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22-B

 屋敷の裏門辺りに集まっていたカルメナの警官たちは、突如現れ突如凶行を開始した男1人に、為す術無く斬られていく。


 警官たちを蹴散らしながら、裏門から続く路地へ駆け込んでくるアール。

 その先にいるのは、私たちだ。


 アールは、すぐに私たちに、というより私に気付く。

 今度は本当に考えてる余裕が無い!


「どいてっ!」

「わっ」

 コンウェイ警部補を突き飛ばし、剣を抜き放つ。


 直後、弾ける金属音。

 それと共に、とんでもない衝撃が私の腕を襲う。


「うっ……!」

 攻撃は、受け止めることができた。できたけど、その威力が半端じゃない!


 柄を両手で握って、アールの剣を押し返そうとしてみるけど、ビクともしない。

 なんて力だ!


「……やはりお前は、ハイディマリーの手駒だったか」

 余裕の表情を貼り付けたアールが、獣の唸り声のような低い声で言う。


 私は、アールの剣を防ぐのに必死で、その言葉に何の反応もできなかった。


「あの男を捕らえろっ!」

「!」


 軽々と仲間を殺されたことに対し、恐怖よりも怒りが勝ったのか。

 カルメナの警官たちは一斉に剣を抜き、アールへ突撃していく。


「だ、駄目っ! 逃げてっ!」

 私の叫びは、届かない。


「そうだ。逃げるのが賢い選択だった」

「!」

 アールはヘルミーネを抱え直し、さらに力を込めて私の身体を剣ごと弾き飛ばす。


 剣と共に跳ね上がる両腕。


「――ぐぅっ!」

 ガラ空きになった私の腹へ、アールの靴裏がめり込む。目が飛び出そうなほどの衝撃。


 吹き飛ばされるのと同時に、腹部から激痛が広がる。


「ティナ!」

「うっ」

 吹き飛ばされてすぐに、私は何かに衝突した。いや、受け止められたんだ。


「げほっ、げほげほっ……」

「大丈夫か、ティナ!」

 咳き込む私の耳に響く、警部補の声。


 それに答えようとして、眼前で繰り広げられている惨劇に、硬直する。


 アールに向かっていったカルメナの警官たちは、まるで強風に薙ぎ倒される樹木のように、1人、また1人と致命傷を食らい、崩れるように倒れていく。


 そしてあっという間に、赤黒く染まったその一帯は静かになった。

 血の海に浮かぶ、20人ほどの警官。

 1人として生きていないことが、調べるまでもなくわかる。


「ふん」

 鼻で笑い、剣を振って血と脂を落とすアール。


 ……次は私たちだ。

 そう思った直後、奴の顔がこちらへ向けられた。


「部下の人たちを連れて逃げて。コンウェイ警部補」

 アールを注視したまま言う。


「何を言ってる。君はどうするんだ」

「あなたたちが逃げる時間を稼ぐ」

「そんなこと、できるわけないだろ」

 ……私も、そう思う。


「だから、私が殺される前に、できるだけ多くの警官を呼んできて」

「なっ、……本気か?」

 冗談なんか、言っていられる状況じゃない。


「本気だよ。だから、早く! 早く行って!」

 剣を構える。


 警部補たちは、まだ動かない。


「行って! 私を死なせるつもり?」

 苛立ちを込めて叫ぶと、警部補はようやく動き出す。


「待ってろ! すぐに応援を呼んでくるからな!」

 複数の足音が、私から離れていく。


 それを聞きながら、ようやくヘルミーネを下ろしたアールを睨みつける。


 ……勝てる気がしない。いや、勝たなくていいんだ。

 とにかく、奴らを逃がさないように、ここで足止めできればいい。


 でも、それすらできる気がしない。いや、私がやらなきゃいけない。

 ここには、私しかいないんだから……!


 そこかしこで、悲鳴や動揺の声が上がる。

 もちろん、この場に作られた地獄のような光景によって引き起こされた騒ぎだ。


 周囲の建物から、次々に住民たちが飛び出して逃げて行く。


 私は彼らを見ることなく、呼吸を整える。

 目の前には、すでにこちらに向かって歩き始めているアールの姿。


 ……なんて威圧感だ。さすが、ヘルムヴィーゲの元Bランク傭兵。

 あの国のEランク女傭兵にすら手も足も出ない私に、どうこうできる相手じゃないのは理解している。


 現役を退いてどれくらい経っているのかわからないけど、それによって多少は弱体化していることを期待するしかない。


 剣をぐっと握り、駆け出す。


「だあああっ!」

 全力で、剣を振り下ろす。しかし、それは軽々と受け止められ、押し返される。


「くっ……」

 じわじわと迫る、敵の刃。わずかでも気を抜けば、私は真っ二つだ。


 手足、いや、全身に汗が滲む感覚。


「臆せず向かってきたことは評価しよう。だが、あまりにも弱すぎる。なんだこれは。ちゃんと力を入れているのか?」

 アールは余裕の笑みをわずかも薄めることなく、尚も剣を押し込んでくる。


 こいつにとってそれは、ほんの少し力を加えただけなんだろう。


 ……本気を出すまでもないってことか。

 もしこいつが本気なら、私はもう立っていない。


「アール! 早く逃げないと、警察が」

 アールの後方から、ヘルミーネの声。彼女はアールと違い、少し焦っているようだ。


「そうだな。なら、さっさと片付けるか」

「! う……ぁ」

 直後、アールの力は一層増し、私の腕が悲鳴を上げる。


 迫る刃は、もう目と鼻の先。

 あとわずか数センチで、私の首筋を斬り裂く位置にまで来ていた。


 鼓動が激しくなり、呼吸も早くなる。

 恐怖に、腕だけじゃない、全身が震える。


「ハイディマリーはどこにいる。この国に来ているんだろう? それを喋れば、殺しはしない」

 落ち着き払った口調で、取引を持ちかけるアール。


「お前はまだ若い。こんなところで死にたくはないだろう。正直に話してしまえ。ただし、嘘は言うなよ?」

 近付いてくるアールの顔。そこにある笑みが不気味に深まる。


 ……正直に話そうがどうしようが、こいつが私を斬らない保証は無い。


「教えるわけ、ないでしょ……」

 屈してたまるか!


「そうか、残念だ。若い芽を摘むことはしたくなかったんだがな」

 あれだけ警官を殺しておいて、どの口が言うんだ!


 さらに押し込まれる刃。もう駄目だ……。


 諦めかけた直後――


「――!」

 足に衝撃。勢いよく、視界が傾く。


「!」

 その視界が、何かに覆われる。温かな、何か。


「――!」

 その何かが、私の顔を掴んで振り下ろす。


「がっ……」

 直後、後頭部に強烈な衝撃。次いで、激痛が爆発。


 視界が明滅し、全身の力が抜けた。




「ぁ……ぅ……」

 身体が動かない。


 男性と女性の声。何を言っているのかはわからない。


「ぅ……ぅ……」

 足音? 離れていく……。


「ぁ…………」

 ピリッと痛みが走り、ぼやけた視界は暗く閉ざされた。




「……ぅ」

 ぼんやりとした視界が、次第に晴れていく。


 そして視界を埋め尽くすのは、赤みを帯びた空。

 雲と雲の間に、鳥の姿が小さく見える。


 私は、……寝ていたのか?


「大丈夫か、ティナ」

「!」

 すぐそばで、男性の声。そのほかにも、周囲に大勢の声や足音がある。


「ロナルドさん……」

 視線を巡らせ、すぐ横に座って私を見ている彼を発見。


「ようやく目を覚ましたか」

「随分寝てたな~」

「サイラスさん、ヴェルノさん……」

 2人は歩み寄ってきて、私を見下ろす。


 そこでようやく、思い出した。


「そうだ。ヘルミーネさんたちは? ……いっ!」

 身体を起こそうとして、後頭部の痛みに顔が歪む。


 そんな私の背を、ロナルドが支えてくれた。


 周囲には、数えきれないほどの警官の姿があり、いくつもの声が飛び交っていた。

 ここはどこだろう。カルメナのどこかだというのは、街並みでわかるけど……。


「アールさんの部下は全員捕らえたが、ヘルミーネさんとアールさんの2人は、まだ見つかっていない」

 サイラスの答えに、私は歯を食い縛る。


「……すみません。どうすることもできませんでした」

 一瞬にして、やられた。何もできなかった……。


「私がもっと早く動いていれば、警官が斬られることも……」

 ハッとして、サイラスの顔を見上げる。


「斬られた警官は?」

「……斬られた22人全員が、助からなかった。ほぼ全員が、即死だったそうだ」

 あの斬られ方、あの出血量で、助かるわけがないとは思っていたけど……。


「だが、お前が気に病むことではない。自分を責めるな。お前はよくやった」

「サイラスさん……」

 私を見る彼の表情は、穏やかだった。


「そうだな。アールさんと1対1でやって、生きてただけでもすげぇよ」

 腰に手を当て、ヴェルノが笑う。


「それは、……アールさんに私を殺す気がなかったからです。あの人が本気で殺すつもりだったなら、私はきっと、最初の一撃で死んでいたはずですから」


 なぜアールは、私を殺さずに去っていったのか。ただの気まぐれか?

 だとしたら、その程度の相手としか見られてなかったってことだ。


「だろうな。お前があの人に敵うわけがない」

「俺らでも、1対1なら結果は同じだったろ。すぐにやられるかどうかの違いしか無いと思うぜ」

 サイラスとヴェルノの言葉に、ロナルドは頷く。


 ……あれだけ圧倒的な実力差があると、悔しさすら湧かないな。

 あるのは絶望感だけだ。


「ティナ。お前はラベドラへ戻れ」

 サイラスはそう言いながら、私の横に膝をついてしゃがみ、私の目をじっと見つめる。


「カルメナは今、警察に包囲されている。ヘルミーネさんたちは、まだこの街のどこかにいるだろう。俺たちは、ここに残って2人を探す」

 私も残るとは、言えなかった。


「だが、お前はボスのもとへ戻れ。あそこには医者もいるだろう。その怪我を診てもらうといい」

「……わかりました。でも、気をつけて下さいね」

 そう呟くと、サイラスは「ああ」と頷いた。




 その後、私は、コンウェイ警部補と共に警察の馬車に乗って、カルメナを後にした。

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