23-B
「…………?」
苦しくない。息が、できる。
上に乗られている感覚も、腕を掴まれている感覚も、無い。
あれ? どうなったんだ……?
「……?」
金属音? 足音? 声?
それらが、近くで飛び交っているような気がする。
何なの……?
「うぁっ!」
「――!」
その苦鳴に、呼び起こされるように視界が晴れた。
と同時に、何が起きたのか、現状を理解する。
「イルマさん!」
私の目の前で、イルマが蹴り飛ばされていた。
慌てて起き上がった私は、地面を跳ねる彼女のもとへ駆ける。
……消え行く意識の中で聞いたのは、イルマの声なんだ。
私は、またイルマに救われた……!
「イルマさん! 大丈夫?」
彼女の背を支え、起き上がらせる。
「ティナ。良かった、間に合って」
私を見て微笑んだイルマは、すぐに表情を引き締め、私たちの前で悠然としているアールを睨みつけた。
「……お前まで出てきたということは、やはりここにハイディマリーがいると見て間違いないようだな」
イルマはゆっくりと立ち上がり、腕を軽く上下に振る。
制服の袖からナイフが出てきて、彼女はそれを握り、身構えた。
私も立ち上がり、剣を構える。
「雑魚が1人増えたところで、何も変わらん」
「ボスには手を出させない。私たちがあんたを止める」
そう言って駆け出すイルマに、私も続く。
「ふん。やれるものならやってみるがいい!」
アールはそこから動かず、私たちを迎え撃つ構えだ。
イルマは、ナイフを投げつつ横に跳ぶ。
ナイフを軽々と剣で弾いたアールへ肉薄した私は、その胴を狙って剣を振る。
刃が届かないギリギリの距離まで後方へ跳んだアールは、着地と共に前進。
剣を引き戻す途中だった私に足払いを掛ける。
「うわっ!」
バランスが大きく崩れ、それでもどうにか倒れないように大きく前へ踏み出そうとしたら、腕を掴まれ投げ飛ばされた。
「ティナ!」
「うぐっ」
投げられた方向には、イルマ。私は彼女に受け止められる。
「!」
直後、イルマは私を横へ突き飛ばした。
さらにその一瞬後、金属音。
見ると、アールの剣を、クロスさせた両手のナイフで受け止めているイルマの姿があった。
「イルマさん!」
加勢しようと飛び出すと、アールはイルマを弾き飛ばし、さらに回し蹴りを食らわせる。
蹴り飛ばされたイルマが私の方へ。
「!」
それを受け止めようとして、彼女の身体を隔てたすぐ向こうで剣を振り上げているアールの姿を見る。
「くそっ」
ごめん、イルマ!
「うっ」
飛んできたイルマの身体を思い切り横へ突き飛ばし、前へ。
そして、アールの攻撃に合わせて剣を振り上げる。
金属音と、衝撃と、強烈な圧力。
攻撃を受け止めた剣を握る両手だけでなく、両足にもかなりの負担がかかる。
「ぐっ、……くっ……!」
こんなの、受け切れるわけがない!
「!」
両耳の横を突っ切っていく風切り音。
「おっと!」
アールは、飛んできたそれらを頭を下げて回避。奴の後方で、2本のナイフが地面を跳ねた。
「やはり、ナイフは厄介だな!」
「うっ……!」
アールは私を見ずに突き飛ばして蹴り飛ばすと、私の後方にいたイルマへ走って行く。
くそっ。私は盾にすらなれないのか!
バランスを整え、アールを追いかける。
「遊びは終わりだっ、イルマぁ!」
「!」
叫び、スピードを上げるアール。イルマとの間合いは瞬時に詰まる。
とんでもない速度で、アールは攻撃を繰り出し続ける。
それを、両手のナイフで受けつつ後退していくイルマ。
しかし、すぐに両手のナイフを弾き飛ばされてしまう。
「イルマさんっ!」
もうすぐ追いつくというところで、眼前で、鮮血が飛び散る。
「ああっ!」
手を伸ばす。視線の先で、イルマは血を纏いながら横に崩れていく。
何かが身体の中から溢れ出てくる感覚。
それが怒りだと認識した直後、またあの現象に陥った。
私は一直線にアールへ突撃。
剣を振るも、振り返ったアールに軽々と受け止められた。
「何っ?」
が、あれだけ重たかったはずのアールの剣が、軽い。ぐいぐい踏み込める。
「ぐっ、……うぉっ!」
それどころか、散々奴にやられたことができてしまう。
剣ごとアールを弾き飛ばし、踏み込んで、蹴りを食らわせる。
「くぅぅ!」
それは足で防がれたものの、奴をわずかに蹴り飛ばすことに成功した。
「――!」
身体の自由が、戻る。
……まただ。また私の身体は、自分の意思に反して動いていた。
しかも、身体能力、特に腕力は飛躍的に上昇。
だから、これは一体何なんだよ!
「……何だ、今の力は」
アールの顔にあった余裕の色が、わずかに薄まっていた。
私は奴の挙動に注視しつつ、上体を起こしているイルマのもとへ。
「イルマさん! 大丈夫?」
幸い、致命傷ではなかったようだ。
しかし、服の右袖が大きく裂かれ、右腕は手先まで血で赤黒く染まっている。
これではもう、ナイフを正確に操ることは不可能だろう。
「……」
アールを見る。まだ攻撃に移る気配は無い。
……このままじゃ負ける。
私もイルマも殺されて、ハイディマリーも殺されて終わりだ。
ここから逆転するには……。
「イルマさん。サイラスさんたちを呼びに行って」
「えっ?」
彼女が動揺するのも無理は無い。
とんでもなく無謀なことを口にしていることは、自覚している。
「私が時間を稼ぐ。イルマさんは今すぐ宿へ行って、サイラスさんたちを連れてきて」
「駄目だよ! ティナ1人で止められる相手じゃない!」
「そんなのっ、……イルマさんと2人でも同じだよ。あいつが言っていたように」
イルマは黙り込んだ。
私の言葉が正しいと感じたからだろう。
「……でも、やっぱり無理だよ! ティナ、殺されちゃうよぉ!」
再びアールを見る。
「何とかする。絶対に、診療所へは立ち入らせない。死んでも止める」
「でも、でも……!」
「早く行って!」
イルマが、言葉を飲み込む音が聞こえる。
そして、立ち上がる音も。
「……わかった。呼びに行く」
「ありがと」
「絶対に、間に合わせるからっ!」
そう言い残したイルマが、駆け出す音。
「逃げさん!」
アールが動き出す。そうはさせない!
「どけっ!」
立ちはだかる私へ、剣を振るアール。それを受け止め、歯を食い縛る。
イルマの足音は、もう聞こえない。
……よし、ここからだ!
「応援を呼びに行かせたな。馬鹿め! お前1人で私を止められると思っているのか」
「止められるだなんて、思ってない……!」
こいつとの実力差は、完全に理解している。私に一切勝ち目は無い。
だけど、私は負けない! 倒れない!
「くっ!」
またしても弾き飛ばされ、それでも向かっていく。
鍔競り合いになったら押し込まれる。とにかく、避け続けるんだ!
袈裟懸けの一撃を跳んで躱しても、すぐに間合いを詰められて次の攻撃が襲ってくる。
集中力を一瞬でも切らせたら最後。一気に攻め込まれてしまうだろう。
そうして、廃墟前の広い空間を使ってアールの攻撃を避け続けている内に、だんだんとそのスピードに慣れてきた。
だけど、体力はどんどん減っていく。しかも、アールの攻撃の手はわずかも緩まない。
このままでは、いつか捕まる。現に、何度か攻撃が掠り、服が切り刻まれ始めていた。
肌にも幾度となく到達し、鋭い痛みを伝えてくる。
「どうした? 動きにキレが無くなってきたぞ。体力が続かないか?」
「……」
見透かされてる。
「さすがに飽きてきた。そろそろ決めさせてもらうぞ」
「!」
アールの攻撃速度が、上がった! 躱せていた攻撃が、急に躱しきれなくなる。
「うっ、ああっ!」
右腕、左腕と、立て続けに躱しきれずに斬り裂かれた。
傷は浅い。
だけど、その鋭い痛みは、私の動きをさらに緩慢にさせるには充分だった。
「――!」
大きく踏み込まれ、振り下ろされる剣。避けきれない!
咄嗟に剣を前に出す。
「ぅああっ!」
しかし、全く防ぎきれずに押し込まれ、そのまま左肩をわずかに抉られ、とうとう剣を取り落としてしまった。
ヤバイと思った時には、目の前で身体を回転させているアールの姿。
直後――
――側頭部を中心に、衝撃が爆発した。
「…………?」
気付いた時には、私は地面に突っ伏していた。
「!」
腕を引っ張られ、無理矢理身体を引っ張り上げられる。身体に力が入らない。
「もう終わりか。やはり、雑魚は雑魚だな」
そんな声が、遠くで聞こえる。でも、アールの顔はすぐそこだ。
「ハイディマリーを殺した後で、とどめを刺してやろう。すぐに終わる。ここで寝てろ」
手を放され、再度地面に崩れる私。
遠い足音が、さらに遠くなっていく。
……このままじゃ、ハイディマリーが殺されてしまう。
動け。……動けっ!
「何っ?」
気付けば、私はアールの足にしがみついていた。
どうやって追いついたのかはわからない。
意識がはっきりしない状態が続いている。
「邪魔だっ!」
頭を蹴られ、力が抜ける。意識が途切れる。
「……?」
だけど、また次に意識が戻った時には、アールの前に立ち塞がっている自分がいた。




