否かはわたしが決める。楊将軍に下賜しようにも正妃ではそれもできぬのでな」
「主上。藤皇后様、ヨシコ様をどうなさるおつもりですか。まさか、そのまま正妃に留め置かれるおつもりで?」
「そうだ。ヨシコが朱凰であるのは間違いない。わたしはまだ手を出しておらぬが。まあ、本人が望むのであれば将軍に下賜してもいいかもしれぬ」
苑萊が言うと楊将軍、蒼鴛は目を伏せた。芳子は彼が苦渋に満ちているのに気づいた。そうだ、自分の気持ちが中途半端だったから苑萊や蒼鴛に余計な期待をさせてしまった。そして傷つけて今のような事態に陥っているのだ。芳子は膝の上に乗せた両手をぎゅっと握りしめた。
もう、後戻りはできない。芳子は決意をした。白苑に視線を合わせのだった。




