19-B
駆けつけた警察によって、私たちが倒した男たちは病院へ搬送された。
その後、一命を取り留めたらしいことを知らされた。
奴らが目を覚まし次第、取り調べを開始するとのこと。
ロクに眠れぬまま、朝を迎えた。
そして今、私は警察署の一室にいる。
両隣にはハイディマリーとイルマが座り、デスクを隔てた向かい側には、プライス警部がいる。
彼は腕組みをし、私とイルマを交互に見据えた。
「……本来なら、君たちの行動は過剰防衛と取られていてもおかしくない。やり過ぎたという自覚はあるね?」
確かに、冷静になって考えてみれば、ちょっとやり過ぎちゃったかなと思わなくもない。
でも、あの時は自分を制御できなかった。
怒りで我を忘れて、おかしくなっていた。
「はい……」
だから私は、素直に頷いた。ちらっと隣を見れば、イルマも反省しているのか、俯いている。
ハイディマリーが、私の肩を掴む。
「いいえ、警部。あれは過剰でもなんでもない、正当な防衛行動ですわ。この子は、あの男たちに拘束され、強姦されそうになったんですよ? 聞かれていますよね?」
それに対し、警部は「ええ、聞いています」と淡々と応じる。
「この子は、そのせいで精神的に追い詰められていたはず。我を忘れて暴挙に出たとしても、何ら不思議は無いのではありませんか? 警部は男性ですから、女性にとって無理矢理乱暴されることがどれだけ苦痛であるのか、想像できないでしょうけどね!」
ハイディマリーの熱のこもった訴えに、警部は「いや、その……」と困り顔。
「で、ですから、過剰防衛とみなされていてもおかしくなかったという話であって、実際にこの子たちを捕まえようとか、責めようということではありません。もちろん、原因はあの男たちにあり、彼らがああなったのも、彼ら自身の責任であることは間違いないと思っておりますよ」
警部の顔は強張っていた。
明らかに、ハイディマリーの勢いに押されている。
が、すぐにその動揺は消えた。
警部は目を伏せ、「ですが」と静かに語り始める。
「あなたの無茶なお考えで、あなた方が危険な目に遭うことになったのもまた事実。違いますかな? ロットナー社長」
そう言ってハイディマリーを見やる警部の瞳には、わずかに非難の色があった。
「それは、……そうですね。否定はできません」
今度は、ハイディマリーが顔色を変える番だ。
カランカの宿で襲撃に遭って以来、しかしハイディマリーは、就寝中に誰かを見張りに立たせることはしなかった。
サイラスたちが自主的に、交代で部屋の前に立つことはあったけど、それは彼女が起きている間だけ。
ハイディマリーは、夜は見張りを断り、彼らを休ませていた。
彼らがそれにすんなりと従っていたのは、ハイディマリーの考えを理解してのことだったんだ。
……私だけが、知らなかった。
「まったく。肝が据わっておられるというかなんというか……。まぁ、そのおかげで、あの3人を捕らえることができたわけではありますが、無茶で危険な賭けだったとしか言いようがありませんな」
「はい。……わかっています」
諭すような口調の警部に、ハイディマリーは表情に影を落としていく。
そして彼女は、その弱々しい顔で私を見つめた。
「ティナ。本当にごめんなさい。……イルマ1人で、問題無いと思っていたの。実際、それでどうにかなったわけだし」
そこで言葉を切り、「でも」と続く言葉を絞り出す。
「あなたにも伝えておくべきだったわ。決して、忘れていたわけじゃないの。ただ、私は安心しきっていたんだと思う。多少のことはどうにかなるって思ってた。……その結果、あなたの心を傷つけることになってしまった」
そしてまた、ハイディマリーは「ごめんなさい」と言って、私から顔を逸らした。
見張りも置かずに無防備な状態でいることで、敵をおびき寄せる。
ハイディマリーは、自分自身を餌にして、大きな賭けをしていたんだ。
彼女は、ラベドラに来る前に、デボン警察に敵の情報を渡した。
その時、情報提供者として、自分のことを警官たちに伝えるように言っておいたらしい。
ラベドラへ向かうこともだ。
つまり、デボン警察の警官は皆、ハイディマリーのことと、彼女が今どこにいるのかということも知っていた。
なぜ彼女がそんなことをしたのかと言えば、警察が必ずまた敵と衝突するであろうことを予測していたからだ。
戦闘が起これば、警官が敵に捕まることもあるかもしれない。
そうなれば、拷問などで情報を引き出される可能性が高い。
それにより、敵に自分の情報が渡る。
ハイディマリーがこの国に来ていることが、敵に知れ渡るわけだ。
ここが、ハイディマリーの一つ目の賭けだった。
この流れが無ければ、以降の賭けは成立しない。
そして実際に、警察は敵と衝突し、大きな被害を出した。
殺された警官の中には、酷い拷問を受けた痕跡のある者が数人いたという。
ハイディマリーは、それを知って次の賭けに出る。
二つ目の賭けは、ハイディマリーのことを知った敵が、彼女のもとへ来てくれるかどうかというものだった。
敵がラベドラに来て、自分が泊まっている宿の情報を手に入れ、襲撃に来てくれるか。
いつ来るのかわからない、待つだけの賭け。
すぐに敵が来たから良かったものの、ずっと来なかったらどうするつもりだったんだろうか。
でも、敵は来た。
奴らがどうやってあの宿を割り出したのかはまだわからないけど、本当にやってきた。
そして、ここからが三つ目の賭け。
それは、奴らの目的を知ること。
敵の目的が、自分の殺害なのか、それともほかの何かなのか。
それを、奴らをすんなり部屋へ侵入させて、調べてみようというものだった。
問答無用で殺しにくるなら、イルマが返り討ちにする手筈だったようだ。
そう。イルマは起きていた。
襲撃された時に彼女の姿が無かったのは、敵の侵入にいち早く気付き、奴らの行動を息を潜めて監視していたから。
結果、奴らの狙いは、ハイディマリーの拉致であることがわかった。
目的は不明だけど、おそらくは、ヘルミーネかアールにそう命令されたのだろうと、ハイディマリーは予想した。
だけど、もし連れ去られていたら、今頃言葉にできないほどの酷い仕打ちを受けていたに違いない。
私も連れ去ろうとした男たちの様子から察するに、女性の尊厳を著しく傷つけるような、そういう仕打ちだ。
考えただけで、気分が悪くなる。
「警察の方々にも、申し訳なく思っています。私の賭けに利用して、大勢死なせてしまった」
「いいえ。それは違います」
ハイディマリーの言葉を、警部はすぐさま否定した。
「我々は、あなたによって動かされたわけではない。犯人を探し出し、捕らえる。その職務を全うしただけです。結果、彼らは負け、殺されてしまいましたが、誰もあなたのことを恨んだりはしていない。あまりご自分をお責めにならないで下さい」
優しい口調の警部に、ハイディマリーは「ありがとう」と消え入るような声を発した。
「やり方は、とても褒められたもんじゃありませんでしたが、結果が全てです。あなたは賭けに勝ち、我々は犯人の一部を逮捕することができた。順調に事は進んでいます。残る犯人たちを1日でも早く捕らえるため、これからも協力し合っていきましょう」
警部がそっと差し出した手を、ハイディマリーは「はい!」と笑って握る。
「うふふ。プライス警部って、とてもお優しいのね」
ハイディマリーはそう言って、もう一方の手も使って警部の手を包み込んだ。
そして、優しくさすり始める。
警部を見つめる彼女の表情は、妙に色っぽかった。
「頼りにしていますわ、警部」
「あ、はい。どんと頼って下さい」
……警部は、嬉しそうに頬を緩ませていた。
警部のそんな顔、見たくなかったなぁ。
昼頃目を覚ました敵3人に対し、警察は容赦無く取り調べを始めた。
奴らは、聞かれたことに素直に答えたようだ。
それにより、わからなかったことが、一部を除いて明らかになった。
奴らは、ハイディマリーの狙い通り、警官から情報を引き出していた。
そうして、ラベドラにハイディマリーがいることを知ったヘルミーネは、アールの部下である奴らに、ハイディマリーを連れてくるよう命令。
その後、ヘルミーネはアールたちと共に廃墟を離れ、どこかへ行ってしまったらしい。
彼らがどこへ行ったのか。
3人は、それだけは決して話そうとしなかった。
そしてラベドラへやってきた3人は、警察署の近くにある、警官が頻繁に出入りしている宿に目をつけ、密かに監視していた。
そこから私たちが出てきたことによって確信を得た奴らは、その夜、私たちの部屋に侵入してきたというわけだ。
まるでハイディマリー自身が仕組んでいたかのように、全ては彼女の狙い通りに動いていた。
あまりにうまく行きすぎているため、気味が悪いとさえ感じてしまう。
でも、現実にそうなっちゃったんだから、受け止めるしかない。
賭けに全勝した彼女は、とんでもない強運の持ち主なのだと、納得するほかなかった。
残る敵戦力は、これであと4人。
どこかに身を潜めているヘルミーネたちが、あの3人による拉致が失敗したことを知るのはすぐだろうと、ハイディマリーは言った。
それに対し、敵はこれ以上戦力を割けないだろうと予想するのは、サイラスだ。
私も同意見。ほかのみんなも、そしてハイディマリーも、同じ考えのようだ。
つまり、敵はもう同じ手を使えない。
それならと、サイラスはある提案をする。
「ボスには、これ以上危険な目に遭わぬよう、どこか人目につかない場所へ移っていただきたいと思います」
彼は、真剣そのものの視線を、ソファに腰掛けているハイディマリーに注ぐ。
念には念を入れておくべきということだろう。私もそう思う。
ここは、昨日私たちが襲われた部屋の隣。サイラスたちの部屋だ。
そこに全員集まり、ハイディマリーだけがソファに座っている。
「気遣ってくれるのは嬉しいけれど、人目につかない場所なんてあるのかしら」
彼女のもっともな疑問に、みんな難しい顔になってしまう。
人目につかない場所、ねぇ……。
「……あっ」
それに思い至り、思わず声が出た。
「何か心当たりがあるのか? ティナ」
そう聞いてくるサイラスに、「あります!」と返す。
隣にいるイルマをちらっと見てから、説明の口を開く。
「もう、ひと月くらい前の話になるんですけど、私はある場所に身を潜めていました。えっと、その、……イルマさんから逃れるために」
その時の記憶がよみがえる。
もう一度イルマを見ると、彼女はバツが悪そうに俯いていた。
「そこで私は、怪我の治療のために2週間過ごしました。その間、イルマさんに見つかることはなかったんです。あそこなら、誰にも見つからずに隠れられると思います」
もちろん、あの時うまくいったからといって、今回もそうなる保証は無い。
あの時の敵はイルマ1人だけだったけど、今回は4人もいるわけだし。
「それは、どこにあるんだ」
サイラスに問われ、私はその場所のことを伝えた。
教えてから、不安が襲ってきた。
あそこは無人じゃない。ある人物が所有している部屋だ。
しかも、普通の部屋ではない。
あそこは、わずかにではあるけど人の出入りのある、診療所。
正確に言えば、全く人目につかないわけじゃないんだ。
それに何より、あの人がまた場所を貸してくれるかどうかがわからない。
だから、あくまで候補の1つとして挙げたつもりだった。
ところが、なぜかハイディマリーは、ぜひそこへ行きたいと言い出した。
一体何が、彼女の興味を引いたんだろうか……。




