二章九
芳子は苑萊と蒼鳶、緋嚥の四人で王宮の謁見の間に向かう。
蒼鳶が一番前で緋嚥が二番目といった順で歩き出す。苑萊と芳子は後ろから付いていく。
「主上。白苑と手を組んでいたのはどなたか見当はついていますか?」
蒼鳶が聞くと苑萊が答える。
「そうだな。白苑と手を組んで我が妃を狙ったのはたぶんだが。兵部尚書の李晋央だろう。白苑は晋央の妹だからな」
「なるほど。李兵部尚書ですか。あの方は以前から謀反を企んでいると噂がありましたね」
「ああ。あやつであれば、怪しいとは思ってたんだ。そこで金圭と緋嚥の部下達に密かに探らせていた」
あまりの出来事に芳子は今ひとつ付いていけない。何より白苑が謀反を起こそうとした李尚書なる人物の妹というのも衝撃が大きかった。
「あの。私を狙ったのは李兵部尚書という方なんですね。何故、私が狙われたんでしょう。そこがよくわからないんですけど」
「…兵部尚書がそなたを狙ったのはわたしの正妃だからだろうな。後宮や王宮内では異界から来たそなたをばかり寵愛していると噂になっている。筆頭女官といえ、白苑も妾妃くらいにはなろうと思えばなれる。兵部尚書は白苑でわたしを骨抜きにしてその上で王位を奪おうと考えたのだろうな」
「えっ。それで私が邪魔になったという事ですか?」
「そうだ。白苑を使う作戦は駄目になったから暗殺を狙った。白苑に毒薬を渡してそなたを弑すように命じたのも兵部尚書だと当たりはつけてある。緋嚥がこっそりと毒薬入りの食事と普通の食事を入れ替えるようにしていたからな。だから、そなたは無事だったのだ」
芳子はあまりの意外な事に驚きを隠せない。足が止まりそうになってしまう。
「主上。皇后様に知らせてしまったらかえってよくないのでは?」
緋嚥が心配そうにしながら女口調で言った。だが苑萊はにやりと笑う。芳子はその笑みを見て企んでそうな顔だと思った。
「別に構わん。ヨシコが知っていたとしても緋嚥の仕事の内容は変わらない。むしろ、本人が知っていた方が警戒をするだろうから。そちらの方が楽でいいな」
「…主上」
蒼鴛が低い声で注意をする。苑萊は顔を真顔に戻した。
「蒼鴛。お前もヨシコの警護を強化しろ。でなければ、将軍の名が廃るぞ」
「わかりました。皇后様はこの身を以てお守りします」
蒼鴛はそう言うとヨシコを切なげに見た。紫の瞳と視線が合った。その光景を苑萊が嫉妬と怒りの入り混じった表情で見つめていたがヨシコは気づかない。
蒼鴛はすぐに視線を逸らした。ヨシコは心臓がドクドクと鳴るのがわかる。あんな風に悲しげに切なげに見つめられたのは異性でいうと初めてだ。しかも蒼鴛は自分を助けてくれた命の恩人でもある。
何とも言えない気持ちになった。そんなこんなで四人は謁見の間に無言で向かったのだった。
謁見の間に着くと高位の文官とわかる官服に身を包んだ中年の男性が躍拝の姿勢で待ち構えていた。髭をたっぷりと蓄えた人物で髪もきちんと纏めている。だが、目が一重で鋭い感じで見る者に切れ味のいい刃物のような印象を与えていた。
苑萊が玉座に腰掛けると緋嚥が小声で言った。
「皇后様。主上の隣に玉座より小さめの椅子があるでしょう。そちらにお掛けになってください」
「…わかった」
同じく小声で頷く。そっと静かに玉座の隣の控えめではあるが装飾を上品に施した椅子に腰掛けた。
それに気づいたのか苑萊が満足そうに笑った。
「それでいい。兵部尚書に見せつけてやれ」
はてなマークが頭の中で舞い踊る。苑萊の言っている事が今ひとつわからない。
だが、次に言われた意味を理解する事になる。
「では。頭を上げよ」
「御意に。主上、後宮にいた妹が捕らえられたと聞きました。何でも皇后様を弑そうとしたとか」
「…そうだ。李兵部尚書、これからこの事件の関係者として質疑応答を行いたい。よいな?」
はいと李兵部尚書はもう一度頭を深々と下げた。
「では聞こう。白苑に毒薬を幾度も渡し、皇后の食事や化粧水などに混入させたと報告が上がっている。ちなみに楊将軍や弟の緋嚥達に探らせた。この者達は有能なんでな。皇后の食事に混ぜてあった毒は銀の棒を入れたらすぐに錆びてしまったというが」
それを言うと李兵部尚書は一重の目をさらに細めた。だがそこからは表情は読み取れない。
「ふむ。妹に毒を渡したですか。それは覚えがありませんな」
そらと恍けてみせた。李兵部尚書は苑萊の隣にいる芳子に気がついたらしい。ぎろりと睨まれた。
まるでお前さえいなければという感じだ。苑萊は素知らぬ顔で質疑を続けたのだった。




