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20-B

 あの後、私は1人で宿の部屋へ戻った。

 リリアンには、日が暮れてから迎えに来てほしいと伝えてある。


 やっぱり、日が高い内に行動するのは不用心だもんね。

 どこに何がいるかわからないし。




 そして夜。

 宿の前に一台の馬車が止まり、客車から女性が1人降りてきた。


 それは、仕事用に着飾ったシェリー。さて、作戦開始だ。




 部屋のドアがノックされてすぐに、私はシェリーを招き入れる。


「はじめまして。シェリーと申します」

 青色のドレスの裾を掴み、膝を軽く曲げて挨拶をするシェリーに、ハイディマリーはにっこり微笑む。


「はじめまして。ハイディマリーよ。よろしくね、シェリーさん」

 そしてシェリーの前まで行き、右足を引いて右手を胸に当て、左手を横に出してお辞儀した。


 そんな彼女が着ているのは、いつもの女性用スーツではなく、男性用のスーツだ。

 白金の髪は小さくまとめて、シルクハットの中に隠してある。


 ハイディマリーが紳士の姿でいるのも、もちろん作戦の内。

 簡単に言えば、私がイルマから逃げる時にやったことと同じことをするってことだ。



 あの日私は、イルマから逃れるために、治療を受けていた病院からルッツの診療所へ移った。

 その際、どこでイルマが見ているかわからないからと、警官に変装したんだ。



 そして今回も、どこかで敵が見ているかもしれないという可能性を考え、ハイディマリーには変装して宿を出てもらうことにした。

 宿の玄関から馬車までの距離は、私の時と違って短いけれど、念には念を入れておかなきゃね。



 今回の作戦を考えたのは、もちろん私。


 私は、ハイディマリーにある変装をしてほしいと頼んだ。

 だけど、もちろん、その衣装を彼女が持っているわけがない。

 さてどうしようという話になったところで、サイラスがあることを思い出す。



 私がヘルヘイムに入ったあの日、サイラスたちは人身売買の情報を集めるため、カランカの宿を出て敵拠点巡りの旅に出掛けた。


 だけど、ヘルヘイムの制服姿でウロウロしていたら、やっぱり目立つ。

 そこで彼らは、変装用に何着か衣装を持って行ったらしい。

 ハイディマリーの提案だったとか。



 で、その衣装の中に、私がリクエストした物がちょうどあることがわかった。

 サイラスら男性陣の服ではサイズが合わないけど、同じ女性であり、身長も数センチしか違わないイルマの服なら着られる。


 そうしてハイディマリーは、イルマが持っていた男性用スーツを身につけ、今に至るというわけだ。



 私の立てた作戦は、ハイディマリーを紳士に変装させ、娼婦と馬車に乗って出掛けるというシーンを作ろうというもの。

 それなら、ごく自然にこの宿から脱出できると思ったんだ。


 大げさかもしれないけど、念のため。


 ……だけど、ちょっとした問題もあった。



 挨拶を終えた後からずっと、シェリーはハイディマリーのある部分をじっと見つめていた。

 それに気付いたハイディマリーは、「あはは」と苦笑い。


「やっぱり目立つよねぇ、胸」

 そう言って、自分の胸を手で触れるハイディマリー。


 ……確かに、目立つ。

 とても窮屈そうだ。


「イルマが着てた時は、普通だったんだけどな」

 ヴェルノはイルマを横目で見るけど、彼女は「ん?」と、言葉の真意が理解できていない様子。


 たぶん、私が着ても、イルマと同様自然な感じになるんだろう。

 ……別に、悔しくはない。


「まぁ、ちょっと腰が曲がった紳士って設定にすればいいよね?」

 ハイディマリーは腰を曲げて見せる。……う~ん、多少は目立たなくなったかな?


「大丈夫だと思います。それで行きましょう」

 サイラスも微妙な顔をしているけど、妥協しようということらしい。


「よし。じゃあみんな、私は隠れさせてもらうから、後はよろしくね」

 その言葉に、サイラスたちは姿勢を正して「はい!」と声を揃える。


「じゃあ、シェリーさん。行きましょうか」

「はい。あの、腕を組んでもよろしいですか?」

 え?


「ふふ。いいわよ」

 2人は楽しげに腕を組み、部屋を出て行った。


 ……ん? あれ? なんだろう、この気持ち。

 胸が締め付けられるような……。


「ティナ」

「! は、はいっ?」

 名を呼ばれ、現実に戻る。いつの間にか、目の前にサイラスが立っていた。


「ボスのことを、頼んだぞ」

 真剣な眼差しを、私に浴びせている。


 サイラスたち男性陣は、このままこの宿に残り、警察と連絡を取り合うことになっている。


 そのことを彼が受け入れたのも、ハイディマリーについて行くと言い出さなかったことも、私にはとても意外なことに思えた。


 それと、もう1つ……。


「……私のこと、信用してくれるんですか?」

 聞いてみた。ずっと心の隅にくっついていた疑問。いや、不安か。


 キツいことを言われそうだなと、覚悟する。


「俺は、お前のことを信用してはいない」

「! ……」

 やっぱり。


「おいおい、サイラス。今更何言ってんだよ」

 ヴェルノが仲裁に入ろうとするけど、サイラスは手でそれを制した。


「だが、ボスはお前のことを信用している。あの人は、最初からお前のことを信じていた。だったら、我々もそれに従わなければならない」

「……え?」

 サイラスが、微笑んだ。ほんのわずかに、だけど。


「ったく。お前はホントに、素直じゃねぇなぁ」

「まったくだ」

 ヴェルノとロナルドがそう言い、笑い合う。


 サイラスはそんな2人に、「うるさいぞ」と眉を寄せた。

 そして、また私の目を見る。


「……まぁ、そういうわけだ。ボスのことはお前に任せる」

 そうして目を逸らし、身を翻すサイラス。


「あ、ボスが出てきたよ」

 窓から玄関前を見下ろしていたイルマがそう言うと、サイラスも見に向かう。


 私はその背を見つめながら、心の中で、「ありがとう」と呟いた。




 任されたからには、ハイディマリーのことはしっかり守らないとね。


 そう。私は彼女の付き人。

 その役目はしっかり果たさなくちゃ。



 なんて意気込みながら向かったのは、ルッツの診療所ではなく、娼館裏の娼婦寮。

 リリアンの部屋を訪ねると、リリアンと同居している野良娼婦の1人が出てきた。相変わらずの、だらしない格好で。


「待ってたよ。リリアンから話は聞いてる。で、最初はどっちがここに泊まるの?」

 聞かれた私は、隣にいるイルマを見る。


「今日はイルマさんが泊まります。よろしくお願いしますね」

「は~い」

「じゃあ、イルマさん」

 イルマの背を、そっと押す。すると彼女は、とても寂しそうな顔で私を見つめた。


「……やっぱり、ティナも一緒がいい」

「えっ?」

 それはまるで、知らない家に預けられる子供のような態度だった。


「……駄目だよ。どっちかはボスのところへ行って、護衛しなくちゃいけないし。さっき説明したでしょ?」



 警察との連携はサイラスら3人に任せ、私とイルマで、ハイディマリーの護衛と娼婦からの情報収集をすることを、さっき宿で決めたばかりだ。


 護衛と情報収集は同時にできないので、二手に分かれる必要がある。

 そこで私が考えたのが、私たちのどちらかが診療所に、もう一方がリリアンの部屋に泊まるという方法。


 納得も理解もしている様子だったんだけどなぁ……。



 諭すように言ってみると、イルマは「でも……」と呟き、私の手をそっと握ってきた。

 それが妙に可愛くて、思わず抱き締めたくなる……けど、我慢。


「あたしたちがいるから寂しくないよ。ほら、お姉さんたちとお話しよっ」

 娼婦はそう言って、イルマに微笑みかける。よし、畳み掛けよう。


「これも、ボスのためなんだよ、イルマさん。ワガママ言っちゃ駄目。ね?」

「……うん。わかった」

 イルマはコクリと頷いた。よしよし。


「じゃあ、お願いします」

「おっけ~」

 娼婦とイルマに手を振って、寮を後にした。


 さて、診療所に急ごう。




 娼館街から診療所までは、私にとっては馬車が必要になるような距離じゃない。

 薄暗い街なかをさーっと走って、集合住宅が集まるエリアへ。


 そして、診療所がある建物の前に到着。

 そこには、一台の馬車が停まっていた。


「よっ、ティナ」

 馬車の横に立っていたリリアンが、私に気付いて手を上げる。


「ありがとうございました。えっと、誰にもつけられていませんか?」

「うん。シェリーと社長さんが見ててくれたけど、大丈夫だったみたいだよ」

「そうですか。それで、シェリーさんは?」


 聞くと、リリアンは「中」と言って建物の中を指差す。


「社長さんを先生に紹介するために、一緒に入ってったよ。ちょっと呼んで来てくんない? これ娼館の馬車だからさ、早く返さなきゃいけないんだ」


 コーチをぺちっと叩くリリアンに「わかりました」と言い残し、建物の中へ。




 診療所のドアをノックすると、「は~い」とシェリーが出てきた。


「あ、シェリーさん。ありがとうございました。外でリリアンさんが待ってますよ。馬車を早く返したいって言ってました」

「うん。わかった」

 返事をしてから、シェリーは診療所の奥を振り返る。


「どうかしましたか?」

「……うん。なんかね、すごく運命みたいなものを感じちゃった」

「え?」

 何を言ってるんだ?


 シェリーは私に向き直り、「ティナちゃんも感じると思う」と微笑む。


 運命?

 なんだろう……。


「じゃあ、私もう行くね」

「はい。……って、わわっ」

 突然抱きつかれ、頬にキスをされる。


「おやすみ」

 そう囁いて私から離れたシェリーは、ひらひらと手を振って帰っていった。


 深呼吸をし、鼓動を落ち着かせてから、診療所の中へ。




 相変わらず散らかっている廊下を進み、ルッツたちを探す。


 ……何か話してる声が聞こえる。

 えっと、……あ、私があの時使わせてもらってた個室からだ。




「ぜひあなたには、ヒルダとリサに会いに行ってほしいわ」

「?」

 個室のドアをノックしようとして、直前で手が止まる。


 え? ヒルダ? リサ?

 なんでその名前が出てくる……?


「特にリサは、きっと喜ぶわ。ずっと死んだと思っていた父親が、生きているって知ったら」


 ――は?


 ……え? え? 今なんて言った?


 父親? ……リサの?

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