23-A
ラベドラに戻る頃には、もう辺りは暗くなり始めていた。
警察の馬車が、誰もいない集合住宅地帯へ入っていくのは目立つからと、私は警察署前で下ろしてもらい、そこから徒歩で診療所へ向かうことに。
私のことを心配してか、コンウェイ警部補は別の馬車で送ろうかと言ってくれたけど、別に歩けないわけじゃないし、あまり世話を焼いてもらうのも悪いと思ったので、遠慮。
後頭部の痛みに耐えながら、ゆっくり1時間くらいかけて、診療所のある建物に辿り着いた。
ルッツの手当てを受けながら、カルメナでのことをハイディマリーに話して聞かせた。
するとハイディマリーは、ベッドから下りて私の前まで来ると、その手で私の頬をそっと撫でた。
「あなたが無事に戻ってきてくれて良かった。ここで、イルマと一緒に心配していたのよ」
「ボス……」
その言葉が嬉しくて、頬を撫でる彼女の手にそっと触れる。
「後のことはサイラスたちに任せて、あなたはここにいなさい。いいわね?」
再びアールと対峙できる自信は無い。だから私は、素直に「はい」と頷いた。
サイラスたちの活躍により、アールの部下3人が逮捕された。
これで、ヘルミーネの手駒はアール1人。でも、その1人がとんでもなく強い。
ヴェルノは、自分たちでも1対1では負けると言っていた。
サイラスたち3人が力を合わせれば、勝てるかもしれない。
だけどそれは、1人でも欠ければ不利になっていくということだ。
そして、2人欠けた時点で勝ち目は無くなる。
……イルマは、戦力になるだろう。
でも、私は足手まといになるだけだ。
それが、よくわかった……。
診療所での食事は、いつもルッツの手料理だ。
ここで1人で暮らすようになってから、料理を覚えたらしい。
と言っても、作れるのはスープなどの単純なものばかり。でも、味は確かだ。
ルッツが夕食の買い出しに行くと言うので、私もついていくことにした。
安静にしているように言われたけど、じっとしてるとアールとの戦いを思い出して気が滅入る。
それに、料理だったら役に立てる自負がある。そして、怪我はそこまで酷くはない。
渋々といった感じで、私の同行を認めるルッツ。
私は、ハイディマリーとイルマに「行ってきます」と声をかけ、一足先に診療所を出て行ったルッツを追った。
買い物を終えた帰り道。
私は、ふと気になったことを、ルッツに問いかける。
「あのぉ、ヒルダさんとは、この街で出会ったんですか?」
それを聞いたルッツは、「そうだよ」と頷く。
ちなみに、買い物袋は私が持っているため、彼は手ぶらだ。
「クローデン家は、代々国王に仕える王国騎士を輩出している家柄なんだ。家督は代々長男が受け継いできたんだけど、現当主の子供はヒルダ1人しかいなくてね。そこで、ほかの王国騎士の家から養子を入れることが決まったんだよ」
何を語り出すんだ。
ヒルダと出会った時の話が聞きたいんだけど……。
「つまり、その養子がヒルダの夫になるわけだ。当然、ヒルダにとっては全く知らない男性。親同士の話し合いで、勝手に決まった縁談だった」
ふむふむ。
「しかも、ミドルスクールを出たらすぐに結婚させられることになった。ヒルダはそれに猛反発し、何度も両親と衝突した挙句、とうとう家を飛び出したんだ」
そういえば、ヒルダは家出をして、ルッツに匿われていたんだっけ。
「……で、この街まで来たものの、お金も住むところも無く途方に暮れていた彼女に、僕は声をかけた。最初は怪しまれたけど、話している内に仲良くなってね」
ようやく、聞きたい話になってきたな。
「それで、家に連れ込んじゃったんですか?」
聞くとルッツは、「まぁ、そういうことだね」と苦笑。
「家と言っても、安い集合住宅の一室だったからね。2人で暮らすには狭かった。でも、彼女は嫌がることなく、そこで僕との生活を始めたんだ。……当時彼女は14歳で、僕は27歳。絶対マズいよなぁとは、最初から思ってた。そしたら、案の定さ」
「警察に、捕まっちゃったんですよね?」
「うん。彼女と生活し始めて、半年くらい経った頃だったかな。近所の人の通報で、僕は逮捕されたんだ」
その時のことを思い出したのか、ルッツは表情に影を落とす。
「それ以来、10年くらい会ってない。……刑務所の中で、ずっと彼女のことを考えていたよ。子供を産めば、1人で2人分の生活費を稼がなくちゃいけない。ちゃんとやっていけるんだろうかって、心配で仕方なかった」
穏やかな瞳が、私に向けられる。
「……君が、ヘルヘイムの社員になって戻ってきたのは驚いたけど、そのおかげで、ヒルダのことを知ることができた。こんな奇跡あるのかって思った」
それは、私も同じだ。
「驚くのと同時に、安心した。あの社長さんに拾われて、子供も産んで、2人共元気だって聞いて、安心したし、嬉しかったよ」
ルッツの表情が綻ぶ。
「ありがとね、ティナ」
微笑む彼を見て、私も自然と笑みが浮かぶ。
「いえ、私は何もしてませんよ。……それより、リサちゃんに、お父さんは生きてるって早く伝えに行かないと、ですよ」
「そうだね。ヒルダとも、いろいろ話をしたい。……でも、なんか緊張するなぁ。ヒルダと会うのは10年振りだし、娘とは初対面だし」
「私、応援しますよ」
「はは、ありがとう」
そんな話をしながら、私たちは診療所へ戻り、夕食作りに取り掛かった。
翌日の昼頃、続報が入っていないか聞くために警察署へ向かうと、ちょうどカルメナでヘルミーネたちの捜索にあたっていた警察隊が、ラベドラに帰還したところだった。
そこには、一緒に戻ってきたサイラスたちの姿も。
結局、ヘルミーネとアールの2人は見つからなかったらしい。
カルメナで逮捕されたアールの部下3人と、彼らを含むヘルミーネたちを匿っていた資産家の身柄は、ラベドラ警察が預かることになったようだ。
現在も、カルメナでの捜索は続いている。
だけど、夜を徹して探し回っても発見に至らなかったことから、すでに何らかの方法でカルメナを脱出したという見方が強まっているとのこと。
果たして、今あの2人はどこにいるのだろうか。
……このまま、彼らが二度と現れないということは無いと、私は思う。
アールは、ハイディマリーの居場所を聞いてきた。
それがヘルミーネの意思にせよ何にせよ、彼らがこのままハイディマリーを諦めるとは思えない。
きっとまた、どこかに現れる。
嫌な予感しかしない。
そんな不安を抱えながら、宿に戻るというサイラスたちと別れ、診療所への帰路につく。
太陽はまだ高く、通りには人々の活気が満ちている。
でも、街の南西、集合住宅の廃墟が建ち並ぶ一帯へ続く通りへ入ると、その光景は一変する。
遠くの喧騒以外、人の気配が無いそこは、あまりにしんとしていて不気味極まりない。
もう何度も通った道だけど、徒歩と馬車では、その不気味さの度合いがまるで違う。
あまり人が多すぎても嫌だけど、こうも人が少ないというのも、嫌だな。
そんなことを思いながら歩き、診療所のある建物の前まで辿り着いた時だった。
「ハイディマリーはここか」
「――!」
一瞬にして、全身の血がゾワッと冷える感覚。
反射的に剣を抜きながら、振り返る。
音の無い一帯に、耳障りな金属音が鳴り響いた。
「くっ……!」
昨日の光景が蘇る。
余裕の笑みを湛えながら、私と鍔競り合いを繰り広げる男、アール・ラドフォード。
……一体、どこから現れた?
「やはりこっちか。まぁ、サイラスたちの方でも、そうは変わらんがな」
「!」
まさか、つけられた?
「私は運がいい。大した労力もかけずに目標を達成できそう……だっ!」
「うあっ!」
とんでもない力で、剣ごと弾き飛ばされる。
すぐに体勢を整えようとした時には、もう遅かった。
「うぐっ……!」
腹部にめり込む、アールのつま先。
その衝撃で私はさらに吹き飛び、地面を何回か回転して仰向けになって止まった。
「う……あぁ……」
激痛に、無意識に身体が曲がる。
痛みに負けないほど強烈な嘔吐感のせいで、身体中に汗が滲む。
力が、入らない……!
「今ので、剣を取り落とさないとはな」
え……?
「まだ意識はしっかりしているということか。だが、たったの一撃でこれとは。護衛にもならん雑魚を、なぜそばに置いておくんだろうなぁ。やはり、あの女の考えは理解できん」
ゆっくりと歩み寄ってきたアールは、呆れた様子で私を見下す。
……それより、え? 私、どうして剣をまだ握っているんだ?
まだ身体に力は戻ってない。でも、右手はしっかりと剣を握っている。
前にも、こんなことがあったような……。
「まぁいい。さっさと片付けよう。お前に恨みは無いが、ここで死ね」
私の首筋目がけて振り下ろされる剣。
避けるか防ぐかしなければ、斬られて終わりだ。
「――!」
次の瞬間、私の身体は勝手に動いた。
身体を回転させつつ立ち上がり、飛び退る。
もちろん、私の意思じゃない。
「ほお、まだ動けたか」
剣を空振りしたアールは、意外そうに眉を上げた。
違う。今のは私じゃない!
……一体、どうなってるんだ?
「何をぼーっとしている!」
「!」
その声に我に返り、剣を振ろうとするけど、身体の動きが鈍い!
「くっ」
それでもどうにか剣を振って、アールの攻撃を防ぐ。が、また身体が痛みに負けている。
さっきの一瞬だけ、なぜか痛みが消えていた。それがまた復活したんだ。
私の身体に、何が起こっているの?
「弱い! なんだ、その力は!」
「うっ」
また剣ごと弾かれ、今度は右腕を掴まれた。
「――!」
直後、私の身体は浮き上がり、
「ぐぅっ!」
また地面に倒された。
「お前なんぞに構っている暇は無いんだ。あまり手こずらせるな」
「ぐっ……!」
アールは私の上に乗り、空いている左手で私の首を掴む。
そしてそのまま、握り潰すかのごとく力で締め上げ始めた。
「が……がぅ……ぇ……」
苦しい……!
足をバタバタさせても、身体を捩っても、どうにもならない。
アールの力は強く、私の左手では引き剥がせない。
……し、……死ぬっ。
全身の力が、すーっと抜けていく感覚。
視界が、狭まっていく。意識が、遠のいていく……。
「ティナっ!」
声……?




