21-A
思わず、ノックも無しにドアを開けていた。
とにかく、どういうことなのか確かめたくて仕方ない。
ルッツが、リサの父親?
嘘でしょ?
「あ、あのっ、今の話本当ですか?」
向かい合って座っていたルッツとハイディマリーは、私の登場に驚いたのか、目を丸くして固まっていた。
先に我に返ったのは、ハイディマリーだ。
「聞いてたの?」
「聞こえちゃったんです!」
ハイディマリーは、「同じことよね、それ」と苦笑。
「……まぁ、聞かれちゃったんなら仕方ない。そうよ。この人がリサのお父さん。間違い無いわ」
「えええっ?」
ホントなんだ。ホントに、ルッツがリサの父親なんだ。
……あれ?
でも、リサの父親は死んだって、母親のヒルダも言ってたような……。
「僕も驚いたよ」
ルッツは、「ははは」と困り顔で笑っている。
「でも、彼女が妊娠していることは知っていたから、どこかで子供を産んで、2人で暮らしているんだろうなとは思っていたんだ」
ルッツが逮捕されてからは、一度も会ってなかったってことか。
「でもなぁ。まさかそんな近くにいたとはね……」
そう言ってから、ベッドの縁に座るハイディマリーに向き直るルッツ。
「……もう二度と、彼女に会うことは無いし、彼女の名を聞くことすら無いと思っていました。ですから、今はまだ現実を受け止めきれていないと言いますか、なんと言いますか。とにかく驚いてしまって……」
ハイディマリーは、「無理も無いわ」と頷く。
それから、私に向かって手招き。
「ドアを閉めて、こっちに来なさい。いろいろ、聞きたいことがあるでしょう?」
「あ、はい!」
そうそう。とにかく説明してもらわなくちゃ。
私はドアを閉め、ハイディマリーの隣に座った。
私がこの診療所のことを話した時、なぜハイディマリーが興味を持ったのか。
それは、ルッツのことをヒルダから聞いていたからだった。
ルッツが逮捕された後、ヒルダは一度は実家に戻ったものの、両親にお腹の子供のことを厳しく追及され、再び家出をしたらしい。
その後、仕事を探してカランカへ。しかし、妊婦である彼女を快く雇ってくれるところは無い。
そもそも、ミドルスクールを出ていなかったヒルダは、就労権を持っていなかったので、そのことも大きな壁となった。
持っていたわずかなお金も底をつき、駅前のベンチで途方に暮れていたヒルダを、偶然通りがかったハイディマリーが発見。
事情を聞き、保護することを決めた……ということのようだ。
「あの時のあの子は、すごく危なっかしかったの。放ってはおけないって思った」
ヒルダと出会った時のことを、視線を伏せながら語り続けるハイディマリー。
「だから私は、あの子をブリュンヒルデに連れ帰って、安心して子供が産める環境を用意してあげた。無事に出産後、足りない分の教育を施し、就労権も取らせた。そして、本社で仕事を教えた。あの子、意外と覚えが良くてね、結構優秀な社員に育ったわ」
……ホントにこの人は、よく人を拾うなぁ。
拾った人たちが揃いも揃って優秀なのは、彼女の人を見る目もまた、優秀だからか。
「その後、4年くらい経ってからかな。あの子、オルトリンデに戻りたいって言ってきたの。自分が生まれ育った場所で娘を育てたいって言ってたけど、理由はそれだけじゃないって私は思ってる」
ハイディマリーは、向かいで椅子に座るルッツを見やる。
「きっとあの子は、あなたにもう一度会いたいって思っていたんじゃないかな。一言もそんなことは言わなかったけど、本心では、あるいは無意識的に、そう思ってた。そんな気がするの」
ルッツは何も言わない。
だから私は、気になっていたことを口にした。
「でも、ヒルダさんはリサちゃんに、父親は死んだって教えてたみたいですよ? リサちゃんの父親であるルッツさんに会いたいって思っていたのなら、そんなことしないんじゃないですか?」
するとハイディマリーは、すぐに「ああ、それはね」と反応。
「リサに初めて父親のことを聞かれた時に、咄嗟に答えが浮かばなくて、つい死んだことにしちゃったみたいなの」
それを聞き、ルッツは思わずといった感じに「えっ」と漏らした。
「言ってから、あの子相当後悔したみたい。一度死んだって言っちゃった以上、実は生きてるって訂正しても、じゃあどうしてあの時死んだなんて言ったのかって話になるでしょ? だから本当のことは言えず、結局今も、リサは父親が死んだと思ったきりってわけ」
なんだそりゃ。そんなの気にせず、ちゃんと説明すればよかったのに。
でも、そうか。
その時はまだ、リサは今より幼かったはずだから、説明しても理解できなかったかも。
いや、それにしたって、死んだことにしちゃうってのはどうなの?
ハイディマリーはにっこり笑って、再びルッツへ目を向ける。
「というわけだから、あなた自身がリサに会って、自分が父親だって名乗り出るしかないのよ。そうすれば、ヒルダも本当のことを言えるし、間違ったことを教えたことをリサに謝れるでしょう? 全て丸く収まるじゃない」
言われたルッツは、しかし、表情が冴えない。
「……本当に、丸く収まりますかね。今更、父親が生きていると知って、娘は喜ぶでしょうか」
ハイディマリーが何か言う前に、すかさず私は口を開く。
「リサちゃんは、絶対に喜んでくれますよ! だって、寂しそうだったから」
ルッツは「え?」と、私へ顔を向ける。
「私、リサちゃんと、少しだけですけど話をしました。父親の話を私がうっかり振っちゃった時、リサちゃんはそれをすでに受け入れてる感じで喋っていましたけど、私には、必死にそれを、自分に言い聞かせているように見えたんです」
そこで言葉を切り、息を吸う。
「きっとリサちゃんは、父親がいないことを少なからず悩んでいます。だからっ、生きているって知ったら、絶対に嬉しいはずです!」
早口で言い放った後、呼吸を整えて続ける。
「……私は、お母さんを病気で亡くしてますけど、もしも、実はそれは間違いで、本当は生きているってことになったら、どんなに嬉しいか。……だからきっと、リサちゃんも同じはずです」
ちょっと涙が滲んできた。
「ティナ……」
ハイディマリーは、私の肩を優しく抱いてくれた。
俯き加減だったルッツは、「そうだね」と顔を上げる。
「会いに、行ってみるよ。子供の顔を見たいと思っていたし、……ヒルダにも、会いたいからね」
すると、ハイディマリーは「よぉし」と握り拳を作る。
「私が、再会場所をセッティングしてあげる。そこにヒルダとリサを連れて行ってあげるから、会って話をしなさい。いいわね?」
顔は楽しそうだけど、口調は強め。有無を言わせずって感じだ。
「……は、はい。じゃあ、えっと、その時はお願いします」
ハイディマリーの目に見えない圧力に負けたのか、ルッツはその提案を丸呑みした。
きっとうまくいく。
すぐには無理だろうけど、きっといつか一つの家族になれる。
父親に会って、リサは何を思うのだろう。
ルッツに会って、ヒルダは何を思うのだろう。
……再会の瞬間を、私も見てみたいなぁ。
さて。
今日から、診療所のこの狭い個室で、ハイディマリーの潜伏生活が始まるわけだけど……。
「な~んか、昔を思い出すわねぇ~」
小さなベッドでゴロゴロしながら、呟くハイディマリー。彼女はすでに、パジャマに着替えている。
「こういう狭い部屋で、暮らしてたことでもあるんですか?」
何気なく聞いてみると、彼女は「まぁね~」と仰向けになって止まった。
「……若い頃は、いろいろと苦労したわ~。思い出したくないことも、山ほどあるし」
ハイディマリーの表情から、明るさがわずかに減った気がした。
……そういえば、この人はヘルヘイムの社長になる前は何をしていたんだろう。
ふと気になっちゃったけど、思い出したくないこともいっぱいあるみたいだし、聞かない方がいいよね……。
あ、そうだ。じゃあ、代わりにこれを聞いてみよう。
「あのぉ、ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
ハイディマリーは寝転がったまま、「なぁに?」と顔だけこっちに向ける。
「ボスって、誰かに私のことを聞いて、私に興味を持ったんですよね?」
忘れもしないあの日、初めてハイディマリーに会った日に言われたことだ。
「……ああ、うん。そうよ」
「誰に、私のことを聞いたんですか? まだ聞いてませんよね?」
あの時は、口を塞がれていたから聞けなかった。
その後、今に至るまですっかり忘れていたし。
一体、誰に聞いたんだろう。
私のことを知っている人なんて、そんなに多くないはずだ。
ましてや、ハイディマリーはヘルヘイムの社長。
私を知っていて、かつ、ハイディマリーとも接点のある人なんて、本当に存在しているのだろうか。
「そういえば、まだ言ってなかったっけね」
もぞもぞとベッドの上で身体を起こしたハイディマリーは、微笑みながらその名を告げた。
「ローレンツ・キストラー」
「!」
ローレンツ?
「あの子に聞いたの。あなた、あの子と何度も会っているのよね?」
それって、……あの人のこと、だよね?
「ローレンツって、AAAランク傭兵の……」
「そうそう」
「……はい。何回か会ったことがあります」
まさか、こんなところでその名前を聞くなんて、思いもしなかった。
……キストラーっていうんだ、ファミリーネーム。
ファーストネームしか知らなかった。
彼とは、これまでに、えっと、……4回くらい会ったかな。
長身で、綺麗な金の髪と暗い緑の瞳を持った美少年。
最年少でAAAランクになった、天才傭兵。
初めて彼と会ったのは、汽車の中だったっけ。
で、次は傭兵採用試験の試験場。
その次は傭兵として彼の手伝いをして、一番新しい記憶は、2ヶ月くらい前。
死にかけた私を、彼が病院に運んで助けてくれた。
まさか彼が、ハイディマリーとも接点があるとはね。
まぁ、AAAランク傭兵だし、顔も広いのかもしれないな。
「あの子ね、私のところへ帰ってくるたびに土産話をしてくれるんだけど、あなたに会った時はその話ばかりするのよ? あれだけ話されたら嫌でも興味を持つわ」
「私の話ばかり……」
いや、ちょっと待て。
そこも気になるところだけど、もっと気にすべきところがほかにあったぞ。
「……あ、あのっ、私のところへ帰ってくるって、どういう意味ですか?」
“来る”じゃなくて、“帰る”だなんて、おかしくない?
それじゃあ、まるで……。
「ああ、それは、私があの子の帰る場所って意味よ」
「へ?」
駄目だ、全然わからん。
首を傾げていると、ハイディマリーは驚くべきことを口にした。
「私は、あの子の母親だから」
「――! えっ、ええええっ?」
は、はは、母親ぁ?
ハイディマリーが、ローレンツの?
嘘でしょ?
「ほ、ホントなんですか?」
「ええ。本当よ」
これまた、さらりと言う。
「あ、でも、本当の母親じゃないよ? まぁ、母親代わりって感じかな」
「……?」
えっと、……ん、んんっ?
ちょっとよくわからないな。




