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22-A

 野良娼婦たちを信じていなかったわけじゃない。


 だけど、まさか、本当に警察よりも先に敵を見つけちゃうとはね。

 パトリックの時もそうだったけど、彼女たちの情報網の大きさと、その伝達速度には驚かされるよ。



 で、ヘルミーネと思われる人物が目撃されたのは、デボンの北にあるノタリオから北西へ行ったところにある、カルメナという街。

 名前くらいは聞いたことがある。


 その街で一番の資産家の屋敷へ入っていくのを、カルメナの野良娼婦が見たらしい。


 しかも、目撃情報は一つじゃない。

 中には、5日前にはすでに怪しい人物を見かけていたという情報もあった。


 一体、何人の娼婦がうろついているんだ?

 敵に怪しまれるんじゃないかと心配になる。



 それらの情報は、すでにラベドラ警察にも流されていた。

 警察と連携しているサイラスたちも、警察と共にカルメナへ行く準備をしているようだ。


 だけど、ラベドラ警察は、北のデボン警察には連絡を入れたものの、当のカルメナ警察とは連携しない方針を固める。


 なぜなら、あの街の警察は資産家から献金を受けている疑いがあるため、まともに働かないどころか、敵にこちらの情報を流す恐れがあるからということらしい。


 野良娼婦たちもそれがわかっているから、わざわざラベドラまで情報を運んできたんだろう。



 カルメナは規模の小さい狭い街で、その中に多くの建物が建ち並んでいるため、道が相当入り組んでいる。

 攻め込むなら、もし逃げられても探しやすいであろう明るい内がベスト。


 組織された警察隊は、昼前にはラベドラを発つことを決めたようだ。

 もちろん、サイラスたちもそれに同行する。


 じゃあ、私とイルマは?




「イルマを連れて行く。お前はここでボスと待っていろ」

 診療所へやってきたサイラスは、私にそう告げた。


 まぁ、戦力的に言えば、それが妥当なんだろう。

 私では足手まといになる可能性の方が高い。それはわかってる。


 でも……。


「あの、……私に行かせてもらえませんか?」

 私は少し、焦っていたのかもしれない。


「駄目だ。はっきり言うが、お前は役に立たない。以前襲撃を受けた際も、イルマがいなければ危なかった。それは、お前自身が一番理解しているだろう?」

 それに関しては反論できない。


「でも、私、ヘルヘイムに入ってからまだ全然役に立ててないんです。役に立たないから使われない。そんな繰り返しは、嫌です。だからお願いです、私を連れて行って下さい!」

 私の目を見るサイラスは、難しい顔をする。


「……やる気だけは認めてやる。だが、お前は連れて行けない」


 さらに食い下がろうとした時、いつの間にか私の横に来ていたハイディマリーが、私の肩にぽんと手を乗せた。


「いいじゃない、サイラス。この子を連れて行ってあげなさい」

「はっ? しかし……」

 サイラスが動揺するのも無理は無い。私だって、驚いている。


「やる気があるのはいいことよ? この子がヘルヘイムの社員として役に立ちたいと思っているのは、私にとって喜ばしいことだわ」

「しかし、やる気だけでは……」


「そのやる気が、良い結果をもたらすことだってある。戦力としては心許ないかもしれないけど、この子にもやれることはあるはずよ。そうでしょう?」

 ハイディマリーの落ち着いた優しい口調に、サイラスは目を伏せ、黙り込む。


「……わかりました。ティナを連れて行きましょう」

 やがて顔を上げたサイラスは、私の目を見てそう言った。


「本当ですか?」

「ああ。だが、お前は戦力として数えない。お前は警官と一緒に、屋敷の周辺を探るんだ。いいな」

「はい!」

 嬉しくて、つい大きな声で返事をした後、ふとあることを思い出す。


 そして、ベッドに座っているイルマへと顔を向ける。


「イルマさん……」

 彼女は、さっきから一言も喋っていない。私が選ばれたというのに、全く反応が無い。


 それどころか、彼女は優しく微笑んだ。


「よかったね、ティナ。頑張って」

「え、……うん」

 イルマはベッドから下り、ハイディマリーの腕に抱きつく。


「私は、ここでボスと待ってるから。私がボスの護衛の方が安心できるでしょ? サイラス」

 言われたサイラスは、意外そうに目を丸くしながら、「ああ、そうだな」と頷く。


「じゃあ、サイラス。ティナのことお願いね」

 イルマの頭を撫でながら、ハイディマリーは彼に笑いかける。


 言われたサイラスは、「お任せ下さい」と、すでに頭を切り替えた様子。


「気をつけて行ってらっしゃい。ティナ」

「はい。行ってきます」


 ハイディマリーとイルマに見送られ、私はサイラスの後に続いて診療所を出た。




 それから1時間と少しして、私たちを乗せた馬車はカルメナに到着。


 すると、一足先に出動したデボンの警察隊とカルメナ警察が、ちょっとした衝突を起こしていた。


 話を聞くと、カルメナ警察は、何の連絡も無しにやってきたデボン警察が気に入らないらしく、デボン警察を締め出し、独自に捜索を始めると言い出しているらしい。


 私たちと一緒にカルメナに来たラベドラ警察もまた、中に入れず立ち往生。



「やれやれ。彼らは本気で我々を街へ入れないつもりらしい」

 ラベドラの警察隊を指揮するプライス警部も、呆れた様子でカルメナの警官たちを見ていた。


 デボン警察もラベドラ警察も、そして私たちも、カルメナの南で足止めを食っている。

 通りへ続く道は、カルメナの警官によって封鎖され、彼らはこちらを隙無く監視していた。


「やはり、資産家から献金を受けているというのは本当のようですね。カルメナ警察は、単独で捜索すると言ってはいるが、その実、敵を庇い、逃がそうとしているのではありませんか?」

 腕組みするサイラスに、警部は「かもしれんな」と溜め息。


「……だから、行ってもいいぞ。ここは我々警察が何とかする。君たちは君たちで動いてくれて構わない」

 腰に手を当てて、警部は言う。


「ええ。そうさせてもらいます」

 サイラスは、そばにいるヴェルノとロナルドと顔を合わせ頷き合うと、最後に私へ目を向けた。


「ティナ。残念だが、お前の出番は無さそうだ。ここで待っていろ、いいな」

「……はい」

 警察と行動できなくなった以上、私は役目を果たせない。仕方ないか……。


「あの、……気をつけて下さいね」

 歩き出すサイラスたちの背に、声をかける。


 すると、ロナルドは振り向いて頷き、ヴェルノは「おう」と返事をして手を振り、サイラスは振り返らずに「心配するな」と返してくれた。




 サイラスたちがこっそりカルメナへ侵入してから30分ほど経った頃、急にカルメナの警官たちが慌ただしくなった。


「どうやら、彼らが行動を起こしたようだな」

「! サイラスさんたちですか?」

 隣に立つ警部は、「ああ」と頷く。


 ヘルミーネが入っていったとされる資産家の屋敷。

 サイラスたちはそこへ向かい、おそらく、侵入したんだろう。

 それをカルメナ警察が知り、騒ぎになっているってことだと思う。


「よし。そろそろ我々も動くか」

 警部はそう言って、近くにいたコンウェイ警部補を呼んだ。そして、なぜか私の顔を見て話し始める。


「これより我々は、カルメナの警官たちを押さえる。ティナ。君はその騒ぎに乗じて、コンウェイ警部補の隊と共に屋敷へ向かえ。ただし、君たちの仕事は屋敷周辺の捜索だ。敵との交戦はできる限り避けろ。いいな」


「……はい!」

 私の返事を聞いた警部は、満足げに頷いた後、身を翻す。


「行くぞ、お前たち! 突撃ぃ!」

 警部の号令で、一斉に駆け出すラベドラ警察隊。近くにいたデボン警察隊もそれに気付き、同調。


 およそ100人の警官の突撃により、わずか十数人のカルメナの警官たちはあっという間に押し流され、私たちの侵入を許すことになった。


 すぐに、そこかしこで警官同士の戦いが始まり、私たちはその中を立ち止まることなく駆け抜けていく。

 そして隙を見て脇道へ入り、走る速度を上げた。




 資産家の屋敷は、カルメナの中心辺りに建っていた。二階建ての、そこそこ立派な建物。

 フェンスで囲まれた敷地も、なかなかの広さだ。


 周囲が、一階建ての簡素な建物ばかりの街並みなので、ほかの街では多く見られるようなやや大きめという程度の屋敷でも、かなり目立つ。


「……随分騒ぎになってるな」

 やや離れた建物の影から、屋敷を眺める私たち。


 確かに、警部補が言うように、屋敷の前にはカルメナの警官たちが集まっている。


「とにかく、裏に回ろうか」

「そうですね」

 私たちは正面から行くことを諦め、屋敷の裏へ向かった。




 屋敷の裏にも門があり、そこにもカルメナの警官たちの姿がある。


「……もしかして、包囲されてるんじゃないですか?」

 そう呟くと、警部補や彼の部下たちは口を「あ」の形にする。


「そうか。カルメナの警官にとっては、サイラスたちが侵入者であり、敵ってことになるのか」

「ええ、たぶん」

 だとすると、私たちも見つかったらヤバイ。


 なんて考えてると、現実にそうなっちゃうものである。


「そこで何をしている!」

「!」

 背後からの声に振り返ると、カルメナの警官数人がすでにこちらへ向かってきていた。


「お前ら、ラベドラ警察か! いつの間にこんなところまで!」

「ラベドラ警察だと!」

 マズい。裏門付近にいる奴らにも気付かれた。


 どうする……。


「くそっ! 逃げるか?」

 慌てる警部補。どうして私に判断を求めるんだ! あんたが指揮官だろ!


「捕らえろっ!」

 考えてる暇は無い。


「走って!」

 警部補の腕を掴み、駆け出す。彼の部下も、私の声に反応して走り出す。


 その時――


「!」

 屋敷の一階、向かって右端にある部屋の窓ガラスが内側から割られ、何かが飛び出てきた。


 ――人だ!


「……アールさん?」

 立ち止まり、その名を呟く。


「何だって?」


 ガラスを割って出てきたのは、赤みを帯びた茶髪の長身の男。

 忘れもしない。あれは、ヘルミーネの側近、アール・ラドフォードだ。


「なっ、何だ? 何者だっ!」

 カルメナの警官たちが、男の突然の出現に驚いて騒ぎ出す。


「誰かを抱えてるぞ」

 警部補の言う通り、アールは女性を軽々と抱きかかえたまま、こちらへ走ってくる。


「ヘルミーネさん……?」

 私の呟きに、警部補とその部下たちの視線が集まる。


「ぐあっ!」


 しかし、直後上がった悲鳴にも似た声に、全員の顔がアールの方へ戻った。


「なっ……」

 すぐそこで噴き上がる、赤い飛沫。


 それは一つではなく、二つ三つと次々に……。


 アールは、ヘルミーネを自分に抱きつかせたまま、持っていた剣で警官を次々に斬り裂いていく。

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