21-B
ローレンツの名前が出てきただけでも驚きなのに、ハイディマリーが彼の帰る場所だの、2人は親子だのそうじゃないだの、ちょっと整理する時間が欲しいところ。
っていうか、もっとちゃんとした説明が欲しい。
「えっと、どういうことですか?」
たぶん引きつった笑みを浮かべているであろう私に対し、ハイディマリーも微笑む。
「詳しく聞きたそうだね」
そりゃもう。
「ぜひ、聞かせて下さい!」
「いいよー」
そしてハイディマリーは、説明の口を開いた。
「あの子と初めて出会ったのは、今から7年前。ヘルムヴィーゲにある、ヘルヘイムが経営している孤児院を視察に行った時に、当時12歳のあの子と出会ったの」
彼、ヘルムヴィーゲ国出身なのか……。
「あの子は、出会った時にはすでに、傭兵を目指していたわ。8歳の時に、ファミリアの襲撃で両親を亡くしたことをきっかけに、傭兵になる決意をしたみたいでね。孤児院に来るまでは、腕の立つ傭兵と一緒に旅をしながら、剣を学んでいたらしいの」
? 傭兵と一緒にいたのに、どうして孤児院に行くことになったんだろう。
「でも、ある朝目が覚めたら、その傭兵は姿を消していたんだって。剣と、少しのお金を残して。で、行くあての無いあの子を、偶然孤児院の職員が見つけてね。それであの子は、孤児院で暮らすことになったの。あの子と出会ったのは、あの子が孤児院に入って大体1年が経った頃、だったかな」
彼の過去は、とても興味深い。
……でも、なんでこんなに興味を持っているんだろう。
「あの子の剣捌きは、素人目にも、とても優れているってわかったわ。それに、何が何でも傭兵になってやるっていう、あの子の強く固い意思。私、すぐにあの子のことが気に入っちゃってね。そばに置いておきたくなっちゃったのよ」
この人の性格というか性質は、昔からなんだな、やっぱり。
「それで、孤児院から引き取ったんですか?」
「そういうこと。それで、ブリュンヒルデに連れ帰って、あの子が満足にトレーニングできる場所を用意してあげたり、就労権を取らせるために学校へも通わせたわ。何不自由の無い環境を与えてあげた、はずだった」
「はずだった?」
気になる言い回しだな。
ハイディマリーは静かに息を吐きながら、視線を伏せる。
「……でも、あの子が本当に欲しかったのは、そんなものじゃなかった。あの子が私に求めていたのは、親としての愛情。いつも明るくいつも笑顔でいたあの子だけど、本当はずっと孤独と戦っていたのよ」
私も、8歳の時に母親を亡くした。片親を失っただけで、あれだけ辛かったんだ。
両親を一度に失った苦しみや孤独は、相当なものだったに違いない。
「それを、あの子が直接私に言ったわけじゃないけど、言わなくても伝わってきた。ずっと、あの子のことを見ていたからね。……だから、私は決心した。この子の親代わりになろうって」
そういうことか。
「まぁ、私も昔いろいろあって、親っていうものがどういうものなのかあまり理解できてなかったんだけど、とにかくあの子のために尽くすことにしたの。毎日あの子と向き合って、話をして、いろんな感情を共有し合った。そうする内に、あの子が寂しそうな顔をすることはなくなっていったわ。本当の笑顔を見せてくれるようになった」
そして笑い、「嬉しかったなぁ」としみじみと言うハイディマリー。
「でも、あの子が傭兵になってからは、毎日会えなくなったわ。13歳で傭兵になって、あの子はどんどん傭兵としての階段を駆け上がっていった。気付けば、最高位のAAAランクにまで上り詰めちゃって」
本当に、すごいと思う。
何百年、いや、何千年に1人の逸材って言われるような人だよ、彼は。
実際、すでにそう言われているのかもしれない。
「天才と呼ばれ、そう扱われるのに相応しい活躍をしてくれるのは嬉しくて誇らしかったけど、今度は私が寂しくなっちゃってね。そんな私の気持ちを知ってか、あの子は年に何回かは私のもとへ戻ってきてくれるようになったの」
やっぱり、優しいなぁ、彼。
ハイディマリーは私を見つめ、ニヤリと笑う。何、その顔。
「あの子、あなたのことを相当気に入ってるみたいよ?」
「えっ?」
「あなたは、あの子のことどう思っているの?」
「え? どうって……。えっと……」
そんなこと聞かれても、よくわからない。
……でも、本当にそう?
「優しい人だな、とは思います」
「それで?」
「……それだけです、けど」
「えぇ~? それだけ~?」
ハイディマリーは、つまらなそうに眉と口を捻る。
そんなこと言われても、ほかには……。
「……ま、数回しか会ったことないんじゃ、そんなものかもね」
息を吐き、気を取り直すように微笑むハイディマリー。
「でも、ティナがこんなこと言ってたよって伝えたら、あの子、ちょっと残念がるかもなぁ」
「えっ、言うんですか?」
「もちろん。私は母親なんだから、我が子の恋を応援するのは当たり前でしょう?」
なっ……!
「こ、ここ、恋って! え? ええっ? そういうことなんですか?」
ハイディマリーは怪しげに笑みを深める。
「そういうことでしょう。あの子があんなに女の子の話をするなんて、初めてだったからね。逆に、これが恋じゃなかったら何なのって話になるでしょ?」
「えぇぇ……?」
本当、なのかな。
ローレンツが、私に恋をしてる?
え? 好きなの? 私のことが?
……し、信じられないよ、そんなの。
そう、彼の口から直接聞くまでは……って、何考えてるんだ、私は!
恋、か……。私は、どうなんだろう。
私はあの人のこと、好きなのかな…………。
翌朝、イルマと交代するために娼婦の寮を訪ねたんだけど……。
「……これは、どういうことですか?」
「いや、あたしはすぐ寝ちゃったから、知らない……」
リリアンと並んで見つめるその先に、イルマはいた。
ここは、野良娼婦たちが使っている寝室。
物で溢れ返っていろんなニオイがするその中に、ベッドらしき物が覗いている。
そしてそこに2人の娼婦がいて、彼女らに挟まれる形で、イルマの姿があった。
まぁ、それだけなら、一緒に寝たんだな~って納得できるんだけど、問題は、彼女が、いや、彼女たちが全員裸だというところにある。
見渡せば、床などに服が散乱している。
……なんで下着すらつけてないんだよ。
「ん……」
「!」
イルマが、目を開く。そして、寝ぼけ眼で私を捉えた。
「あ、ティナ。おはよ~……」
ふにゃふにゃした声で言いながら、身体を起こす。
「おはよう、イルマさん。……ねぇ、どうして裸なの?」
ベッドに歩み寄って問いかけると、イルマは自分の姿を見下ろし、「えへへ」と笑いながらこちらへ向き直る。
「脱がされちゃった」
「えっ、脱がされたって、この人たちに?」
イルマは「うん」と頷いてあくびをする。
「でも、気持ち良かったんだ~」
「……ん? え? 何?」
気持ち良かったって、何が? 裸で寝たのが気持ち良かったのか?
「あ~、こりゃ食われたな」
出入口からこちらを見ていたリリアンが、引きつった笑みを浮かべている。
「食われた? どういうことですか?」
しかしリリアンは、作り笑いのようなものを浮かべたまま、答えようとはしなかった。
昨夜、あれだけここで過ごすのを嫌がっていたイルマは、まるで別人になったかのように、「また明日ね~」と娼婦たちに手を振り、診療所へ行くために部屋を出て行った。
一晩であんなに仲良くなるなんて、よっぽど娼婦たちと過ごした時間が楽しかったんだろう。
よかった。イルマって、結構社交的なんだな。
「じゃあ、あたし仕事に行くけど、あんた嫌なことは嫌ってはっきり言いなさいよ?」
夕方、リリアンは仕事に行く前に、私にそんなことを言い残した。
どういう意味か聞こうとした時には、すでに彼女は部屋を出て行った後。
そしてそのすぐ後に、彼女の言葉の意味を知ることになるのだった。
「――!」
「つっかまーえたっ!」
後ろから私に抱きつくのは、茶髪ポニーテールの娼婦オルネラだ。
「なっ、何してんですか! 離して下さい!」
慌てる私の視界に、横から入ってくるもう1つの影。
「あなたも、なかなか可愛いじゃない」
「なっ……?」
左右で長さの違う黒髪の娼婦ベアータが、切り揃えられた前髪の下にある瞳を、笑みの形に歪ませる。
「何するつもりですか!」
聞くと、私の前後を挟む彼女らは目を見合わせ、「何するつもりって、ねぇ?」と同時に首を傾げた。楽しげに。
「昨日の夜、あなたのお友達としたのと同じことをするんだよ」
「えっ? ひぇっ!」
身体を寄せてきたベアータの手が、私の胸を撫でる。
ちょっ、ちょっと待って!
イルマはこの人たちと何したんだよ!
「イルマちゃん、すごく楽しんでくれたんだ。おかげで、すぐに仲良くなっちゃった」
「わっ、わわっ、どこ触って……!」
私の身体に回されていたオルネラの手が、すーっと下がっていく。
行き着く先は、……股間だ。
「もうすぐラヴィーナとキッカも帰ってくると思うから、今日は5人で楽しもうね」
「やっ、やめっ……」
「ティナちゃんも、まだ経験無いんだよね? でも心配しないで。お姉さんたちがいろいろ教えてあげるから」
「やめっ、やめて……」
気付けば、2人の手が私の服を脱がし始めていた。
待って、待ってよ! あまりに急すぎるでしょ! 心の準備が……。
いやいや、違う違う!
準備できてればオッケーってことじゃなくて!
「や……」
嫌なことにははっきり嫌って言えって、こういうことですか、リリアンさん!
でも駄目だ。うまく声が出ない!
またかよ! また私は、受け入れちゃうのか!
「さぁさぁ、ベッドへ行こうね~」
「あ、あの、あの……」
私は2人の娼婦にずるずると引きずられるように、寝室へ連れ込まれてしまうのであった。
そんなこんなで、1週間以上が経過。
その間、ヘルミーネたちの情報は一切入らず、警察の捜査も行き詰まりつつある。
野良娼婦たちも、有力な情報を掴めずにいた。
「……」
散らかった狭苦しい部屋で迎える、気だるい朝。これでもう、何度目だ?
周りを見れば、裸の娼婦3人が気持ち良さそうに眠っている。
彼女たちを起こさないようにそっと立ち上がり、自分の下着を探してつける。
……結局私は、彼女たちにされるがままになってしまった。
最初はもちろん、無理矢理されたという意識でいたけど、今はもう、えっと、……慣れちゃった。
女同士でも平気だなんてね。
自分がこんなに変わった奴だったなんて、知らなかったよ。
「!」
その時、玄関のドアが勢いよく開けられた音が聞こえた。
誰か帰ってきたのかなと思っていたら、目の前にあったドアも開けられ、慌てた様子で入ってきた娼婦ラヴィーナが、私の肩を掴んで言った。
「見つけた! 見つけたよ、ティナ! あんたたちが探してた人たちが、いたんだよ!」
それを聞いた瞬間、ぼやけていた思考が明瞭になり、意識が一気に覚醒した。




