表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マーセナリーガール -ヘルヘイムの女たち-  作者: 海野ゆーひ
第19話「ハイディマリーの賭け」
39/52

19-B

 駆けつけた警察によって、私たちが倒した男たちは病院へ搬送された。

 その後、一命を取り留めたらしいことを知らされた。


 奴らが目を覚まし次第、取り調べを開始するとのこと。



 ロクに眠れぬまま、朝を迎えた。




 そして今、私は警察署の一室にいる。


 両隣にはハイディマリーとイルマが座り、デスクを隔てた向かい側には、プライス警部がいる。

 彼は腕組みをし、私とイルマを交互に見据えた。


「……本来なら、君たちの行動は過剰防衛と取られていてもおかしくない。やり過ぎたという自覚はあるね?」


 確かに、冷静になって考えてみれば、ちょっとやり過ぎちゃったかなと思わなくもない。

 でも、あの時は自分を制御できなかった。

 怒りで我を忘れて、おかしくなっていた。


「はい……」

 だから私は、素直に頷いた。ちらっと隣を見れば、イルマも反省しているのか、俯いている。


 ハイディマリーが、私の肩を掴む。


「いいえ、警部。あれは過剰でもなんでもない、正当な防衛行動ですわ。この子は、あの男たちに拘束され、強姦されそうになったんですよ? 聞かれていますよね?」


 それに対し、警部は「ええ、聞いています」と淡々と応じる。


「この子は、そのせいで精神的に追い詰められていたはず。我を忘れて暴挙に出たとしても、何ら不思議は無いのではありませんか? 警部は男性ですから、女性にとって無理矢理乱暴されることがどれだけ苦痛であるのか、想像できないでしょうけどね!」


 ハイディマリーの熱のこもった訴えに、警部は「いや、その……」と困り顔。


「で、ですから、過剰防衛とみなされていてもおかしくなかったという話であって、実際にこの子たちを捕まえようとか、責めようということではありません。もちろん、原因はあの男たちにあり、彼らがああなったのも、彼ら自身の責任であることは間違いないと思っておりますよ」


 警部の顔は強張っていた。

 明らかに、ハイディマリーの勢いに押されている。


 が、すぐにその動揺は消えた。

 警部は目を伏せ、「ですが」と静かに語り始める。


「あなたの無茶なお考えで、あなた方が危険な目に遭うことになったのもまた事実。違いますかな? ロットナー社長」

 そう言ってハイディマリーを見やる警部の瞳には、わずかに非難の色があった。


「それは、……そうですね。否定はできません」

 今度は、ハイディマリーが顔色を変える番だ。



 カランカの宿で襲撃に遭って以来、しかしハイディマリーは、就寝中に誰かを見張りに立たせることはしなかった。


 サイラスたちが自主的に、交代で部屋の前に立つことはあったけど、それは彼女が起きている間だけ。


 ハイディマリーは、夜は見張りを断り、彼らを休ませていた。

 彼らがそれにすんなりと従っていたのは、ハイディマリーの考えを理解してのことだったんだ。


 ……私だけが、知らなかった。



「まったく。肝が据わっておられるというかなんというか……。まぁ、そのおかげで、あの3人を捕らえることができたわけではありますが、無茶で危険な賭けだったとしか言いようがありませんな」

「はい。……わかっています」


 諭すような口調の警部に、ハイディマリーは表情に影を落としていく。

 そして彼女は、その弱々しい顔で私を見つめた。


「ティナ。本当にごめんなさい。……イルマ1人で、問題無いと思っていたの。実際、それでどうにかなったわけだし」

 そこで言葉を切り、「でも」と続く言葉を絞り出す。


「あなたにも伝えておくべきだったわ。決して、忘れていたわけじゃないの。ただ、私は安心しきっていたんだと思う。多少のことはどうにかなるって思ってた。……その結果、あなたの心を傷つけることになってしまった」


 そしてまた、ハイディマリーは「ごめんなさい」と言って、私から顔を逸らした。



 見張りも置かずに無防備な状態でいることで、敵をおびき寄せる。

 ハイディマリーは、自分自身を餌にして、大きな賭けをしていたんだ。



 彼女は、ラベドラに来る前に、デボン警察に敵の情報を渡した。

 その時、情報提供者として、自分のことを警官たちに伝えるように言っておいたらしい。

 ラベドラへ向かうこともだ。


 つまり、デボン警察の警官は皆、ハイディマリーのことと、彼女が今どこにいるのかということも知っていた。


 なぜ彼女がそんなことをしたのかと言えば、警察が必ずまた敵と衝突するであろうことを予測していたからだ。


 戦闘が起これば、警官が敵に捕まることもあるかもしれない。

 そうなれば、拷問などで情報を引き出される可能性が高い。


 それにより、敵に自分の情報が渡る。

 ハイディマリーがこの国に来ていることが、敵に知れ渡るわけだ。


 ここが、ハイディマリーの一つ目の賭けだった。

 この流れが無ければ、以降の賭けは成立しない。


 そして実際に、警察は敵と衝突し、大きな被害を出した。

 殺された警官の中には、酷い拷問を受けた痕跡のある者が数人いたという。


 ハイディマリーは、それを知って次の賭けに出る。



 二つ目の賭けは、ハイディマリーのことを知った敵が、彼女のもとへ来てくれるかどうかというものだった。


 敵がラベドラに来て、自分が泊まっている宿の情報を手に入れ、襲撃に来てくれるか。

 いつ来るのかわからない、待つだけの賭け。


 すぐに敵が来たから良かったものの、ずっと来なかったらどうするつもりだったんだろうか。


 でも、敵は来た。

 奴らがどうやってあの宿を割り出したのかはまだわからないけど、本当にやってきた。



 そして、ここからが三つ目の賭け。


 それは、奴らの目的を知ること。


 敵の目的が、自分の殺害なのか、それともほかの何かなのか。

 それを、奴らをすんなり部屋へ侵入させて、調べてみようというものだった。


 問答無用で殺しにくるなら、イルマが返り討ちにする手筈だったようだ。


 そう。イルマは起きていた。

 襲撃された時に彼女の姿が無かったのは、敵の侵入にいち早く気付き、奴らの行動を息を潜めて監視していたから。


 結果、奴らの狙いは、ハイディマリーの拉致であることがわかった。

 目的は不明だけど、おそらくは、ヘルミーネかアールにそう命令されたのだろうと、ハイディマリーは予想した。


 だけど、もし連れ去られていたら、今頃言葉にできないほどの酷い仕打ちを受けていたに違いない。


 私も連れ去ろうとした男たちの様子から察するに、女性の尊厳を著しく傷つけるような、そういう仕打ちだ。

 考えただけで、気分が悪くなる。



「警察の方々にも、申し訳なく思っています。私の賭けに利用して、大勢死なせてしまった」

「いいえ。それは違います」

 ハイディマリーの言葉を、警部はすぐさま否定した。


「我々は、あなたによって動かされたわけではない。犯人を探し出し、捕らえる。その職務を全うしただけです。結果、彼らは負け、殺されてしまいましたが、誰もあなたのことを恨んだりはしていない。あまりご自分をお責めにならないで下さい」


 優しい口調の警部に、ハイディマリーは「ありがとう」と消え入るような声を発した。


「やり方は、とても褒められたもんじゃありませんでしたが、結果が全てです。あなたは賭けに勝ち、我々は犯人の一部を逮捕することができた。順調に事は進んでいます。残る犯人たちを1日でも早く捕らえるため、これからも協力し合っていきましょう」


 警部がそっと差し出した手を、ハイディマリーは「はい!」と笑って握る。


「うふふ。プライス警部って、とてもお優しいのね」

 ハイディマリーはそう言って、もう一方の手も使って警部の手を包み込んだ。


 そして、優しくさすり始める。

 警部を見つめる彼女の表情は、妙に色っぽかった。


「頼りにしていますわ、警部」

「あ、はい。どんと頼って下さい」

 ……警部は、嬉しそうに頬を緩ませていた。


 警部のそんな顔、見たくなかったなぁ。




 昼頃目を覚ました敵3人に対し、警察は容赦無く取り調べを始めた。


 奴らは、聞かれたことに素直に答えたようだ。

 それにより、わからなかったことが、一部を除いて明らかになった。



 奴らは、ハイディマリーの狙い通り、警官から情報を引き出していた。

 そうして、ラベドラにハイディマリーがいることを知ったヘルミーネは、アールの部下である奴らに、ハイディマリーを連れてくるよう命令。


 その後、ヘルミーネはアールたちと共に廃墟を離れ、どこかへ行ってしまったらしい。

 彼らがどこへ行ったのか。

 3人は、それだけは決して話そうとしなかった。


 そしてラベドラへやってきた3人は、警察署の近くにある、警官が頻繁に出入りしている宿に目をつけ、密かに監視していた。

 そこから私たちが出てきたことによって確信を得た奴らは、その夜、私たちの部屋に侵入してきたというわけだ。



 まるでハイディマリー自身が仕組んでいたかのように、全ては彼女の狙い通りに動いていた。


 あまりにうまく行きすぎているため、気味が悪いとさえ感じてしまう。

 でも、現実にそうなっちゃったんだから、受け止めるしかない。


 賭けに全勝した彼女は、とんでもない強運の持ち主なのだと、納得するほかなかった。




 残る敵戦力は、これであと4人。


 どこかに身を潜めているヘルミーネたちが、あの3人による拉致が失敗したことを知るのはすぐだろうと、ハイディマリーは言った。


 それに対し、敵はこれ以上戦力を割けないだろうと予想するのは、サイラスだ。

 私も同意見。ほかのみんなも、そしてハイディマリーも、同じ考えのようだ。


 つまり、敵はもう同じ手を使えない。

 それならと、サイラスはある提案をする。



「ボスには、これ以上危険な目に遭わぬよう、どこか人目につかない場所へ移っていただきたいと思います」

 彼は、真剣そのものの視線を、ソファに腰掛けているハイディマリーに注ぐ。


 念には念を入れておくべきということだろう。私もそう思う。


 ここは、昨日私たちが襲われた部屋の隣。サイラスたちの部屋だ。

 そこに全員集まり、ハイディマリーだけがソファに座っている。


「気遣ってくれるのは嬉しいけれど、人目につかない場所なんてあるのかしら」

 彼女のもっともな疑問に、みんな難しい顔になってしまう。


 人目につかない場所、ねぇ……。


「……あっ」

 それに思い至り、思わず声が出た。


「何か心当たりがあるのか? ティナ」

 そう聞いてくるサイラスに、「あります!」と返す。


 隣にいるイルマをちらっと見てから、説明の口を開く。


「もう、ひと月くらい前の話になるんですけど、私はある場所に身を潜めていました。えっと、その、……イルマさんから逃れるために」


 その時の記憶がよみがえる。

 もう一度イルマを見ると、彼女はバツが悪そうに俯いていた。


「そこで私は、怪我の治療のために2週間過ごしました。その間、イルマさんに見つかることはなかったんです。あそこなら、誰にも見つからずに隠れられると思います」


 もちろん、あの時うまくいったからといって、今回もそうなる保証は無い。

 あの時の敵はイルマ1人だけだったけど、今回は4人もいるわけだし。


「それは、どこにあるんだ」

 サイラスに問われ、私はその場所のことを伝えた。



 教えてから、不安が襲ってきた。


 あそこは無人じゃない。ある人物が所有している部屋だ。


 しかも、普通の部屋ではない。

 あそこは、わずかにではあるけど人の出入りのある、診療所。

 正確に言えば、全く人目につかないわけじゃないんだ。


 それに何より、あの人がまた場所を貸してくれるかどうかがわからない。

 だから、あくまで候補の1つとして挙げたつもりだった。



 ところが、なぜかハイディマリーは、ぜひそこへ行きたいと言い出した。


 一体何が、彼女の興味を引いたんだろうか……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ